第149話~後方拠点~
「シュメル姐のあんな声初めて聞いたっす」
「あれが素なのかしら」
アーリヒブルグを飛び立って数時間後、後方拠点――かつて本拠点と呼ばれていた拠点だ――に着いた俺達はゴンドラの外に出て各々外の空気を満喫していた。この拠点には無尽蔵に魔力を汲み出すことのできる脈穴とそれを利用した魔物除けの結界があり、また魔力を無尽蔵に利用できるという環境を最大限に生かして、魔力を動力として使う様々な魔道具を日常生活に取り入れている拠点だ。
街のあちこちで水車動力や魔力動力の加工機械が動いており、周辺の荒野から収集されてきた鉱石や、黒き森から運び込まれる木材などを加工している。その他にも溢れ出る魔力を抽出、精製して魔力結晶として取り出す装置や、鉄や鋼、その他にも銅や銀などを魔力で変質させて魔法金属を人工的に作る装置なども開発されている。もっとも、魔法金属の方はどうにも上手く行っていないようだったが。
さて、話題のシュメルはどうなっているのかというと。
「ふぐっ……うぅ……」
「よしよし。怖かった」
「なんだか申し訳ないのう」
ちょっと離れた場所で膝を抱えて泣いていた。そのシュメルをアイラとグランデが慰めているのだが、膝を抱えて座っているシュメルと、立ってその頭を撫でたり背中をさすったりしている二人の頭の高さが殆ど変わらない。体格差すげぇな。というかグランデのその手で背中さすって大丈夫? ひっかき傷とかできない?
「高所恐怖症だったんだな、シュメル」
「そうだったみたいっすね」
「今まで全く気づかなかったわ」
トリオを組んでいた二人もシュメルの高所恐怖症については知らなかったらしい。
「ふむ……よし、シュメルのことは任せた」
「「えっ」」
唖然とするトズメとベラを置いて俺は後方拠点内へとダッシュする。アイラとグランデもいるし大丈夫だろう。ハーピィさん達には一足先に後方拠点内に入ってもらって情報収集をしてもらっているので、そちらに合流しようと思う。
「急に走り出されては困ります」
「正直すまなかった」
ダッシュする俺の後ろに着いてきた護衛役のザミル女史に怒られた。だってあのままべそをかいているシュメルを眺め続けているのもなんだか居たたまれなかったんだよ。
「それで、この後はどう動くのですか?」
「とりあえず今日はここで一泊だな。シュメルがあの状態じゃどうしようもないし。今日と明日の二日で情報収集と準備を終わらせて、明日の夜に目的地を設定、明後日の朝に出発って流れで行こう」
「御意」
ザミル女史と今後の予定をざっくりと話し合いながら拠点の門へと向かう。
「おいっす、通るぞー」
「お疲れ様です!」
防壁の門を守る門番達に軽く手を挙げて挨拶しながら門を素通りする。後方拠点に住む人々は解放軍が発足したごく初期の段階でここに保護された人々だ。俺の顔はほぼ全員覚えているので、基本的に門でもどこでも顔パスである。まぁ、そもそもここに来るのなんて護衛付きの解放軍輸送部隊か俺達、あるいは黒き森のエルフ達くらいのものだから、門番なんてのも殆ど形式上の存在なんだけどな。
でも、セキュリティの観点から置かないわけにもいかない。もしかしたらふらりと正体不明の旅人が現れたりする可能性も0%ではないからな。
門を通過した俺はそのまま拠点の中央部へと向かう。ピルナ達四人のハーピィが先に拠点に入って情報を収集してくれている筈だが、さてどこにいるのやら。考えられるのは中央部にある大食堂か、寄り合い所かな? 情報収集をするなら人の集まるところにいるだろう。
「あ、旦那様」
「旦那さん、こっちに先に来たんやね」
大食堂に顔を出してみると、大鳥種の白ハーピィであるイーグレットと小鳥種の茶ハーピィであるカプリが拠点の住人達と話をしていた。話相手は午前の畑仕事を早めに終わらせて休憩している人達であるようだ。太陽の位置から考えると昼食にはまだ少し早い時間だから、昼食までここでまったりと休んでいるところなんだろう。
「うん。何か有力な情報はあったか?」
今回の遠征の目的は比較的解放軍に友好的なアドル教の教派の一つ、真実の聖女エレオノーラが属する懐古派がアドル教の主流派に対抗するための資料――つまり、改竄前のアドル教の教えが書いてある古いアドル教の教典の探索である。
ピルナ、イーグレット、エイジャ、カプリのハーピィ四人には俺達より先に後方拠点内に入ってそういったものを見かけたことがないか、そういったものが眠っている遺跡の情報がないか、という情報の収集をお願いしておいたのだ。
「遺跡はそこそこの数が見つかっているようですが、発掘などはしていないようですわ」
「地面を掘り起こすのは大変やからねぇ。この辺りはギズマもまだようさんおりますし」
「なるほど。じゃあ遺跡のあった場所の位置をしっかり聞いておいてくれるか?」
「わかりましたわ」
「寄り合い所の方にも顔を出してくるよ」
この場は二人に任せ、寄り合い所へと移動する。大食堂はその名前からして役割がわかりやすいと思うが、寄り合い所の方は職人のまとめ役や農作業者のまとめ役、拠点の外で色々なものを探索してくる探索者のリーダー達、子供の面倒を見ている人達のまとめ役、食料などの物資の管理をしている倉庫の管理者など、拠点内で様々な仕事を担っている人達が集まって互いの作業や物資、人員の振り分けなどを調整する場所だ。こう言うとなんだかお固い場所に聞こえるが、要は役職持ちの人達が集まって井戸端会議をする場所である。
「お邪魔しまーす。と、ピルナはこっちにいたか」
寄り合い所に入ると、この後方拠点のまとめ役をしている羊獣人の男性と話をする青ハーピィのピルナの姿があった。茶褐色の大鳥種ハーピィのエイジャはとても寡黙な性質だからあまり話し合いに向かない。だからリーダーのピルナと一緒に行動しているんだろう。
「旦那様もこちらにいらっしゃいましたか。大食堂には?」
「ああ、寄ってきた」
「そうでしたか。こちらでは周辺の地図の写しをもらえることになりましたよ」
「そいつはいい。周辺の地形がわかるだけでも探索がかなり捗るな」
地図も何もなしにどこにあるのか目星もついていないものを当てどなく探し続けるのは一種の苦行だ。地図があるだけでもとてもありがたい。
「発掘品として本とかは出てきてないのか?」
「出てきていません……と言いますか、この拠点の地下遺跡以外は遺跡の発掘は進んでいないのです。いくらギズマに有効なクロスボウがあるとは言え、遺跡の発掘となると何日も、何週間も腰を据えて土を掘らなければならないので……」
そう言ってもこもことした白い髪の毛を持つ羊獣人の男性が申し訳無さそうな顔をする。
「なるほど。そこまでの余裕はまだないよな。残ってる人員も職人や研究者、農作業をする人がメインだし」
「はい、そういうことでして……一応元冒険者の住人が周辺の地図を作ったり、各種資材の採掘を行ったり、採掘者の護衛を行ったりという感じで採取や採掘はしていますが、遺跡の発掘までは手が回らず……」
「いやいや、そんなに申し訳なく思う必要はないさ。大食堂や街を歩く人達を見てきたけど、皆穏やかで幸せそうな顔をしていたと思う。今までの方針に間違いはないと思うよ」
「そうですか……過分なお言葉を頂き、ありがとうございます」
羊獣人の男性が瞳を潤ませて涙を拭う。涙もろい人だな!
「ええっと……そうだ、今日、明日と二日こちらに滞在してから探索に行きたいと思っているんだ。空き家を二件ほど手配してくれないか?」
「お任せください。コースケ様の宿泊施設に関しては、こちらの拠点を作った際に使っていただいていたものがそのまま残っております。掃除もちゃんとしてありますので、そのままお使いいただけますよ」
「それなら一件で良いかな。俺の方にアイラとグランデとハーピィ達、借家の方にシュメル達とザミル女史って割り振りでいいかな?」
「問題ないかと」
「それで良いと思います」
「……」
ザミル女史とピルナがそれぞれ同意してくれた。エイジャもコクコクと頷いてくれているので、それで良いらしい。
「それじゃあそういうことで。寝具の手配とかも頼めるか?」
「お任せください。もうじき昼食の時間になりますが、コースケ様達はどうされますか?」
「どうする? 折角だから大食堂で食っていくか?」
「そうですね、どんな食事なのか興味があります」
「市井の生活を見るのも重要かと」
ピルナは好奇心から、ザミル女史はまるで王族か何かにアドバイスでもするように大食堂で昼食を取ることを支持した。
「俺も市井の一般人のつもりなんだが」
「ははは、ご冗談を」
「コースケ殿は一般人ではありませんね」
「私も旦那様は一般人では無いと思いますよ」
羊獣人のまとめ役とザミル女史とピルナの三人から速攻で否定された。何故だ。
「ああ、それとアーリヒブルグから物資や資材を預かってきてるんだ。食事が終わったら倉庫に収めたいんだが。それと、遺跡の場所の見当をつけたいから、できる限り情報を集めておいてくれるか?」
「わかりました。物資倉庫の担当者に連絡をしておきます。遺跡の情報についても外回りの担当者に情報提供をするように伝えておきますので」
「頼む。それじゃあ俺達は大食堂に行くとするよ」
「はい。地図は明日までに用意しておきますので」
「重ねて感謝する。それじゃあ」
羊獣人のまとめ役と別れて寄り合い所を出る。空を見上げて確認すると、太陽の位置が真上に近い。そろそろ正午かな?
「ピルナ、悪いけど着陸地点にいるアイラ達に大食堂に来るように伝えてきてくれないか?」
「はいっ、わかりました! 行ってきますね」
頼られたのが嬉しかったのか、ピルナが笑顔を見せて飛び立っていく。エイジャは飛び立つピルナと俺の顔を見てどうしようか迷っているようだ。
「エイジャは俺と一緒に大食堂に行こうな」
「……」
エイジャがコクリと頷いて嬉しそうに微笑む。ううむ、しかし本当に寡黙だな、この子は。
なんだか上機嫌なエイジャといつも通りむっつりとした表情(正直リザードウーマンであるザミル女史の表情は俺には判別ができない)のザミル女史を連れて大食堂に戻ると、入口の近くでイーグレットとカプリが待っていた。
「おかえりなさいませ。寄り合い所でのお話は終わりましたの?」
「ああ、地図の写しを貰えることになったよ。明日には貰えることになっているから、二人の聞いた情報と照らし合わせて目的地を決めよう。今、ピルナに残りの五人を呼びに行ってもらったから、今のうちに聞いて貰った情報をメモしておこうか」
「それがええねぇ。時間が経つと忘れてしまうかもしれませんし」
大食堂の入口近く、人の流れの邪魔にならない場所に椅子代わりの丸太や木箱を置いてイーグレットとカプリから遺跡がありそうな場所の情報を聞いていく。
「なるほど、北東の荒野のど真ん中に何らかの史跡らしきもの、東の丘の麓に石材と思われる不自然な形の岩が多数、それと西に湖の跡と思われる乾ききった大きな窪地と、その周辺に何らかの史跡と思われる建造物らしきものの残骸ね」
「どこを探したらええんでしょうねぇ?」
カプリが首を傾げる。他の面々もどこから探したら良いものか思案しているようだ。
「図書館や教会跡を発掘できれば良いんだけどなぁ。当時の地図でもあれば助かるんだが」
「図書館ということであれば、湖の近くということは無いのではないでしょうか。本や巻物の保管に湿気は禁物です。湖の近くですと霧も出るでしょうし、水害などに遭ったら大変です」
ザミル女史が説得力の高い意見を披露してくれる。うん、たしかにそう言われるとそうかもしれない。
「良い考察だと思う。それじゃあ北東か東の情報を先に当たるか。他にも情報が集まるかもしれないから、最終決定は明日の夜ということにしよう」
「そうですね」
ザミル女史が満足げに頷く。ザミル女史は冷静というか、理知的だな。砦の攻略戦の時に槍を持って嬉々として白兵戦に飛び込んでいったイメージが強かったからどちらかというと脳筋寄りな人かと思っていたけど、そういうわけではないようだ。
「みなさんを連れてきましたよー」
そうして話し合っているうちにアイラ達を連れたピルナが戻ってきた。シュメルは……うん、いつも通りってわけじゃ無さそうだけど多少復活したようだ。
それじゃあ大食堂の昼食ってのを食べてみるとしようかね。