第182話~緊急対談~
滑り込みセウト!_(:3」∠)_
「お呼びなのです?」
ライム達と連絡を取ろうと部屋の中に視線を漂わせていると、それを察したのかポイゾが壁から湧き出してきた。じゅるりと。
「今日の護衛はポイゾか」
「なのです。一日交代で持ち回りなのです」
壁から染み出してきた緑色のスライムが人型を取る。人型といっても太ももの半ばから下は構成されてないのだけれど。
「シルフィ達と急ぎで連絡を取りたいんだ。できるか?」
「できるのです。でも、ここでは危ないのではないですか?」
ポイゾはそう言って執務室の扉に視線を向けた。確かに、扉一枚を開けるだけでポイゾの姿を目撃されるのはマズい。別に姿を現していなくとも中継はできるだろうが、どちらにせよシルフィ達と通信をしているのを無関係の人間に見られて良いことは一つもない。
「奥の部屋を使いましょうか」
「奥の部屋。ああ、あの扉ね」
応接セットのあるスペースの奥の壁にある扉に視線を向ける。何の部屋かと思ったら、密談用の部屋だったのか。なるほどね。
「では行きましょうか」
「ああ。ポイゾもな」
「はいなのです」
連れ立って奥の扉へと向かう。エレンが先に立ち、なんだか豪華な作りの鍵で扉を解錠した。謎のセキュリティの高さだな。
エレンが扉を開けてくれたので、先に中に入る。
「うん?」
その部屋は寝室のようであった。窓が小さい上に壁の高いところについているので昼間だというのに薄暗い感じがする。壁も分厚いようだったな。そしてなにより目立つのが大きなベッドだ。正にキングサイズ。そしてなんだろう、この匂いは……部屋に染み付いてでもいるかのような微妙な芳香が感じられる。
「なぁエレン」
ガチャ、と鍵のかけられる音が殊の外大きく聞こえた。薄暗い部屋の中でエレンの真紅の瞳が妖しく輝く。
「お、おい?」
尋常ならざる気配を発しながらエレンがスタスタと俺に向かって歩いてきた。目の前まで歩いてきたエレンがドン、と力強く俺を突き飛ばす。
「……なんで倒れないんですか?」
「いや、いくらなんでもエレンの細腕で押し倒されるほどモヤシじゃないぞ、俺は」
ましてや今の俺はワイバーン革の鎧も着込んでいるのだ。ワイバーンの革はしなやかで強く、衝撃吸収能力も高い。俺自身も身構えていたところがあったので突き飛ばしに耐えられたというわけだな。
「そこは大人しく突き飛ばされるところでは?」
「いやいやいや、突き飛ばしてどうするつもりだよ」
「からかってさしあげようかと」
「やめろよお前。というか逆だろ。どうしてこの世界の女の子は俺を押し倒そうとするんだ? 何かおかしくない? 普通押し倒すのって男の方じゃない?」
「それが貴方の故郷の作法なのですか? ではどうぞ」
「どうぞじゃないから。今はそういうことをしてる場合じゃないから」
ベッドを背にして両手を広げるエレンのおでこを強めに突いてベッドに座らせる。状況が状況でなければ飛びついていたかもしれないが、今は本当にそういうことをしている時間も惜しい。
「へたれですね」
「おい」
「いくじなし」
「挑発してもダメだ。物事には順序というものがある……というかだな。そっち方面の経験値は俺のほうが遥かに上だぞ? あまり挑発するとそれはもう酷いことになるからやめておいたほうが身のためだ」
「……むぅ」
エレンの頬がぷうっと膨らんだ。それはもう不満げなご様子である。
「こういう時に他の女性との関係を仄めかすのはいかがなものかと思います。このヤリ○ン野郎」
「聖女様……お言葉遣いが汚のうございます」
「それは失礼」
どこでそんな言葉を覚えたんだよ! 本当にどこかちぐはぐなところがあるな、エレンは。神託だけじゃなく怪しい電波も受信しているのではないだろうか。
「もう終わりなのです? なんなら一時間か二時間くらい席を外すのですよ?」
「そういう気遣いは良いから」
「今ならコースケの理性を吹き飛ばす素敵なおくすりもつけるのです」
「それは興味深いですね。でも、初めてはやはり優しくして欲しいです」
「それは難しいのです。それはもう盛りのついた獣そのものになってしまうのですよ。なんなら貴女にも同じものを処方するのです」
「おいやめろ馬鹿。冗談はそこまでにしろ」
恐ろしい会話を無理やり止める。このままでは俺とエレンの貞操が極悪ポイズンスライムに蹂躙されてしまう。
「仕方ないのです。でも、あまり待たせるのも可哀想なのですよ?」
「わかってる。その上で自制してるんだから察しろ」
「わかったのです。では通信を繋ぐので少々お待ちくださいなのです」
そう言ってポイゾは宙空に視線を漂わせ始めた。ふとベッドに腰掛けているエレンと目が合う。
「……なんだよ」
「自制しているのですか」
「……そうだよ。立場ってものがあるからな。そうだろう?」
「……そうですね。近い内にその問題は解決しそうな予感がしますけれど」
『そう上手く行くものかな。私としてはそれはそれで構わんが』
突然ポイゾから聞き慣れた声が聞こえてきた。間違いなくシルフィの声だ。
「構わないのですか?」
『構わんさ。あと一人や二人増えたところでどうということもない。もう十人ともなればコースケの身が持ちそうにないから自重を促すがな』
「やめてくださいしんでしまいます」
「ハーレムの主というのも大変なんですね」
『文字通り身一つなわけだからな。さて、こういった話を続けるのも楽しいが、本題は別だろう?』
シルフィが話を促してきた。そうだな、あまり時間的に余裕のある話でもない。速やかに話を進めよう。
「ああ、とりあえず経典は問題なく手渡せたんだが、エレンの上司から急報が入ったんだ。聖王国が解放軍を掃討するために二万の軍をメリナード王国に向けて送ったらしい」
『二万……二十年前と同じだな。恐らく虎の子の魔道士部隊も随行しているだろう』
「二十年前ね……二十年も経っていれば色々と変わっていそうなもんだけど」
二十年といえば人間の寿命で考えれば軽く一世代、下手すれば二世代は交代している年月である。聖王国は帝国と激しく争いを続けているということもあるし、軍事的には二十年前よりもより強力に躍進を遂げている可能性もあるだろう。
「私も軍事にはあまり詳しくはありませんが、依然として聖王国の魔道士部隊は戦場において切り札として活躍していると聞きます。それと、何より気をつけるべきなのは聖騎士団でしょうね」
『聖騎士団……魔力持ちで構成された騎士団か』
「はい。普通の兵や騎士とは比べ物にならないほどの戦闘能力を持った騎士達の集団です。その剣は鎧ごと敵兵を真っ二つにし、敵の魔法攻撃を物ともせずに敵魔道士を切り捨てることができるほどだとか」
『……数年ほど前から頭角を現してきた集団だそうだな』
ポイゾ経由で聞こえてくるシルフィの声はどこか暗い雰囲気の滲んでいるものであった。その理由がわからず、俺は内心首を傾げる。
「はい。発足当初は少数精鋭の集団だったそうですが、今はその規模を大きく拡大しています。きっと今回の遠征にも参加しているでしょう」
『きっとその聖騎士達は貴族や聖職者の家の出の者が多いのだろうな』
「……? ええ、そのようですね。それが何か?」
『今のメリナード国内にはエルフが殆ど残っていない。他の亜人も二十年の年月によって大なり小なり数を減らしているが、エルフだけは殆ど居ないんだ。そしてメリナード王国が負けて凡そ二十年程で聖王国に魔力持ちが沢山増えた。ここまで言えば、これ以上は言わなくてもわかるな?』
「それは……そのようなことが?」
シルフィの言葉にエレンは衝撃を受けたようだった。俺は事前にそのようなことを仄めかす話をシルフィから聞いていたからそんなに衝撃は受けないけど。エレンにとっては衝撃的な話だったらしい。
『実際にこの眼で見たわけではないから絶対にそうだとは言えん。だが、全く関連性がないとは思えんな。我々はそんな彼らを相手に戦わなければならないわけだ……まぁそれは良い。今どうにかできることでもないからな。今後どう動くか、ということだろう?』
「そうだな、それで俺の考えなんだが……」
と、俺は先ほど考えた対聖王国軍戦術をシルフィに伝えた。要は、通常部隊とは別に高速機動部隊を編成し、高速機動部隊はその機動力を使って道中の要害を無視し、メリナード王国内における聖王国の本丸とも言えるメリネスブルグを占領する。
メリナード王国内の聖王国軍を指揮する重要拠点であるメリネスブルグを最初に攻略することによってメリナード王国内の聖王国軍の指揮系統を破壊し、連携を取れないようにするためだ。メリナード王国内の聖王国軍はメリネスブルグを奪還しようとするかもしれないが、俺がメリネスブルグの城壁を修復し、迎撃戦闘に徹すればまずメリネスブルグが落ちることはあるまい。こちらは引き籠もり、メリネスブルグを包囲する聖王国軍をハーピィ航空部隊で延々と爆撃することもできるのだから。
そして、メリネスブルグを奪還するような動きがあれば通常部隊が道中の要害を陥落させるのも楽になる。何せそれだけ戦力が分散するわけだからな。本隊は手薄になった要害を踏み潰していけば良い。
「この策を実行するにはエレンの協力が不可欠になると思うが」
「私にできることなどそう多くはありませんよ。早めに降伏するくらいのことしかできないと思います」
『それで構わん。主流派の連中は我々が処理するから、リストを作っておいてくれ。それが結局お前の身も、コースケの身も守ることになるのだから手を抜くな』
「……わかりました。ただし、無辜の人々に対する無体な真似だけは許しません。それは肝に命じておいてください」
『当然だ。我々はただ相手が人間であるという理由だけで迫害するような真似をするつもりはない。元々メリナード王国は人と亜人が手に手を取り合ってできた国なのだからな』
「……犠牲ができるだけ少なくなることを望みます。それだけです」
どうにもこの二人は相性が悪いと言うか、ピリピリとした雰囲気が付き纏うな。まぁ、片や故郷を奪われた元王女、片やその故郷を奪った国の聖女ともなれば仕方ないのかもしれないが。
「正直に言えばエレンを巻き込むのは心苦しいんだけどな。いっそこのまま攫っていって、エレンを盾に降伏を迫るか?」
『それは悪手だろう。聖女を攫ったとなればアドル教徒の反発が凄まじいことになるぞ』
「ダメかー」
『ダメだな』
「私は攫われても良いですけどね。このままだと主流派を名乗る背教者達に火炙りにされてしまうわけですし」
『最終的にそういったことが必要になる可能性はあるが、それは今ではないな。エレオノーラにはメリネスブルグの民衆を掌握して欲しい。それよりも気になるのはその二万の兵の到達までどれくらいの時間がかかるかだな』
「それは確かに。タイムリミットが分かったほうが色々と予定は立てやすいよな」
「私の上司がメリネスブルグまであと五日、という報せがあったあとに急使が来たことを考えるとそんなに時間的な余裕はないと思います。もしかしたら既にメリナード王国と聖王国との国境に近いところまで来ているかもしれません」
「仮にメリナード王国と聖王国との国境まで到達していたとして、そこからメリネスブルグまでどれくらいかかるんだ?」
『二万の行軍となると、さほど速度は出ない。一日に徒歩半日分も進めば御の字だろうな。だが、それは敵地の場合だ。聖王国内では補給の心配は要らないだろうし、メリナード王国に入ってからも敵地ほどに補給に困ることはあるまい。メリネスブルグから国境まで徒歩で約十日ほどだ。余裕を見ても二週間あるかどうかだろうな。ゴーレム通信機を持たせたハーピィを偵察に出そう』
「そうするのが良いだろうな。安全には最大限配慮してくれよ?」
『当然だ。何より自分の命を最優先するように命令しておく。コースケは戻ってくるのだろう?』
「そうだな。戻って色々と準備を整えなきゃならん。早ければ今日中に発つよ」
『わかった。気をつけて帰ってこい。こちらに戻ってきたら詳しく話を詰めよう』
「ああ。エレンからは何かあるか?」
俺がそう聞くと、エレンはふるふると首を振った。
「特に無いそうだ。それじゃあ、遅くとも明日には帰る」
『わかった。待っているぞ』
「……通信が切れたのです」
今まで中継役を果たしてくれていたポイゾがそう言ってぷるりと身を震わせた。
さて、いろいろ考えなきゃならんな……やることと考えることが多すぎて頭がどうにかなりそうだ。まずは、目の前で暗い表情をしている聖女様をどうにかしないといけないかな。
おなかがすきました(´・ω・`)




