第168話~復讐を誓いながらの帰還~
「なんか付き合わせてすまないな」
「いえ、これが私の務めですから」
俺の言葉にミスリル製の十文字大身槍の流星を肩に担いだザミル女史は静かに首を横に振った。
ザミル女史は今回のアドル教経典探索行の間、ずっと俺の警護に目を光らせていたんだよな。可能な限りザミル女史は俺の傍で俺を守ろうとしていたし、それができない場合はアイラなりシュメルなりグランデなりが必ず俺の傍で警護につくように取り計らっていた。
俺の視線に気付いたのか、ザミル女史が視線を宙に向けながら口を開く。
「一度慢心の末にコースケ殿をキュービめに拐かされましたから。私は同じ失敗をしようとは思いません。この流星を賜った時の誓いを違えることは二度としませんよ」
「キュービか……あいつは何なんだろうなぁ」
どうにもあいつの行動は未だによくわからないんだよな。何年間も解放軍に潜伏して、最終的にやったことは俺の誘拐だ。やろうと思えばシルフィやアイラ、ダナンやレオナール卿を暗殺することもできただろうし、俺だってあんな中途半端に誘拐せずに殺すことだって容易くできたはずだ。
挙句、俺をメリネスブルグの城に預けた末に脱出されて下水道に逃げられるという体たらくだ。
もっと上手く立ち回れば俺を逃さずに捕縛したままでいられたはずなんだよな。キュービ本人でなくとも、部下の屈強な男を一人か二人俺に貼り付けておけば、俺はエレン――アドル教の真実の聖女、エレオノーラが来るまで牢に入っていたはずだ。
キュービ自身は俺が地下道に逃れたという話を聞くなりとっとと逃げたって話だし。あいつは一体何がしたかったんだ? あのまま首尾よく捕らえられていたら、俺はライム達と接触すること無くエレンと出会っていたのだろうか。その場にキュービが居たら、どうなっていた?
わからんな。もしそうなっていたとして、キュービに何の得がある? そもそも動機がわからんのだよな。キュービは亜人だ。それもケモ度高めで人間の中に溶け込むことは不可能なレベルの。そんなあいつがアドル教に取り入って何になるんだ? 体よく使われたとしてもアドル教……というか聖王国内で地位や名誉、財産を得ることができるとは思えない。
そもそも、聖王国側の人間だったとして、あいつはどこの派閥に属していたんだ? 俺を適当に牢屋に放り込んだ太守とやらはエレンの話しぶりからするに主流派の連中だったみたいだ。キュービと太守が主流派同士なら俺への対応があんなになおざりなものになるだろうか?
同じ派閥でも単に亜人であるキュービの言葉だから重く受け止められなかったという可能性はゼロではないが、それならそれでキュービの上司は太守相手でもちゃんとモノを言えるような立場なり、命令書なりをキュービに用意して滞りなく任務を全うできるように手配するはずだろう。
いや、この前提もキュービが亜人だから崩れるか……? やっぱり不自然なんだよな、亜人のキュービが聖王国に組して動いてたっていうのが。
エレンと同じ懐古派に所属していたとしたら……? ダメだな、どんなに考えを巡らせても推測の域を出ない。あの時は裏切られて拐われた怒りで頭がいっぱいだったが、今になって考えるとあいつの行動はあまりにも意味がわからんな。何が目的だったのやら。
まぁどんな理由があったにせよ俺とシルフィ達を裏切った報いはくれてやるけどな。全身の毛を剃って晒し者にしてやる。俺には想像できないが、獣系の亜人にとっては死よりもなお酷い刑罰らしい。
「私も色々と考えましたが、理解できませんでした。一体キュービはいつから、何故裏切ったのか」
「いつか捕まえて本人に直接聞くしか無いな。毛でも剃りながら」
「そうですね、毛でも剃りながら」
その光景を想像して二人で邪悪な笑みを浮かべる。そんな俺達を見た後方拠点の住人達がドン引きしていたが、俺達は物資倉庫の管理人にそれを指摘されるまで気づかず邪悪な笑みを浮かべ続けたのだった。
だって楽しいじゃん。裏切り者を制裁する光景を思い浮かべるのは。
☆★☆
後方拠点で生産された余剰物資と魔力結晶などをインベントリにぶち込み、俺達は改良型エアボードでオミット大荒野を抜けるべき北上を開始した。
およそ三時間半ほどでオミット大荒野を抜け、領域境のアルファ砦を通過して更に三時間ほど。場所によっては路肩を走って街道を行く旅人や馬車を追い抜き、驚愕の視線を向けられたりしたが、日が傾いてきた辺りでメイズウッドの街に到着することができた。
流石に夜間の運転は怖いので、今日のところは改良型エアボードをメイズウッドの解放軍駐屯地に停めて、駐屯地の片隅に臨時宿泊所を設置して休むことにする。ここまでのペースを考えるとアーリヒブルグまではあと二時間足らずで着くはずだが、敢えてリスクを犯すこともないだろう。
「このスピードだと、早朝に出れば日が落ちる前に後方拠点からアーリヒブルグまで走れそうだな」
「ん、いけると思う。魔力結晶の消費効率もさほど悪くはない。ここまでで七割くらいだから、片道一個あれば余裕があると思う」
魔力結晶というのは概ねピンポン玉サイズの青い結晶だ。これが二個あればアーリヒブルグと後方拠点を往復できるということだな。
「一応各部のチェックをしておくか」
「ん、わかった」
アイラと一緒に改良型エアボードの整備をする。構造が単純なだけに推進装置には特に問題は無いようだ。ただ、魔力結晶から魔力を各装置に流すミスリル銅合金の魔力導線はずっと魔力を流し続けていたせいか熱を持っており、多少の劣化が見られた。これはもう少しミスリルの添加量を増やすか、そうでなければ魔力導線を太くするかのどちらかが必要だろうということだった。
浮遊装置に関しては大型単発の方は問題なかったが、小型四点式の方は少し熱を持っていたらしい。今のところは運用に問題は無さそうだということだが、長期運用した場合小型四点式の方がパーツとしては短命になりそうだ。
操縦系に関しては特に目立った摩耗や損傷などは見当たらなかった。意外と単純な構造だからな。もう少し操作を簡略化できないものか。多少操縦系が複雑になることを許容してフットベダルでアクセルとブレーキ、ハンドルで左右に旋回、前進後退はシフトレバーで切り替えとかにできないかね。そうすれば片手で運転しながらもう片手で銃撃とかできそうなんだが。
いっそエアボード自体を武装するか? でも武装するなら真横というか、全方向への移動ができるようにした方がいいよな。
技術的にはできなくもない気がする。推力をフットペダルで管理して、某電脳戦機なロボットゲームのように2本のスティックで移動、スティックにトリガーをつければ……ホバータンク的な感じで。
うん、ロマンはあるけど車載機関銃を積んだテクニカルエアボードで十分だな。ボツだ。趣味で作るのはアリだと思うけど。いかんいかん、思考が散漫になっているな。
整備を終えたら駐屯地の食堂で夕食を食べて、臨時宿泊所でのんびりする。
この距離なら個人用のゴーレム通信機も問題なく使えるので、シルフィに連絡を取ってみることにした。コール音が何度か響き、程なくして通信が確立した。
『コースケか。この通信機に連絡があったということは、近くにいるのか?』
「メイズウッドまで戻ってきてる。経典は確保できたぞ」
『そうか、それは僥倖だ。しかし何故メイズウッドに? グランデの翼ならアーリヒブルグまで戻ってこられるだろう』
「向こうで時間を見繕って乗り物を作ってな。その試運転がてら陸路で移動してるんだ。今日は色々あってちょっと出るのが遅かったから間に合わなかったが、朝に移動を開始すれば日が落ちる前に後方拠点からアーリヒブルグに着けるくらい早いぞ」
『ほう……また面白いものを作ったな』
暫くエアボードの話をしていると、部屋の隅に設置したクッションの山からグランデがもぞもぞと這い出してきた。ちなみに、アイラはすぐそこに置いた机でエアボードや経典についてのレポートを作成中。ハーピィさん達は一日中飛ばないでエアボードに乗っていたのがストレスだったのか暗いのに外に飛びに行っている。
「シルフィか?」
『その声はグランデだな。旅はどうだった?』
「ふむ、どうだったか、か……満足のいくものであったぞ。コースケとずっと一緒だったし、コースケは美味しいものを食べさせてくれたし、何より妾とも契ってくれたからな」
「ちょっ」
なに平然と言ってるんだお前は。
『そうか、それは良かったな。一緒に送り出した甲斐があったというものだ』
「そうじゃな。案外ヘタレよな、コースケは」
そうは言うがな、大佐。グランデは俺の中では女の子というよりもかしこいペット枠だったんだよ。そう簡単に踏ん切りはつかないって。
『目的のものは手に入ったということだったが、危険はなかったのか?』
「最初に入った遺跡にはグールが山ほどいて、一番奥にはリッチがいたな。それ以外はたまにアンデッドっぽいのが出たみたいだが、シュメルとかザミル女史が片付けた」
「コースケがさぶましんがんとかいうやつでリッチをバラバラにしてたぞ。コースケの武器はへんてこな見た目だが強いな」
『グールにリッチか……ザミルが一緒だから心配はしていなかったが、なかなかに難儀だったようだな。経典の中身にも目を通したのか?』
「ああ、古代オミット王国の文字で書かれていたが、俺の能力で中身も読めたんだ。内容的には懐古派の望むものだったみたいだな。俺が翻訳した内容をアイラが書き取ってある。他にも本はいろいろ回収したが、そっちはまだ目を通してないな」
『そうか、それは良かった。明日は聖女に良い報せを届けられそうだな』
通信機の向こうのシルフィの声がとても安堵した声に聞こえる。これで肝心の内容が現在の主流派と同じだったとしたら色々とマズいものな。本当に幸いだった。
「明日の朝に出たら昼前の早い時間にそっちに着くと思う。俺とアイラが作った新しい乗り物を見て存分に驚いてくれ」
問題はエアボードって動きがどうしても大雑把になるから、ちょっと動いてピタッと止まってとかいうのは苦手なんだよな。街中で使ったら接触事故が多発すること請け合いだ。どうしたものか……すぐにブレーキを掛けられるように浮遊装置の出力を限界まで絞るモードをつけるか? というか、それ以前に移動する時の推進装置の噴射で周りが大迷惑とかなりそうだな。推進装置の口径を絞る仕組みとかも考えたほうが良さそうだ口径を補足すれば巻き起こる風もいくらかマシになるだろう。
『楽しみにしていよう。明日の昼過ぎにライム達を通して聖女と通信をする予定だから、昼前には到着してくれ』
「わかった。朝早めに出るつもりだから、結構早く着くと思う。ここからだと多分二時間弱……一刻かからないな」
『そうか……わかった。また明日、な』
「ああ、また明日」
「また明日じゃ」
通信を終了させる。本当は後方拠点にも長距離通信用の大型ゴーレム通信機があったのだが、あれは解放軍の軍務用だから私信で使うのは良くないと思って使わなかったんだよな。
やはり俺用のもっと強力な通信機を作るべき……いや、両方とも同じくらいの魔力波の出力が要るし、そう簡単にはいかんか。できないことはないと思うけど。
「とりあえず、明日だな。今日は早く寝るとするか」
「そうじゃのう。早く寝られればいいのう」
チラリとグランデが視線を向けた先は臨時宿泊所の入り口だ。俺もその視線に釣られてそちらへと視線を向ける。
「ヒェッ……」
ピルナとカプリが爛々と輝く目で俺を見ていた。
咄嗟に逃走経路を探して窓に目を向ける。
「ヒェッ……」
イーグレットとエイジャが窓の外からこちらに翼を振っていた。そしていつの間にかアイラが俺の側に……!? グランデもその強靭な爪の生えた手で俺の腕を掴む。
「怯える演技は別にせんでいいぞ」
「はい」
最初からこうなることはわかっていました。はい。わざわざ俺達用の臨時宿泊所を作らされた時点で察してたよね。今日は最終日だしね。
「ふふふ……いつもいつも俺がやられっぱなしだとは思わないことだな!」
俺にはエルフの里で入手した奥の手がある。これさえあれば敗北はありえん。今日こそはまとめて返り討ちにしてくれる。
「ば、馬鹿な!? 倒したはずでは!?」
「薬なら私の得意分野」
「体力でドラゴンに勝とうなど片腹痛いのう」
「ハーレムコロニーを形成する私達の手練手管を甘く見ないほうが良いと思います」
「ウワーッ!」




