第157話~試作型エアバイク~
滑り込みセウト!_(:3」∠)_(ほぼアウト
失敗は成功のもと、と言う。
失敗したらその原因を反省し、方法や欠点を改めることによって最終的な成功に繋がる、とかまぁそんな感じの言葉だ。つまり、何が言いたいのか? わかるね?
「うぅ……ヴォエッ」
「コースケ、ファイト」
「こ、これくらい……おろろろろ」
「コースケばっちい」
最近乗り物と相性が悪い気がする……いや、乗り物の開発にこういうのはつきものなのかもしれないけれども。
結論を言うと、板の四角にレビテーションの魔道具をつけることによって板が大きく傾くような事態は避けられた。ただ、四角に高さを測定するゴーレムアイをつけて、地面から一定の距離を保つように補正をし続けるのはダメだ。
舗装された道路のようなまっ平らなところを移動するなら何の問題も無いが、荒野を移動したらそれはもう嵐に揉まれる船のように揺れまくった。五分でグロッキーである。
俺とアイラは失敗にめげず改良を続けた。ゴーレムアイによる補正の頻度を下げてはどうか? センサーの位置を四角ではなく、前後左右の四箇所にしてはどうか? センサーの位置はむしろ中央の一箇所で良いのでは? っていうかセンサーいらなくね? ということに気がつくのに時間がかかりすぎた。
そう、そもそもセンサーによる補正など要らなかったのである。
このレビテーションという魔法、いくら移動しても最初に発動した場所を基準として魔力量に応じた高さを維持するようにできていたのだ。魔法そのものに高度の基準点を記憶する術式が込められていたのである。わざわざ四角にセンサーを設置してリアルタイムで高度の基準点を更新し、傾きを補正する必要など無かったのだ。
つまり、浮かせたい物体のバランスを保てるように四角にレビテーションの魔道具を設置し、初回起動時の基準点の測定位置となるセンサーを乗り物の中央下部に配置。そして魔道具に流す魔力量を均等にして制御する機構だけをつければ良かったのである。
とんだ遠回りの上、骨折り損のくたびれもうけだった。
「レビテーションはあまり使ったことがなかったから……ごめん」
「いや……結果的に成功したから良かったじゃないか。レビテーションの魔法の原理を再確認できたわけだし。でもこれ、高い山の上とかで使ったらどうなるんだろうな?」
「さぁ……? やったことがないからわからない」
高い山の上でレビテーションをかけて麓に向かって移動したら、頂上の高度を保ったまま移動することができるんだろうか……? レビテーションを使った地点が基準点になるなら理論上は……やってみないとわからんな。そう上手くはいかなさそうな予感がする。
「とにかく、これで揺れず、地面の影響を受けない荷台を作れたわけだ。これだけでも重量物を運搬する道具として使えそうだな?」
「ん、これなら子供でも馬車いっぱいの重い荷物を運べる」
実際、座布団サイズのこの実験装置に重量物を載せてみたのだが、アイラでも軽々と荷物を移動させることができた。ただ、積載重量が大きくなるとそれだけ消費魔力が多くなるので、重量物の輸送中に突然魔力が切れてしまったら大事故が起こりかねない。何らかの安全装置を付ける必要があるだろうな。
「次は推進装置だな。これには腹案がある。ただ、アイラの協力が必要だ」
「勿論協力する」
「うん、ありがとう。宮廷魔道士のアイラの協力が不可欠なんだよ。風魔法ってあるじゃないか?」
「うん」
「風魔法の中にはただ風を吹かせるような魔法も勿論あるよな」
「ある。一番簡単な風魔法がこれ」
アイラが俺に指先を向けると、その指先から微風が俺の顔に吹き付けられた。
「うん、そうそう。そういうの。それってどうやって発生しているんだろうな?」
「?」
俺の言葉にアイラが首を傾げる。
「いや、風っていうのは空気の流れだろう? まさか指先から空気が発生してるわけじゃあるまいし、恐らく周りの空気を集めて指先から放出してるんじゃないかと思うんだよ。ちょっと指先から風を出し続けてくれるか?」
「ん、わかった」
色々と実験をした結果、風魔法はやはり周りの魔法を集めて指先や杖の先などから噴出させているということがわかった。
「私は真理を知った……知っているつもりで私は何も知らないということを」
「まぁ、魔法を普通に使う上では別にどうでもいいことだろうし多少はね? しかし、ふぅむ」
一部の風魔法が周りの空気を集めて一定方向に放出しているということはわかった。え? わかんなかった魔法? 不可視の風の刃と放つ魔法とか、圧縮空気弾を飛ばす魔法とかは俺の知識では理解が及ばなかったよ……あれどういう原理なんだ? 全くわかんねぇ。
とにかく、俺が今回検証したのは指先や杖の先から風を放つ魔法である。これは周りから空気を集めて、一定方向に放出する魔法だ。原理的にはジェットエンジンと同じものである。しかし、ジェットエンジンとは明らかに違う点がある。
「やっぱりおかしいよな」
「何がおかしいの?」
「いや、強風の魔法とか俺が吹っ飛ばされる勢いの風が吹くじゃん?」
「ん。更に上の風圧の魔法だと文字通り吹っ飛んだ」
「うん。アレは痛かった……ってそうではなくてだな。人一人を吹っ飛ばす程の魔法を使っているのに、アイラは何故吹っ飛ばないんだ?」
「……?」
周囲から空気を取り込んで噴流を形成しているのだから、そこには必ず反作用が発生しているはずである。作用反作用の法則を考えれば、噴流を発射しているアイラも吹っ飛ばないと理屈が合わない。この世界でも運動の第三法則が正常に機能していることは確認済みである。ということで、アイラに作用反作用の法則を説明して、アイラが吹っ飛ばないのは理屈に合わないと説明すると。
「……魔法だから?」
「諦めんなよ! 諦めんなよそこで! どうしてそこで諦めるんだ!」
「そんなことを言われても」
そういうものだから、で納得してしまったらそこで終了である。いや、今のままでも推進力を得る方法はあるんだけどね? レビテーションボード(今命名した)に帆でも立てて、そこに風魔法で風を吹き付ければ陸を走る船の完成だ。でも、この風魔法の不思議を解明することによってより高速で、効率の良い推進装置を作れるはずなのだ。
「つまり、風魔法には反動を相殺するような術式が組み込まれているんじゃないかと思うんだよ。ほら、ハーピィ達やグランデみたいなドラゴンだって風魔法で飛ぶじゃん? でも、普通の風魔法の常識で考えるとおかしいんだろ? あれ」
「ん、おかしい。魔力効率が明らかに……そういうこと?」
「お気づきになられましたか」
つまり、俺が言いたいのはそういうことだ。ハーピィさんやグランデのように魔力を使って空を飛ぶ種族が使っている飛行方法の秘密は多分これなのだ。彼女達は驚くほど少ない魔力消費で長時間空を飛ぶことができている。彼女達に飛行に魔力が関わっていることは明らかで、それが風魔法であるということもわかっている。
でも、魔法の常識から考えると彼女達が飛べるのはおかしい。風魔法で身体を浮かせるほどの出力を維持し続けるとなると、魔力の消費が激しすぎてそんなに長時間は飛べないはずなのである。ドラゴンに至ってはあの巨体だ。いくらドラゴンの保有魔力が人族より抜きん出ているとしても、悠々と飛び続けられるものなのか? その答えがこれだ。
「……大丈夫?」
「……想像以上の威力だったな」
暫く瞑目して何かを考えた後、改良した強風の魔法を撃ってみるとアイラが言うので俺はふかふかの藁ブロックを後方に設置し、更にアイラを後ろから支えた状態でアイラに新魔法を試させた。
その結果、俺とアイラの身体は見事に後方にぶっ飛んで藁ブロックに激突した。
「コースケと一緒にいると新しいことがどんどんわかって楽しい」
「そう言われると悪い気はしないけど、くれぐれも気をつけてくれよ。今回は恐らく反作用でぶっ飛ぶだろう、ということがわかってたから事前に対策ができてたんだからな。他の魔法を弄って発動させて大事故なんて起こさないでくれよ?」
「ん、わかってる。まだまだ真理の探求には程遠いけど、これでも私は元宮廷魔道士。しかもコースケより年上のお姉さん。心配はいらない」
頭に藁屑をつけたままアイラが小さな胸を貼る。まぁ、アイラは思慮深い方……だよな? たまに熱中すると周りが見えなくなるからな……心配だ。
「とにかく、これで推進装置の目処が立ったな。後は構造だが……まぁ最初は単純な筒状で良いか」
もっと適した形があるかもしれないが、とりあえずは筒状で良いだろう。
「この筒の中で反動除去術式を除いた風魔法を発動させれば良い?」
「うん。それでいい。噴出方向を反転させることってできるか?」
噴出方向を反転させられるならブレーキとして使えるかもしれん。ブレーキの問題はどうするかなぁ。まずは物理的に地面に接触……いや、空気抵抗を使ったエアブレーキもアリか? いや、機構というか、それだけの空気抵抗をどうやって得るんだよ。まずは普通に接地式のブレーキでいいや。
「可能。レビテーションの魔道具と同じく、出力も調整できるようにする」
「左右で出力を調整できるようにすると良いかもな。出力差で旋回できると思う」
「ん、わかった」
後方に方向舵もつけると尚良いかな。左右の出力差と方向舵を連動させればより良いかもしれん。この辺は研究開発部に丸投げしても良いな。
アイラに推進用の魔法道具を作ってもらっているうちに俺は接地式の原始的なブレーキ機構やそれらを載せる車体を作っていく。車体って言っても座布団サイズの木の板から二畳くらいの大きさの木の板に変えて四角にレビテーションの魔道具をつけただけだけど。
「できた」
「それじゃあ出力調整のゴーレムコアと操縦機構を作っていくか」
操縦機構と言ってもそんなに複雑なものにするつもりはない。左右のレバーで車体の左右につけた風の魔法道具……名前をつけたほうが良いだろうか。正式名称はそのまま風魔法式推進装置で良いよな。推進装置でいいや。
左右のレバーで左右の推進装置の出力の調整をできるようにする。前に倒せば前進、倒せば倒すほど出力上昇、後ろに倒すと後退。左右のレバーを外側に倒すと上昇、内側に倒すと下降、下降することによって機体が地面に接地してブレーキにもなる、と。
「……ちょっと不格好」
「試作機ゆえ致し方なし」
図らずも試作機のデザインが某青い猫型ロボットのタイムマシンに似たような感じになったのは決して狙ったわけではない。高速で移動するなら操縦者を風や飛来物から守る風防も必要となるだろうし、デザインも洗練されていくだろう。あくまでも実験装置だからね、これは。
「よし、早速試運転だ」
「気をつけて」
「任せろ」
即死しなければ大丈夫だろう。こっちに来てから意外と頑丈になってるみたいだし、俺。
まずは起動スイッチを押して各魔道具に魔力の供給を始める。そうしたら次は左右のレバーを外側に倒し、機体を地面から浮かせる。
「とりあえずここまではよし」
「ん、ちゃんと浮いた」
「まずは上下移動を試そう」
左右のレバーを内側、外側に倒して試作型の浮遊移動装置を上昇、下降させる。特に問題はないようだ。
「よし、問題なし。では風魔法式推進装置の試験を始めるぞ」
「ん」
既に単体での実験は成功している。というか、推進力が強すぎて一号は遥か彼方に吹っ飛んでいってしまった。探しに行くのも面倒なので無かったことにした。黒き森の方に飛んでいったから、少なくとも聖王国の連中に機密が漏れることはあるまい……はい、迂闊でしたすみません。
それはさておき、左右のレバーを前に倒す。出力の調整についてはレバーを倒す角度に応じて四段階に出力を変えられるようにした。
「おー、良いぞ良いぞ」
「ちゃんと動いてる」
最低出力でふよふよと荒野を移動する。最低出力だと人が歩くのと同じくらいのスピードが出るようだ。左右の推進装置の出力に差をつけることによって旋回もできるな。
「よし、速度を出してみるぞ」
「ん、気をつけて」
両方のレバーをもう一段階前に倒すと、駆け足くらいの速度になった。むむ、旋回すると慣性で割と横滑りもするし、精密な操作には慣れが必要だな、これは。
高速航行の為に試作機の高度を上げる。岩とかにぶつかって痛い目に遭うのはごめんなので。
「うおー! はえぇ! いてぇ!」
高度を上げて一気に最高の四速に入れてみると、想像以上に早かった。軽く時速50kmは出てると思う。顔に感じる風も強いし、何より吹き付けてくる荒野の砂塵が顔に当たって痛い。やはり乗り物自体に風防か、搭乗者が身につけるゴーグルやマスク、フルフェイスのヘルメットなどが必要だ。
それを実感してから速度を落とし、アイラのところに戻った。
「次は私が乗る」
「それは良いけど、三速までにしといたほうが良い。風が顔に吹き付けてきてキツいし、砂塵が顔に当たって痛い」
「大丈夫。魔法で防ぐから」
「その手があったか!」
風防なんて取り付けなくても風の防壁魔法でどうにでもなるのか。本体に組み込めば良いかな。しかし魔法で防ぐか、その発想は俺には無かったわ。
アイラが試作型浮遊移動装置――これも長いな。試作型エアバイクでいいか。試作型エアバイクに乗って荒野の向こうに走っていく。ふむ、アイラは運転が丁寧だな。ハンドルを握ると性格が変わるタイプの人ではなかったらしい。
暫くして戻ってきたアイラはとても満足げな表情をしていた。
「これは良いもの。これが量産された暁にはこの世界の旅行に革命が起きる」
「交通事故には気をつけないとだぞ……馬車よりもスピードが出るから、大事故に繋がる恐れがある」
「確かに。それに、もし聖王国の連中に鹵獲されたりしたら模倣される恐れがある。技術そのものはこの世界のものを利用しただけだから」
「そうだな……まぁ、広く使われるようになればそうなるのは仕方がないと思うけどな」
「ん。でもこの……」
「試作型エアバイク」
「試作型エアバイクに使われている技術には軍事利用できるものもあるし、試作型エアバイク自体も簡単に軍事転用できる。気をつけないと」
「そうだな」
風魔法式推進装置とか、あれ槍に組み込んだら発射装置なしでバリスタ並みの威力を出すこともできるんじゃないだろうか? 勿論、速度と飛翔時の安定性を考えると形状は工夫する必要があるだろうけれどもさ。
火薬とかの爆発物とか、爆発の魔法を込めた魔道具と組み合わせれば強力な武器が出来上がりそうだ。俺も対戦車ロケット砲は作ってあるけど、弾頭の推進力に関して言えば風魔法式推進装置の方がこの世界の技術で作るなら技術的にも材料的にも低コストかもしれん。
「それに、風魔法の反動を消していた術式……これも知られると危ないかもしれない」
「危ないって?」
「まだ確信はない。ただ、新たな魔法が作れるかもしれない」
そう言ってアイラは考え込んでしまった。反動を消去する魔法か……原理はわからないけど、確かに何かに使えそうな感じはするな。




