第177話~スライム達のねぐら~
グランデによるソレル山地越えは概ね問題なく、極めて速やかに遂行された。途中で見慣れないものが空を飛んでいるのを見つけたワイバーンに絡まれかけたが、グランデが魔力を放出しながら威嚇をしたら色々なものを撒き散らしながら逃げたらしい。ワイバーンェ……俺の勝手なイメージかも知れないが、どうもワイバーンってそこはかとなく噛ませ犬臭がするよな。
こう、一般人は逆立ちしても敵わないけど、ある程度強くなると一蹴されるというか……都合の良い程々な強さの敵としてぶつけられるというか……それでいて戦利品はそれなりに良くて中盤以降はおやつ扱いというか……哀れな。
まぁ、不運なワイバーンのことは置いておこう。
メリネスブルグ近郊の森に降り立った俺達はその足でライム達の寝床へと向かった。一応、グランデには全身を覆い隠すようなローブを羽織ってもらってな。
不運にも森に入っていた狩人や冒険者にグランデの姿をそのまま見られると大変なことになるからな。相手が。だって口を封じなきゃいけなくなるし。死人に口なしというやつだ。
「ここが件のスライムどものねぐらか」
大きな岩の陰に口を開けている洞窟を見ながらグランデが呟く。なんとなく眉を顰めているのは、既にグランデの敏感な鼻が嫌な匂いを捉えているからかもしれない。
「その入口だな。ライム達の寝床まで少し臭いぞ」
「うむ、もう臭っておる。我慢するから大丈夫じゃ」
ライム達の管轄する区画まで行けば殆ど嫌な匂いはしないけど、そこまでは普通の下水道みたいなとこも通るから結構臭うんだよな。
暫く洞窟を進み、やがて下水に入る。
「……くちゃい」
「我慢しろ」
ごつい手で鼻を押さえて涙目になっているグランデの空いている方の手を引きながら下水道を進んでいく。もう片方の手にはたいまつを持っているから両手が完全に塞がっているのだが、出てくるやたらデカいネズミとかはグランデの姿を見た瞬間に全速力で逃げていくので危険は一切なかった。魔物の本能もなかなか侮れないな。
そして下水道エリアを越えてライム達の縄張りに入った。ここまで来ると匂いはだいぶマシになる。グランデもまだ不快そうではあるが、先程までのような常に涙目という状況ではなくなったようだ。
「ふむ、ここがスライムどもの縄張り――ん?」
何かに気がついたかのようにグランデが暗い地下水路の奥へと視線を向けた。何か警戒しているような雰囲気だが……?
「……ぇぇぇぇぇ」
「えっ、何怖い」
なんか奥から変な音が近づいてきているような気がする。いや、この場所で不思議なことが起こると言ったら原因は三つしか無い。あの三人のうちの誰かの仕業に違いない。
前に出ようとするグランデの肩に手をかけて押さえ、俺が前に出てたいまつを掲げる。グランデよりは俺相手の方が危険は少ないだろう。三人の誰が来るにしても手心は加えてくれるだろうし。
「……すけぇぇぇぇぇ!」
「あっ、これは」
「こーすけえぇぇぇぇぇぇっ!」
「ひぇっ」
「んなっ!?」
どぷり、と地下水路を覆い尽くすような量の水色の粘液が押し寄せてきた。この色合いは間違いなくライムだと思うが、体積と質量がヤバい。あの勢いでぶつかられでもしたら。
「グ、グランデッ! 逃げっ――ウワーッ!?」
「コースケェェェェェ!?」
どぱーん! と押し寄せてきた水色の粘液に取り込まれて上も下もわからなくなった。まるで洗濯機に放り込まれた洗濯物の気分だ。抗いがたい暴力的な水流……スライム流? に翻弄されてどうにもならない。というかマジで洗濯してないか? なんか全身を舐めるように揉み解されているような気がするんだが。というか苦しいわ! 窒息死させるつもりか!
「離さんか馬鹿者! コースケが窒息死するわ!」
「ああー、かえしてー」
ほぼ逝きかけたところでグランデが俺を救出してくれた。そして触手状にした身体を伸ばしてくるライムを鋭い爪や強靭な尻尾でビシビシと追い払っている。
「た、助かった」
「本当に大丈夫なのか? こやつは」
「多分な……久しぶりだな、ライム」
「こーすけひさしぶりー? げんきだったー?」
「元気だったが今まさに元気じゃなくされるところだったな、ライムに」
「ごめんなさい」
ライムが小さくなって肩を落とし、シュンとする。いや待て。つい今まで水路を覆い尽くすほどの体積があったと思うんだが、一瞬でグランデ並みの大きさになったぞ。実は物凄い高密度なんじゃないのか、ライム。
「うん、反省してくれてるならこれ以上は怒ったりしない。グランデも許してやってくれ。あと、助けてくれてありがとうな」
「うむ、コースケがそう言うなら良いじゃろう。反省するのだぞ、スライム」
「うー、わかったー」
流石に自分の失敗を悔いているのか、ライムはグランの言葉に素直に頷いた。
☆★☆
「よく来たわね。元気そうで何よりよ」
「ライムがおいたをしたようで申し訳ないのです」
グランデ共々ライムに乗って移動すること暫し。俺達はライム達のねぐらに到着していた。ねぐらには既に赤スライムのベスと緑スライムのポイゾが待っており、見慣れた魔法の光が煌々とねぐらを照らしていた。
「久しぶり。元気だったか?」
「勿論。私達は病気も怪我もしないしね」
「聖女が手を回して地下水道に油を流して火をつけたりされなくなったから、快適なのですよ?」
目元がキリッとしていて勝ち気な印象のスレンダー赤スライムであるベスが微笑み、どこか眠たげなジト目が特徴的なゆるゆる系緑スライムのポイゾが微妙にバイオレンスなことを言う。そう言えば前にもそんなことを言ってたね。油かけられて火を着けられるとか、魔法を撃たれるとか。
「それにしても早かったわね……ライム、ちょっと独占は良くないわよ」
「きっとコースケの決断なのです。どうせこっちに来るのに適した人材はコースケ以外にはいなかったのですよ。それにしても早かったですが。ライム、ずるいのです」
「もうちょっとー?」
俺達を乗せてねぐらまで運んできたライムはそのまま俺とグランデの椅子になっていた。前は俺一人だけだったから人をダメにするアレ並みの大きさだったが、今回はグランデも一緒にくつろげるサイズである。デカい。というかライムの全体がデカい。今は下半身をソファというかベッドのようにしているのだが、上半身がまるで巨人サイズである。シュメルよりデカい。俺の背に当たるモノもデカい。これは新感覚だ。まぁスライムだからいくら大きくてもってやつなんだが。
「ねごこちがいい……」
早速グランデがライムソファで撃沈しそうになっている。グランドドラゴンすら虜にするとは……ライム、恐ろしい子。
「俺がこっちに来た経緯は今更話すまでもないよな」
「それは勿論」
「解放軍と聖女とのやり取りは全て把握しているのです」
「セキィリティ的にどうなのかと思わなくもないが……一応ライム達は俺達の味方だもんな」
「わたしたちはシルフィエル殿下の味方ー?」
「そうね。解放軍はシルフィエル殿下の指揮下にあるわけだし、王族の近衛である私達は間違いなくシルフィエル殿下の味方ね」
「今更なのです」
「そうだな」
ライム達の言葉に頷き、それでも一応一通りの説明をしておく。
「そういうわけで、昼過ぎの会談の時に俺が既にこっちに来ていることを伝えて、予定を合わせてエレンと接触する予定だ」
「わかったー。それまではここにいるー?」
「その予定だな。また世話になる」
「ええ、お世話してあげるわ」
「全部お任せなのです」
「手加減をお願いします」
君達は文字通り底なしだからな! 思う存分とかいう話になると100%干乾びる。その辺りは三人ともわかっているから、それなりに手加減してくれるけど。
「このこのことおしえてー?」
ライムが完全に寝入っているグランデを見ながら首を傾げる。そう言えば、あまり詳しくは知らないはずだよな。
「グランデという名前のグランドドラゴンだ。そうは見えないかもしれないが」
「ドラゴンなのね。確かにドラゴンの名に相応しい魔力だと思うわ」
「んー、相性悪いー?」
「なのです。ちょっと私達とは相性が悪いのです」
「そうなのか? 仲良くしてくれるとありがたいんだが」
「相性が悪いっていうのはそういうことじゃなくて、戦った場合の話ね。三人がかりでも苦戦するかもしれないわ」
「そうなのか?」
グランデはメルティが苦手みたいなんだが。確か三人がかりだとライム達はメルティに勝てるんだよな?
「私達の攻撃がどれもグランデさんに効きそうに無いのです。反対に、グランデさんの攻撃は私達に効くものが多そうなのです」
「めるてぃはつかまえたらかてるー。ぐらんではつかまえてもむりー」
「なるほど」
微妙に三竦みになってるんだな。メルティはグランデの装甲を抜くだけの攻撃力があるけど防御力が弱くてライム達に捕まると負ける。グランデはライム達の攻撃では傷つかないけどメルティの攻撃で防御を抜かれて負ける。ライム達はメルティの攻撃ではなかなか倒せないけど、グランデの圧倒的な魔力で倒される。そんな感じらしい。
「メルティの魔法攻撃でもライム達は負けるんじゃないか?」
「それはあり得るけど、不意打ちでも何でも良いから一撃当てて捕まえれば勝てるから勝ち筋があるのよ。でもグランデには不意打ちだろうとなんだろうと私達の攻撃が通りそうに無いから、勝ち筋が無いのよね」
「逆に、グランデさんの攻撃は多分メルティに当たらないのです。多分全部避けられてボッコボコにされるのです」
「……ああ」
グランデがメルティに負けた時のことを思い出す。確かに一方的にボコられてたな。
「つまりライム達にもグランデにも勝ち筋があるメルティは総合的に最強?」
「アレは一種の化物なのですよ? 魔神種なんて大層な名前は伊達じゃないのです」
「俺から見ると全員俺が敵いそうにない雲の上の存在なんだが……」
メルティやグランデ、ライム達だけでなくシルフィやザミル女史、レオナール卿にアイラ、それにシュメル達鬼娘三人とかダナン辺りにもまともにやったら勝てる気がしない。
まともにやらないで罠にかけて吹き飛ばせばそりゃ勝てるだろうけど、不意打ちなら勝てるとか言っても何の自慢にもならないよな。
「こーすけもそこがしれないー?」
「そうね。コースケもなんだかんだまともに戦うのは怖いわね。何が飛び出してくるかわからないし」
「先手必勝でボコるのが一番なのです。久しぶりに訓練するのです?」
「いいえ、私は遠慮しておきます」
何が悲しくて再会するなりそんなバイオレンスなことをしなければならないんだ。しかもそれ、一方的に俺がボコられて痛い思いをするやつじゃないか。断固として拒否する。
「そんなことより色々お土産を持ってきたからそっちを楽しもう」
「ぎずまのおにくー?」
「何を持ってきたの?」
「お土産は気になるのです」
とりあえずライムがギズマの肉を所望してきたので、一塊を渡しておく。勿論ベスとポイゾにも渡しておく。彼女達にとっては抱えるほどの大きさのギズマの生肉も飴玉のようなものだからな。
「大体なんでもあるけど、どんなものがライム達に喜ばれるかわからなくてなぁ」
そう言いながら蜜酒の入った樽や甘いお菓子、保存食のブロッククッキーなどの食べ物や、多分興味無いだろうけど金細工や銀細工のアクセサリー、それにインテリアとして使えそうな造花や綺麗な布、ラグマットのような敷物、他にはアーリヒブルグで売られていた香水や匂い袋なども出していく。
「おーいしー♪」
ライムは食べ物が気に入ったようで、色々と摘んではプルプルと震えている。特に甘いお菓子や蜜酒が気に入っているようだ。甘党なのだろうか?
「こういうのは良いわね」
ベスは綺麗な布や敷物、造花などが気に入ったようで、さっそくねぐらを飾り付け始めた。
「ふむふむ……ほうほう」
ポイゾは香水や匂い袋が気に入ったようで、香水瓶の中身や匂い袋を体内に取り込んで興味深そうにしている。ライムは食べ物、ベスはお洒落用品、ポイゾは香水や薬草類などがお好みのようだ。
「うまうま」
いつの間にかグランデも起きて甘い食べ物を満足そうに食べている。いつの間に……まぁ、ソレル山地を飛び越えてきたから小腹が空いたんだろう。ハンバーガーも出しておくとしようか。
そんな感じでメリネスブルグに到着した俺はエレンと解放軍との通信会談の時間までゆったりとした時間を過ごすのであった。
ライム達とグランデは書いててとっても楽しい_(:3」∠)_




