第172話~昼食をとりながら~
不安になるようなことをできるだけ考えないように様々なものの開発に専念したおかげか、昼食の時間までは比較的平穏に時間を潰せたように思う。しかしいざ開発から離れてエレンのことを考え始めると再び胸中に不安が押し寄せてきた。エレンは大丈夫だろうか? 危険な目に遭ってはいないだろうか? 俺が傍に居たからって何かできるというわけではないかもしれないが、彼女の危機的状況を知った身としてはやはり落ち着かない。
「コースケ、不安そう」
「うん、正直言ってかなり不安だ。アイラも聞いたかもしれないけど、あいつは一回バジリスクの毒を塗った短剣に狙われてるんだ。あの時は偶然俺が庇った形になったから事無きを得たけど、また同じことが起きたらと思うとな」
隣を歩くアイラに俺は素直に心情を吐露した。
俺は稀人としての能力があり、なおかつ即座に聖女たるエレンの治癒の奇跡がかけられ、更に奇跡の力を増幅する神殿内で刺されたという偶然に偶然が重なった奇跡のような状況があったから生き残る事ができたのだ。
あの時刺されたのが俺でなくエレンだったとしたら、恐らく彼女が生き残ることは難しかっただろう。いや……俺が目の前で刺されたエレンを見捨てはしなかったか。解毒ポーションやライフポーションを駆使して生かした可能性は高いな。
そうなるとなんというか俺とエレンの出会いは色々な意味で運命的なのかもしれない。どう転んでも俺とエレンは出会い、親しくなっていたんじゃないだろうか。やっぱり超自然的な存在の介入を感じるな……もし、この世界に来たあの日、森でなく荒野に行っていたらどうなってたんだろうか? 火を焚かず、あのトカゲモドキと交戦せずにシルフィに追跡されなかったら?
それでもシルフィと出会ってたのか、それともアイラやメルティと出会うことになっていたのか……どう転んでもエルフの里に行くことになってたんだろうなぁ。
この先には一体どんなシナリオが組んであるのやら……いや、俺の運命に何かが干渉していたとしても関係ないな。俺は俺の思うようにベストを尽くすべきだろう。どんな仕組みがあるにしても、俺自身が俺の望むような結果を引き寄せられるようにやれることを全力でやっていくべきだ。神は自らを助ける者を助くと言うしな。
「とは言え、現実問題心配してもどうしようもないんだよな……メリネスブルグは物理的に遠すぎるし。後先考えずに助けに行ったとしても、万が一俺が死んだり聖王国軍に捕まったりしたら本末転倒だ」
「ん」
アイラは言葉短に俺の言葉に同意した。本当は言いたいこともあるだろうに、それを飲み込んで。
アイラからしてみれば自分自身で顔も見たことがない相手に俺が執心しているのは面白くないよな。しかも、エレンは懐古派とはいえアドル教の聖女という立場なわけだし。余計面白くないだろう。
「なんかごめんな」
「謝る必要はない。コースケが聖女のことを見捨てるような態度を取るほうが不自然。そんな甘くて優しいコースケだから私も好き」
「そっか……ありがとう」
「ん」
アイラが俺の手――というか指を握ってくる。アイラの手はちっちゃいからな。そうやって手を繋いで領主館に帰ると、食堂でシルフィとメルティ、それとグランデが待っていた。一緒に食事を取るのは他には俺とアイラだけらしい。
「ダナンやザミル女史は一緒に食べないのか?」
「ダナンは他で食べる予定があるらしい。ザミルは私の手料理を食べるのは畏れ多いと」
「シルフィは一応姫殿下ですからねー」
「一応とは何だ、一応とは……正真正銘姫殿下だ」
キッチンから鍋を運んできたシルフィがメルティの頭に軽くチョップをかます。この二人の関係性はなんというか不思議なんだよな。特にメルティ側がこう、オンとオフを完全に分けてる感じがする。
「それで、気分転換にはなったか?」
「まぁ、うん。帰ってくる途中でまた考えすぎちゃったけどな」
「やれやれ……まぁコースケだから仕方ないな。ライム達に聖女の身辺警護についてもらっているから心配はいらん」
「そっか……それならまぁ、うん。安心か」
ライム達の強さは俺自身が身に沁みてよくわかっている。正面切っての戦闘では俺は手も足も出ない。グランドドラゴンのグランデをドラゴンを圧倒するメルティですら一人相手に勝てるかどうかという実力のライム達が三人もエレンの警護についているというのなら安心だ。
シルフィの作ってくれたスープや鶏肉っぽい肉を挟んだサンドウィッチのようなものを食べながら経典探索行の間にあったことや向こうで作ったエアボードの話し、そして今しがた見てきた試作型魔銃の話などもする。
「そっちは刺激的な毎日だったようだな。こちらは退屈と言っても良い日々だったぞ。ルーチンワークとでも言えば良いのか」
「大事件が起きなかった、というのは良いことだと思いますけどねぇ」
サラダをもしゃもしゃと……ではなくお上品に口に運びながらメルティが苦笑を浮かべる。
「そうじゃの。平穏無事な日々というのは時に何物にも代えがたい貴重なものだと思うぞ。特にお主らにとってはの」
「俺達にとってはね。確かにそうかもな」
多分近いうちに聖王国軍とやり合うことになるだろうからな。そうなったら暫く血塗れの日々になるだろう。きっと俺は直接血を被るような場所に行くことはないんだろうけど。
ホッとする半面、そんなことで良いんだろうかという気持ちもある。俺が皆に武器を与えて戦場に送り込んでいるようなものだからな。それで敵の聖王国軍兵が沢山死ぬし、恐らく解放軍側にだって被害は出るだろう。
「また思い悩んでる?」
「ちょっとな。まぁこれは割り切ったことだしそんなでもない」
シルフィと一緒に地獄の底まで行くことはとっくに覚悟したことだしな。やるなら中途半端は良くない。とことん突き抜けてやるまでだ。後のこの世界の歴史で史上最悪の大量殺戮者と言われそうな気がするが、知ったことじゃないな。
「コースケさん、この食事用のナイフは食事に使うためのものなんです。これを武器として前線に送るなんてありえませんから」
「言いたいことはわかるが、もう少し剣呑なものだと思うぞ、俺は」
「それもそうですね。斧……それもミスリル製の伐採斧くらいには物騒ですよね」
「ふふ、そうだな、それくらい物騒だな。伐採斧と舐めてかかったら武器と鎧ごとばっさりだな」
「言い得て妙じゃの。妾はそれくらいではまだ甘すぎる評価だと思うがの」
「ん、グランデの言う通り。コースケを野放しにすると下手をすると一人で聖王国軍を塵にする」
「それは言い過ぎじゃない?」
またまたご冗談を、といった様子でまともに受け取らないメルティにアイラが静かに首を横に振った。
「言いすぎじゃない。私は冗談で言ってない」
「砦を吹き飛ばした時のように策を使えばの話だろう?」
シルフィの言葉にもアイラは首を横に振った。
「コースケが本気でなりふり構わず聖王国を滅ぼしにかかったら、聖王国が10万の兵を率いてきても野営しているところを遠くから、安全に、跡形もなく吹き飛ばせる」
そう言ってアイラはじっと俺の顔を見つめてきた。アイラに本気で魔煌爆弾や推進装置を使ったロケット砲撃に関しては話したことはなかった筈だが……アイラも俺と一緒に色々作ったりして長いからな。予想がついてしまったんだな。
「やれるかどうかという話なら多分できるな。そうする予定は今のところはないぞ。そうすれば聖王国に勝つことはできるだろうけど、俺が一人でそんなことをしたら色々問題が出るだろ」
本当にそんなことをやると言うなら魔煌石爆弾を作って爆発実験をしなきゃいけないし、確実に爆発させるための爆破装置作りや確実に魔石爆弾を目的地付近に飛ばすロケットの開発もしなきゃならない。魔煌石爆弾搭載ロケットを撃ち込んで自分も吹き飛んだら洒落にならんからな。
「いつの間にそんな大変なことになっていたんだ……」
「最初からそうだが、俺は完全に戦略兵器枠だよな」
食料や武器の大量生産、この世界には存在しなかった強力な投射兵器の開発、それに遠距離から広範囲を面制圧する能力まで獲得できそうだからな。俺が聖王国の王様だったらどんな犠牲を払ってでも取り込むか殺すかするわ。
「……そんな話を聞かされたら何が何でも前線に出すわけには行かなくなったわ」
「ですよねー。でも俺の能力を十全に活かすなら前線から近い場所に置くのが一番だぞ」
俺の能力のキモは建築解体能力とクラフト能力だ。特に建築解体能力は後方よりも前線近くの方が遥かに役立つ能力である。
「だから後方に大切にしまいこまないで前線に連れて行ってくれよな」
俺の物言いにシルフィとメルティは無言で顔を見合わせて溜息を吐いた。俺だってここは譲らないとも。ある意味俺が戦争を助長しているわけだから、せめてその光景や空気をちゃんと自分の目で見て、肌で感じないとな。それが俺の責任ってもんだろう。
「その件については夜にでもじっくりと話し合おう。なんならベッドの上でな」
「そうですね、そうしましょうか」
「お、楽しそうじゃの。妾も混ぜてくれ」
「……こればっかりは譲らないぞ」
君達、いざとなったら寝技(直球)で俺をどうにかできると思っているだろう? 俺の鉄の意志はそんなことでは曲がらないからな。曲がらないったら曲がらない。だからちょっと落ち着いて。穏便に。な? というか面白そうとか言って混ざるなよグランデお前この野郎。
夜までにこの件を忘れさせないとマズい気がする……エレンに期待しよう! 頼むぞ聖女様! 本当に頼むぞ!
はたしてかれはせいしをかけたたたかいをぶじさけられるのか……_(:3」∠)_(むりです




