第171話~試作型魔銃~
「……ふむ、なるほど。よく考えられているな」
試作型魔銃の取扱説明書に一通り目を通し、俺は素直に感心してそう言った。この試作型魔銃は俺が研究用に提供したボルトアクションライフルと前装式のマスケット銃を参考にしてこの世界の職人がこの世界の技術だけを使って作り出したものだ。
まず、弾丸の装填方式は前装式である。つまり銃口から弾丸を入れて、槊杖――わかりやすく言えば棒で弾丸を押し込んで装填するタイプの銃だ。その構造上、当然ながら単発式である。
本来のマスケット銃であれば銃身に火薬を流し込んでから弾丸を入れて棒で突いて火薬を押し固めるようにするのだが、この試作型魔銃では火薬は使わない。弾だけを銃口から押し込み、ごく小規模の爆発魔法を銃身の奥で発動してその爆圧で弾丸を発射するからだ。
爆発魔法ではなく風魔法でも魔銃は試作されたようだが、どうしても爆発魔法より威力が出なかったらしい。様々な魔法を試したそうだが、今のところは爆発魔法を使用するのが一番威力が出るそうだ。
銃身は魔法に対する抵抗力が高い黒鋼製。重いが魔法に対する抵抗力が高く、爆発魔法による銃身の劣化が一番抑えられると判断したということだ。金属としての耐久性も高いため、魔法防御力の高い防具の素材として重戦士に好まれるらしい。お値段も鉄よりは高いが魔法金属ほどではなく、錆びにくいため手入れも鉄に比べれば簡単だそうだ。
銃身にはボルトアクションライフルを参考にしたのか、ちゃんと四条右回りのライフリングが切られている。弾頭に関しても椎の実型にされているようだ。底部もスカート状に窪んでいる。爆圧でこの底部が膨らみ、ライフリングに食い込んで圧力を逃さずに銃弾が発射されるようになっているみたいだな。
確か俺の記憶だとこの窪みになんか詰めるとかだったような……木栓だったかコルクだったか。
銃身の根本にはネジが切られていて、尾栓が嵌っている。この尾栓は魔鋼でできていて、爆発魔法の発動体にもなっているようだ。万が一尾栓の爆発魔法の発動体が壊れた場合は簡単な工具を使って交換できるようになっているらしい。尾栓を外せば銃身のクリーニングも楽になるな。
そして発射機構だが、撃鉄部分を起こして引き金を引くことによって銃身の底部で爆発魔法が発動し、装填された銃弾を発射する。魔力の供給は撃鉄が落ちる火蓋に当たる場所に装填されている魔晶石から行う。この魔晶石に魔力を最大充填してあれば三〇発は撃てるようになっているのだとか。
魔晶石に魔力を充填できる兵士なら弾丸さえ大量に持ち歩いていれば魔銃が壊れない限り撃ち放題だな。そうでなくとも魔晶石自体はそう大きいものではない。予備の魔晶石を持ち歩けば相当な数を撃てるだろう。急場を凌ぐなら適当な大きさの魔石や魔力結晶でも代用できるらしい。
魔石は使い捨てになるが魔物を倒せば入手できるし、魔力結晶も同じく使い捨てだが同じサイズの魔晶石よりも遥かに魔力の蓄積量が多い。同サイズの魔晶石の一〇倍は発射できるだろうとのことだ。魔晶石は魔力を使い切っても再充填すればまた使えるのが利点だな。非常にエコだ。基本は魔晶石を使っての運用を考えていると取扱説明書には書いてある。
そして弾頭は鋳型と鉛さえあれば野外でも製造することが可能だという。精度は若干落ちる可能性があるということだが。魔晶石への魔力の補充は魔法が少しでも使える者なら誰でもできるらしいし、銃弾もやろうと思えば前線で作れるとなれば若干は補給の助けになる……のか? 鉛なんてそうそう持ち歩くものでもないだろうけど。まぁ補給物資として鉛を供給……するくらいなら後方で銃弾を大量に作ってちゃんと補給したほうが良いよな。
前線でもいざとなれば緊急避難的に銃弾を作れるよ、というのは安心要素になるのか否か……弓矢を考えればやろうと思えば自分でも矢玉を作れる、というのは兵士にとっては安心要素になるのかね。そのうち土魔法で作った石の弾丸とか使い始める奴が居そうで怖いな。
何にせよ銃弾の製造自体は設備さえ整えればクロスボウの矢よりも簡単だろう。これはクロスボウに大きく勝る点だと思う。クロスボウの矢は鏃を作って、矢柄を作って、鏃を取り付けて矢羽をつけてって感じでそれなりに手間がかかるからな。
量産性に関してのレポートを見る限り、ゴーレム式の旋盤や推力を使った動力旋盤が普及しつつあるおかげで銃身やその他部品に関しては量産も可能だそうだ。問題は魔鋼製の尾栓だそうだが、こちらに関しても後方拠点での魔法金属量産計画が上手く行けばある程度は量産できそうだという。
そして射撃性能に関してだが、この試作型魔銃……口径がすげぇデカい。目算で15mmくらいありそうなんだが。有効射程に関しては、試射の結果およそ500m……? え? マジ? 俺が提供したボルトアクションライフルと同じくらいの有効射程じゃないか。
そして大口径の弾丸の威力はギズマ程度なら一撃で仕留めると。恐らく人間相手だと即死? 手足に当たったら手足が吹き飛ぶ? ですよね、15mmですもんね。俺が用意している最大口径のアンチマテリアルライフルでも12.7mm弾ですよ。
銃の威力ってのは口径に大きく左右されるからね。まぁ俺のアンチマテリアルライフルの方が命中精度も弾丸の初速も遥かに上だろうから、威力も射程も試作型魔銃よりも高いと思うけど。
「しかしたまげたなぁ……これはやらかしたのでは?」
こいつは完璧なる殺人兵器である。これが大量に運用されたら敵方にそれはもう大量の死体が積み上がることになるだろう。そして、何よりこの試作型魔銃はこの世界の技術だけで造られている。つまり、鹵獲してリバースエンジニアリングをすれば聖王国の連中にも製造することができるだろう。向こうにはゴーレム式や水力式の旋盤が無いだろうから、そう簡単には量産はできないと思うが。
武器として改良すべき点はまだ多いと思う。例えば重さだ。銃身の素材である黒鋼が重い上に、暴発しないように銃身自体が肉厚に造られているので銃全体の重量が重い。恐らく5kg以上あると思う。これを背負って行軍するのは負担……いや、こっちの世界の人族は人間も亜人も身体能力が高いから、別に負担にならないのか……?
というかよく見たらいざとなれば銃身が肉厚で頑丈だから武器として使えるとか書いてあるぞ。銃身が歪んだら危ないだろうが……と思ったら銃身が異様に分厚いのは接近された時に近接武器としても使えるようにするためとか。とにかく頑丈さを追求していると。それでいいのかよ。
ま、まぁ他にも連発ができないというのも改善点だろうな。補給の問題もあるし、そもそもの製造コストの高さというのもあるだろう。すぐに大量生産されて普及するというものではないと思うが、メンテナンス性の高さなどはよく考えられていると思う。
「実際に撃ってみるか」
百聞は一見にしかずというし、とりあえず試射してみることにした。エアボードを囲んであーだーこーだと議論したり、解体して検分したりしている――って。
「ちょっと待てオラァ!? 何勝手に解体してるんですかねぇ!?」
「大丈夫、ちゃんともとに戻すから」
「先っぽだけですから」
「細かいことを気にするな。お、試作型魔銃の試射をするのか?」
「そっちにも興味があったんですよね。やりましょうやりましょう」
エアボードのそばで議論していた鍛冶職人や錬金術師がそう言って試験場の倉庫から壊れかけの鎧や丸太、廃材なんかを持ち出して標的としてセットし始める。
「ちゃんと直さなかったら俺が構想中の面白メカの実験台にしてやるからな……」
俺の台詞にエアボードを解体して検分していた連中がビクリと体を震わせる。ふふ、空を自由に飛ばせてやるぞ。失敗したら地面に真っ逆さまだろうがな。
気を取り直して試作型魔銃の試射をすることにする。設置されたターゲットはおよそ50m先で、薄い木の板に雑に幾重もの円が描かれたターゲット。壊れかけの金属鎧を着せた丸太、ただの丸太、そして粘土製の人間大の人形である。粘土人形は土魔法で作ってあって、およそ人間の身体の強度と同じくらいの耐久性を有するらしい。
「よーし、まずは鎧から行くか」
「おー」
射手は一番射撃に慣れている俺である。射撃威力が40%向上する優秀な射手のスキルは一時的に無効化しておく。40%違うと相当違いが出るからな。
試作型魔銃を構え、アイアンサイトを使って鎧の胴部分に照準をつけ、発射する。
ズドン! という大きな発砲音が鳴り響き、鎧の中央に大穴が空いて丸太ごと後ろに吹っ飛んでいった。銃本体が重いせいか、反動は思ったよりもマイルドだったな。
「……凄い威力ですね?」
「ちょっと予想以上だな」
「これ、鎧とか役に立たんのじゃないか?」
俺の側から試写を見ていた猫獣人の錬金術師が驚愕し、ドワーフの鍛冶師が顔を顰める。そりゃこの威力だと生半可な装甲は貫くだろうなぁ。
次に粘土人形を撃つと、胴体にどでかい風穴が開いた。首に命中させると頭が飛び、手足に命中させると手足が吹き飛んだ。これは酷い。
そして50mでの命中精度はおよそ2cm以内と思われる。なんでおよそかって? 一発目で的の中心にこぶし大の穴が空いて、それ以降何発撃ってもそのワンホールに収まったからだよ。
ちなみにドワーフの鍛冶師にも撃たせてみたが、およそ俺と同じ結果になった。
「儂でもこの程度の射撃ができてしまうというのはまさに驚異的だな……」
「ちょっと訓練すれば誰でもこの距離で敵兵を一撃で仕留められるってことですもんね」
試しにアイラに普通の障壁魔法を張ってもらって鎧を着せた丸太を撃ってみたが、問題なく障壁を貫いて鎧もぶち抜いて丸太をふっ飛ばした。
「……ちょっと凶悪すぎるのでは?」
「武器としては申し分ない性能だが……ただ、正直現状ではクロスボウでも聖王国軍を圧倒できると思う。少数配備して聖王国軍の魔道士部隊を仕留めるのに使ったほうが良いかもしれんな」
「その辺りはシルフィとダナンに報告だな……まぁ、試作型とはいえこれはかなり完成度が高いんじゃないか」
勿論、実際に運用してみないと出てこない改善点というのもありそうだが。例えば引き金とか撃鉄周りの機構はそれなりにデリケートそうだから、乱暴に扱ってると壊れそうな気がするし。これは改善点になりそうな気がするな。
「もしこれを前線に配備するなら、兵にはどの程度の物資を持たせるべきですかね?」
「まずは弾丸だよな。魔晶石がフル充填されている場合には30発は撃てるらしいし、最低30発。できれば倍の60発が理想か。魔晶石も予備が一個あるといいな」
「あとは整備用の工具だな。尾栓も一個予備で持たせるのが良いと思うが」
「尾栓はこの武器のコア部分だろう? 持たせて戦場で紛失とかしたら大変だぞ。故障したら素直に後方に下がるようにしたほうが良いと俺は思うが」
「ふむ、それはそうかもしれんな。銃身の清掃用の道具と、なら尾栓を取り外すための工具だけで良いか。銃弾は60発で良いのか? 矢に比べれば軽いものだし、もっと持たせても良いと思うが」
「補給の状況次第だな。場合によってはもっと多くても良いかもしれん。実際には食料や水、ポーションなんかも持ち歩くことになるだろうし、その辺は他の装備との兼ね合いもあるよな。接近戦用に剣を持って歩きたいという話になれば更に装備重量は増えるし」
試射が終わって性能についてはある程度把握できたので、今度は運用面について議論をしていく。実際に革製のポーチなどに銃弾を入れて重さを確かめていく。銃弾一発の重さはおよそ32g程なので、30発でおよそ1kg。60発でその倍のおよそ2kg。結構な重さだが、専用ポーチを作って携行させるなら基本は60発入りので良いかもしれんな。状況によって配布するポーチの数を増やせば良いだろう。
「とりあえず50丁作って30人くらいの試験部隊に配備、運用試験をするって方向で良いんじゃないか。運用試験もせずにいきなり実戦投入とか危なっかしくてできたもんじゃない」
「そうだな、儂もそう思う」
「じゃあそういう方向で報告書を書いておきますね」
一緒に量産型魔銃の検証をしていた猫獣人の錬金術師の発言に頷いておく。試作型魔銃の検証についてはこんな感じでいいだろう。聖王国軍は俺達がこんな凶悪な兵器を次々と開発しているだなんて夢にも思っていないだろうな。戦うことになったら一方的な展開になりそうだ。
これから恐らく起きる戦いで倒れるであろう聖王国の兵士達が少し気の毒に思える俺であった。気の毒には思うがさらさら止める気は無いけど。俺にできることは精々念入りに降伏勧告をすることくらいだな。
リロード時間は銃弾を銃口から押し込むだけなので下手するとクロスボウと殆ど変わらないというアレ。
とってもデンジャーなものになってしまった_(:3」∠)_




