第180話~聖女との再会~
キリの良いところまで書いてたら遅れたよ! ゆるしてね!_(:3」∠)_
道行くおばちゃんやおっちゃんに城への行き方を聞きながら歩くこと数十分……凡そ一時間弱はかかったか。俺はついに城の前にまで到達した。時間かかりすぎ? いやいや、メリネスブルグはアーリヒブルグよりも広いし、城までの道はあっちを曲がりこっちを曲がりとストレートには到達出来ないようになっている上に、城の近くになってくると内部城壁の門に歩哨が立っていて、その度に面会状を提示して確認してもらい、となかなかに手間がかかったのだ。
どうにも兵士達がピリピリしている感じがする。理由を聞いてみると、聖女様に対する暗殺未遂事件が何回か起こっているらしい。大体が聖女様に向かって突進をかけたところでコケたり、魔法を使おうとしたところで謎の投石などで昏倒したり、聖女様を弓矢で狙撃しようとした所で狙撃地点の屋根から火だるまになって落ちてきたりという感じで失敗しているようだが。間違いなく彼女達の仕業ですね、これは。
そして城門を守る騎士様と対面したのですが。
「お前が……? ふむ、冴えない顔に黒髪、お話通りではあるな」
冴えない顔で悪かったな! 余計なお世話だよバーカ! という言葉を笑顔の奥に飲み込んで騎士様に言いたいように言わせておく。別に自分で自分の顔をイケメンだとは露程にも思ってないからな。実質ダメージゼロである。ああそうさ、ダメージゼロだよ。
「面会状は間違いなく本物のようだな。入城に関しては問題ないが、武器は全て預からせてもらう」
「当然だな」
「悪いが鎧も脱いでもらうぞ」
「わかった」
疚しいことは何も無いし、いざとなればインベントリから武器も防具も取り出せるから何の問題もないな。
ショートスピアとショートソード、それとナイフ、ラウンドシールドにワイバーン革の鎧を騎士に預け、貴重品というか財布の革袋と面会状だけを持って雑嚢も預けておく。最後に武器を隠し持っていないか全身をチェックされてようやく入城である。
ところで武器を隠していないか全身をチェックされる時に妙に尻と股間を触られた気がするんだが……この話はやめよう。考えたくない。
「今、使いを出した。案内役が来るはずだから、ここで待つように」
「わかった」
検査を終えて城に入ると、様々な人達の姿を見ることができた。特に目立つのは短槍で武装した兵や騎士達だ。やはり武器を携帯していると威圧感というか存在感が違う。度重なる聖女様襲撃事件のせいで相当ピリピリしているようだ。
そして忙しく動き回っているのは修道服を来た男女である。城と言えばメイドさんでは? と思わないでもないが、恐らく暗殺を恐れて城内を身内で固めているということなのだろう。でもそもそも暗殺を企てているのは身内なのでは? と思うんだがその辺りどうなんですかね。
案内役とやらをぼーっとしながら待っていると、見覚えのあるシスターが歩いてきた。ええと、彼女の名前は確か。
「アマーリエさん?」
「はい、アマーリエです。お久しぶりですね」
そう言ってシスターはニッコリと慈愛に満ちた笑みを浮かべた。確か彼女はあの光輝とやらを可視化する冠を横暴聖女に被せられてプルプルしていたシスターだ。毒の短剣に倒れた俺の面倒を見てくれたシスターでもある。
「エレオノーラ様がお待ちです。どうぞこちらへ」
「はい。わざわざどうも」
「いいえ。エレオノーラ様はそれはもう貴方に会うのを楽しみにしてらっしゃいますよ。昨日からソワソワしっぱなしです」
「はぁ」
エレン、一体どうやって俺と連絡を取ったのかとか訝しまれるぞ……それともアマーリエさんには事情を説明しているんだろうか? 彼女の様子を見る限り、疑念やなんかは特に抱いていないように見えるが……?
「エレオノーラ様は最近神託をよく賜るみたいで、貴方が来ることも神託によって賜ったそうですよ」
「な、なるほど」
エレンはライム達を経由して手に入れる情報を神託と称して利用しているらしい。それは大丈夫なのか? 信仰的な意味で。
しばらく回廊を歩き、階段を何度か上って辿り着いたのはなんだか豪華、というか重厚な木の扉の前だった。アマーリエさんが扉をノックする。
「エレオノーラ様、お客人がお越しです」
「入ってください」
エレンの返事が聞こえた。そうすると、何故かアマーリエさんは俺を扉の真ん前、正面に立たせてから辺りの様子を窺い、周りに誰もいないことを確認してから扉を開いた。
謎の行動に内心首を傾げている間に扉が開かれ、突然金色の物体が胸元に飛び込んでくる。
「おぉっ!?」
思わず声を出しながら胸元に飛び込んできた物体を受け止めようとする。しかし受け止めるより先に何かが俺の胴体をするりと締め付けてきた。これは腕だな。そして胸元に飛び込んできた金色の物体は人の頭だろう。
「エレン、これは流石にびっくりしたぞ」
「そんなことはどうでもいいです。貴方も私を抱きしめるべきです」
「ああ、もう……よしよし」
俺の胸元に顔を埋め、ぐりぐりと頭を押し付けてくるエレンを抱き返し、その背中を撫でた。しばらくそうしていると、シスター・アマーリエがコホンと咳払いをする。
「エレオノーラ様、コースケ様、いつ人の目に触れるかわかりませんので、そのくらいにしていただけますか? もし続けたいのであれば、部屋の中に入ってからにしてください」
「……仕方ありませんね」
エレンが身じろぎをしたので彼女を抱きしめ返していた腕を解くと、エレンは無表情ながらもどこか名残惜しそうな気配を漂わせながら俺から身を離した。俺は、というと実のところ動機が激しくなっていて結構平常ではない。いきなり抱きつかれてびっくりしたのもそうだが、どうにもエレンと触れ合うと俺は平常ではいられないようである。一体これは何なのだろうか?
できるだけ平静を装いながら部屋の中に入ると、そこは執務室のような部屋であった。結構な広さのある部屋で、正面には重厚な執務机、左手にはなかなかに豪華な応接セットがあり、その奥には扉が見える。向こうにも部屋があるらしい。
調度品はあまりない、というか全く無い。不自然な隙間というか、元々あったものをどこかにやったかのような不自然さが散見される気がする。
「どうかしましたか?」
「いや、広さの割にすっきりしてるなと」
「そうでしょうね。元々ここは司教を名乗る白豚野郎の執務室だったのです。それはもうゴテゴテと悪趣味な調度品ばかりだったので、処分したのですよ」
「エレオノーラ様、お言葉遣いが少々汚のうございます」
「これは失礼、あまりに悪趣味な調度品が多くてイライラした日々を過ごしていたものですから」
無表情でそう言いながらエレンは応接セットの方へと歩いていき、座り心地の良さそうなソファに腰掛けた。そしてポンポンと自分の隣を叩いたが、俺は対面に腰を下ろす。
「どうしてこちらに座らないのですか?」
「いや、今から渡すものとかあるし対面の方がやりやすいだろう」
「そんな建前はどうでもいいです」
ぽんぽんと自分の隣の席を叩き続けるエレンに根負けし、席を立ってエレンの隣に移動する。そうするとエレンはどこか満足そうな雰囲気で俺に寄りかかり、頬を俺の右腕に擦りつけ始めた。猫か何かか、君は。
「そろそろいいか?」
「ダメです」
「さようか……可愛いから良いけど」
しばらく好きにさせていると俺にグリグリするのには満足したのか、今度は俺の膝を枕にし始めた。仕方がないので金色の髪の毛をグシャグシャにしないように気をつけながらそっと頭を撫でてやることにする。
「物凄い甘えようだな……そんなキャラだったか?」
「きゃら、というのはわかりませんが貴方が去ってから私は貴方と再び会うのを一日千秋の思いで待っていたのですよ。これくらいのことは神もお許しになってくださると思います」
ごろりとソファの上で寝返りを打ち、エレンが真紅の瞳でじっと俺の目を見つめてくる。人目がなければキスのひとつでもしたいくらいに可愛らしいが、いくらなんでもそういうわけにはいくまい。お互いの立場を考えれば大問題である。今更かもしれないが。
「聖女様、それ以上は自重なさってください」
「仕方ありませんね……少しは満足できたので本題に入ってあげましょうか」
「エレンのそのノリは好きだぞ、うん」
どこまでも尊大な態度を取ろうとするエレンは見ていてなんだかほんわかとする。膝枕をやめてエレンが身を起こす時にふわりといい香りがした。妙にドキドキする。なんなんだろうか、これは。
「ええと、とりあえずかねてより話のあったアレなんだが……」
チラリとアマーリエさんに視線を向ける。
「なんですか。アマーリエに色目を使っているんですか? この私を前にして?」
「違うから。アマーリエさんのいる前で話をしていいかどうか迷っただけだから」
「それなら構いません。アマーリエには全てを話しているので」
「そうなのか……なら、これが例のブツだ」
そう言って俺はインベントリからオミット王国時代のアドル教の経典、その原本と写本、そして訳本を応接間のテーブルの上に置いた。アマーリエさんは俺の能力を見るのが初めてだからびっくりしているようだ。
「なるほどこの二冊は見るからに古い作りですね。作りだけは」
「保存の魔法がかかった地下書庫に保管されていたからな。これが原本で、こっちが写本、そんでこれが俺が翻訳してアイラって子が筆記した訳本だ。俺の能力で翻訳したものだから多分間違いは無いと思うけど、一応そっちでも研究と翻訳はした方が良いと思う。訳本と写本には付箋が挟んであるんだが、これは俺達が把握する限りで今のアドル教の教えと違うところが書いてある場所だ。照らし合わせて参考にしてくれ」
「なるほど。手にとって見ても?」
「勿論」
俺がそう言うと、エレンは原本を手にとってパラパラとその中身を流し読みし始めた。オミット王国の文字を読めるのだろうか?
「読めるのか?」
「ええ。経典を読むのが私達の仕事ですから。ふむ、言い回しなどはやはりちょっと古いですね……なるほど」
パラパラとページを捲っているうちに今の主流派の主張する内容とは違う記述がある部分を見つけたのか、エレンが赤い瞳を細める。現在の経典で亜人の排斥を示唆している部分を重点的にチェックしているらしい。
「アマーリエもそちらの写本の内容を検めてください」
「はい」
アマーリエさんが俺とエレンの対面に座り、慎重な手付きで経典の写本を手にとってその内容をチェックし始める。やがて彼女も問題の記述に差し掛かったのか、眉間に少し皺を寄せてみせた。
「専門家としてはどんな感じだ?」
「そうですね。やはり今の主流派の主張が改竄された結果のものであるということに確信を持てました」
「その経典の信憑性というか、それが本物であるという証拠というか、そういう方面の心配は大丈夫そうか?」
「それについては恐らく問題ないかと思います。原本の発行元は当時有名であったオミット王国にあった大聖堂ですし、押印も正規のもののようですから。ただ、これをこのまま主流派の連中に渡してしまったら握りつぶされてしまうでしょうね」
「どうするんだ?」
「そこは上手くやる手を考える必要がありますが、それは私達の仕事ですから任せてくれて構いませんよ。ともあれ、この経典は主流派の主張に大きな亀裂を入れる強力な武器となるでしょう。あのいけ好かないクソ教皇や豚枢機卿どもを火刑台に上げられる一手となるかもしれません」
エレンが真紅の瞳を濁らせてウフフフフと不気味な笑い声を漏らす。アマーリエさんはその様子に苦笑を浮かべていたが、注意をするつもりはないようだ。以前はこういった発言に注意をしていたのだが、どうやら彼女としてもなにか思うところが出来たようだ。
「この三冊は厳重に保管しておきます」
「そうしてくれ。絶対に盗まれたりしないようにな」
「当然です。これがここにあることは私とアマーリエしか知らないわけですから、大丈夫でしょう。存在を知られなければ探されることも盗まれることもありません」
そう言ってエレンは経典をテーブルの上に置き、俺に視線を向けてきた。
「経典の件が片付いたところで、次は四日後のことなのですが」
「ああ、上司が来るとかいう話だな」
「はい。会っていただき──」
言葉の途中でドンドンドン、とノックにしては随分と荒々しい音がドアから聞こえてきた。
「なんでしょうか?」
エレンが首を傾げ、アマーリエさんがすぐに席を立って扉へと向かう。余人の目が入りそうなので、俺はすぐさま立ち上がって経典をインベントリに収納し、エレンの対面の席へと移動した。
「どうしましたか? 聖女様は今、お客様と会談中なのですが」
「はっ、こちらに向かっている大司教猊下一行から急使が来ました」
「急使が……?」
「はっ、こちらにお連れしても宜しいでしょうか?」
アマーリエさんがエレンに視線を送ってきた。エレンはほんの一瞬何かを考えてから頷く。
「通してください」
何が何やらわからないが、こちらに向かっているエレンの上司とやらに何かがあったようである。このタイミングでかぁ……何か嫌な予感がするな。




