第014話~ご主人様は可愛い~
「いただきます」
「うむ」
手を合わせてシルフィの作ってくれた食事に手を付ける。今日のメニューは……なんだろう。細かく刻んだ色んな野菜をやはり細かく刻んだ肉と一緒によく炒めて、豆を加えて蜜酒とスパイスで煮込んだものだな。なんとなくインド料理っぽいか?
これをおかずにして例の穀物粉を練って焼いたパンを食べるらしい。パンも俺が焼いたものよりもふわっとしているな。きちんと二次発酵させた生地なのかもしれない。それにしては時間がかかっていなさすぎる気もするけど。
「どうだ?」
「すごく美味い。スパイスがピリッと効いてるのも良いな」
「そうか」
あー、ご主人様! いけません。いけませんご主人様あーっ! そんな嬉しそうな顔で微笑まれたら死んでしまいます! あー! いけません! いけませんご主人様!
「何を悶えているんだ、お前は」
「シルフィが可愛くて生きるのが辛い」
「お前は何を言っているんだ」
ちょっと赤くなった顔で怒られた。率直に言って逆効果である。落ち着け俺、ステイ俺。この後は真面目な話もするんだからクールダウンしろ。そう、悟りを開いたブッダのように心安らかにするのだ。さしあたっては料理に集中するべきだろう。
「コースケの世界にもこのような料理はあったのか?」
「そうだなぁ、全く同じではないけど似たようなものはあったんじゃないかな。俺の住んでいたところとは結構離れた土地でよく食べられてた料理に似てると思う」
「ふむ、故郷の味とは違うというわけか」
「そうだな、故郷の味とはだいぶ違う。でも、美味しいよ」
元の世界に戻れるのかどうかはわからないが、この世界に骨を埋めるとしたらきっとこの味が俺の故郷の味ってことになるんだろうな。今度、シルフィに作り方を教えてもらおう。
「では、次はコースケの故郷の味を教えて欲しいものだな」
「そうだな。なんとか再現できるように頑張るよ」
和食を作るとなるとやっぱり味噌と醤油がネックだけどな……出汁を取るための昆布とか鰹節もか。クラフトでそのうち作れるようにならないかな? うん、そっち方面も目標の一つにしよう。
お互いの世界の料理や調味料の話をしながら食事を進め、食事が終わったら二人で籐製の長椅子に座ってまったりタイムである。今日はまったりタイムというよりは真面目なお話タイムになりそうだが。
「それで、何から話そうか」
「そうだな、まずは防壁とギズマ対策についてだろうな」
ラフな格好に着替えたシルフィが蜜酒の入った陶器の器を俺に手渡してくる。そして、彼女も同じ器を持ってこちらに差し出してきた。
「こっちでも乾杯ってするんだな」
「酒があり、人がいるならばどこでも作法は同じようなものになるのかもしれんな」
静かに器をぶつけ合い、蜜酒を呷る。うん、甘い。飲みすぎないように気をつけよう。
「で、防壁か。さっき見せたレンガか石垣の壁でいいならなんとかなると思うぞ。資材の調達を難民達に手伝ってもらえば割とすぐだろうな」
「後々の維持を考えるとレンガが良いだろうな。あの石を積んだ壁は一見簡単そうに見えるが、よく見ると石同士が噛み合って随分と強固になっているようだった。あれを習得するのは時間がかかりそうだ」
レンガの積み方を知っている者ならエルフの中にもメリナード国民の中にもいるしな、と続けてシルフィが蜜酒を呷る。そういえば、今日は瓶から直接ラッパ飲みはしないんだな。
「それじゃ必要なのは大量の粘土と燃料だな。俺が採掘してもいいし、難民達も動かせるならそうしてくれれば捗ると思うぞ」
「わかった。次はギズマ対策だ」
「それに関しては防壁を作ってクロスボウを量産すればなんとでもなりそうな気がするな」
「確かに、ギズマの甲殻を打ち破れるあの弓は強力だな。数は揃えられるのか?」
「標準品ならネックになるのは動物の骨だな。それ以外の材料は木を伐採して鉄鉱石を採ればなんとでもなる」
木を伐採すれば鉄と動物の骨以外は集まるしな。鏃に使う鉄の量はそこまで多くはないし、下手すると今日採掘した分だけでも足りるかもしれん。
「難民は全部で何人居るんだ?」
「私の把握している最新の数字は三百十二人だな。そのうち、働けそうな者は八割を少し超えるくらいで、後は老人と子供、負傷者だ」
「子供でも矢玉を運ぶくらいはできるだろうな。クロスボウは予備も含めて三百も作れば十分か」
残りの素材クロスボウの必要素材数をおおよそで暗算する。ええと、木一本から取れる丸太が一本、しなる枝六本、枝十八本、繊維百単位が採れるとして、丸太一本から木材が二十四採れて、一応木材からしなる枝四本を作れて……俺の計算能力だと暗算は難しいな! でも大体五十本も木を切ればクロスボウ三百丁分は賄えそうだ。鋼鉄の斧だと三十分で木を三十本は伐採できるだろうから一時間足らずで集まるな。
「うん、動物の骨がやっぱりネックだ。最低でもリザーフと同等以上の大きさの動物の骨が要るな。弓部分の強化に使うんだ」
「ふむ、動物の骨か……ギズマの甲殻で代用できないか?」
「……なんですと?」
シルフィの発言に思わず聞き返す。その発想は無かったわ。
「似たようなものだろう?」
「そう……か? そういえばあのギズマは勝手に使って良いのか?」
「私とコースケの二人で仕留めたのだから、我々がどう使っても良いだろう?」
「でもほら、価値があるとか」
「ああ、そうだな。だが、コースケが岩から取り出した宝石の原石があっただろう? あれは甲殻よりもよほど価値があるさ」
そう言っていつものニヤニヤ笑いをするシルフィ。うん、なにか悪いことを考えている顔だこれは。
「なるほど? んじゃこっちで解体して使うぞ」
「問題ない」
とりあえず、使って良いらしいのでインベントリに入っているギズマの足や胴体を解体していく。そうすると大量のギズマの甲殻と強靭な腱、虫肉、ギズマの毒腺などが手に入った。クラフトメニューで調べてみたが、ギズマの甲殻は動物の骨と互換性があるようである。
「いけそうだ」
強靭な腱も改良型クロスボウに使う強靭な弦と互換性があるらしい。俺の中でギズマの評価が一気に上がった。やつはなかなか得難い資源の宝庫だな。
「そういえば気になっていたんだが、この里ではどういう風に経済が成り立っているんだ?」
「この里ではそういうのはあまり発展していないんだ。食料は基本的に必要なだけ配給を受けられるからな。ただ、嗜好品や宝飾品、その他武器や防具などといったものは物々交換だ。肉もこの里では嗜好品ということになるな」
「なるほど。ギズマは頑丈な甲殻が色々なものの材料になるわけか」
「そうだ。甲殻は加工して防具や武器、装飾品に様々な生活雑貨にと多用途に使われる。肉も嗜好品になるし、毒腺は貴重な薬の原料になる。触角や足の腱も弓や楽器の弦になるし、割と捨てるところのない魔物だ。危険だからわざわざ狩りにいくことはあまり無いがな」
「なるほど……ところで、ギズマを解体したら虫肉ってのが滅茶苦茶沢山手に入ったんだが」
「そこそこ美味いぞ」
「俺の故郷には昆虫食文化があまり浸透してなかったんだよなぁ」
蜂の子とかイナゴの佃煮とかは一部地域で食べられてたみたいだけど、俺は食ったことがない。でも、考えようによってはカニとかエビとかシャコも虫みたいなもんか……?
「どんな食感なんだ?」
「部位によるが、基本的にはプリッとしていて淡白な味だな。塩茹でにするか、油でガリケやペパルと一緒に塩味で炒めるのが良い」
ガリケはにんにく、ペパルはトウガラシのような香辛料のことである。やっぱりカニとかエビ系の食材っぽいな。食わず嫌いせずに挑戦してみるか。
「ただ、あまり日持ちしないからな。暫くはお前のインベントリとやらに入れておけ」
「わかった」
明日辺り食ってみよう。
「それで、色々と聞きたいことが他にもあるんだが……」
「私の出自のこととか、か?」
「ひゃおぅ!?」
突然しなだれかかってきて耳元で囁くのはやめたまえ、びっくりするから。
「本当に聞きたいか? 後悔するかもしれないぞ?」
「大好きなご主人様のことなら何でも知りたいかなー、って」
思わず目が泳ぐ。なんというか色々柔らかいし、蜜酒の臭いなのかなんなのか甘い匂いがしてくるし、こうやって色っぽく迫られた経験はあまりないのでどうしたら良いかわからなくなる。
「なかなか殊勝なことを言うじゃないか……だが、話すつもりはないぞ。どうしてもというなら口を割らせるんだな」
クスクスと笑いながらシルフィが首元に吸い付いてくる。なるほど、そういうことね? 良いじゃないか、そういうことならこの康介、誠心誠意お相手仕る。
☆★☆
「察しているかも知れないが、私はメリナード王家に連なるもの――いや、はっきりと言おう。メリナード王家直系の娘だ」
何戦かの後、シルフィは唐突にポツリとそう言った。俺の熱烈なサービスで口を割ってくれる気になったらしい。
「シルフィはお姫様だったわけだな。そのお姫様が何で一人で黒き森に?」
「王家の伝統だな。メリナード王家の王子や姫は生まれて十年経ったら、黒き森で森のエルフとしての教育を十年受けるという事になっていた」
「なるほど」
人質、というわけでは無さそうだな。黒き森のエルフとメリナード王国は交易も行なっていたと言っていたし。森から出てもエルフとしての心構えを忘れるなとかそういう感じの仕来りだろうか。
「その頃は私の肌も白かったんだぞ? 胸もぺったんこに近かったし、もっと華奢だったんだ。今の私しか知らないお前には信じられないだろうがな」
「そうなのか。確かに俺は今のシルフィしか知らないが、この褐色の肌も大きなおっぱいも大好きだぞ」
「んっ……こら、今は真面目な話をしているんだから我慢しろ」
手の甲を抓られた。痛い。
「全く関係ない話で申し訳ないんだが、エルフってどれくらい生きるものなんだ?」
「人によってかなり差があるが、大凡五百年くらいと言われているな。この里の長老衆の最年長は七百を超えているそうだが」
「へぇ、やっぱ長生きなんだな」
メリナード王国が聖王国の属国になったのは二十年ほど前だとシルフィは言っていた。その頃にはもうシルフィは黒き森に居たということだから、十歳から二十歳の間だったというわけだ。ということは、今のシルフィは単純に考えると三十歳から四十歳の間だと思う。そしてエルフの寿命は凡そ五百年、長生きだと七百年となると、人間の寿命の約十倍の寿命を持っていると考えて良いのだろうと思う。
ということは、シルフィは人間の年齢に換算すると三歳から四歳相当……? あれ、なんだか急に自分が犯罪者か何かに思えてきたぞ?
「なんだ、急に黙り込んで」
「いや、エルフの寿命とシルフィの年齢とを人間の寿命に当てはめるとな?」
俺の言葉にシルフィはきょとんとした表情を見せ、いきなり笑いだした。
「あはははは! そうだな、単純に計算すると私は人間で言えば四歳にも満たぬ幼子だな! だが、エルフの身体と心は大体二十年で成熟する。それからは肉体的な成長がごく緩やかになり、五百歳くらいまでは殆ど変わらない。人間風に言うと、若い期間が長いんだ。だからコースケの心配は的外れというものだよ」
「そうか、なら良かった」
三歳とか四歳とか色々と洒落にならないからな。ロリを通り越してペドの領域だ。俺にはそういう趣味はない。
「エルフとしては若輩だというのは間違いないがな――それともぉ、こーすけおにいちゃんはしるふぃがおさないほうがよかった?」
「ぶふっ」
突然舌っ足らずで幼気な話し方をし始めるシルフィに思わず噴く。こんなにエロい身体をした四歳児が居てたまるか。
「そういうふざけ方をするのは意外だな」
「さっきも言っただろう? 私はエルフとしては若輩者も良いところなのだ。普通、私くらいの年齢のエルフはまだまだ遊びたいざかりでな。山野で花や野苺を摘んだり、親の仕事を手伝いながら遊んだりしている時分なのだぞ」
「そうなのか」
「そうなのさ。だが、私は国と家族と聖王国に奪われた。奪われたからには取り返さなければならないし、黒き森に逃れてきた民達も守らなければならない。子供のままではいられないんだ。残念ながらな」
「それで、俺を利用しようと考えたわけか。異世界からの稀人である俺を」
俺の一言にシルフィの表情が凍りつく。
「黒き森のエルフ達の窮地に現れて、それを救う稀人。その力を使えばメリナード王国も取り戻せるかもしれない。そう考えてシルフィは俺が稀人である可能性が高いことを長老衆に報告せず、万が一にも取り上げられないようにするために自分の貞操を俺に捧げたわけだ」
俺の追求にシルフィが表情を悲しげに曇らせ、しかし観念したように頷いた。
「そうだ」
「そうか、まぁ気にしてないけどな。納得はできたよ」
気にしても仕方がないというか、俺としては何の被害も被ってない話だ。寧ろ大変だったのはシルフィの方だろう。俺より年上だとは言え、本来であればまだ子供扱いされる年齢で色々なものを背負い込むことになっていたわけだからな。
「俺に関しては負い目を感じることなんて無いぞ。シルフィに拾われなければ今頃死んでた可能性の方が高いし、シルフィみたいな美人さんとこういう関係になれたわけだし?」
わけがわからないという表情をしているシルフィの鼻先に軽くキスをして頭を撫でてやる。
「精々ご主人様に見捨てられないように頑張るさ。この世界に迷い込んで、帰る方法もわからない。今のところはそんなに帰りたいとも思ってないけど……とにかく、行く宛の無い俺を拾って、命も救って貰った以上は少なくともその恩を返すまでは一緒にいるよ。少なくとも、シルフィが望む限りは」
それに、男ならワクワクするだろ? 亡国のお姫様が祖国を取り戻す戦いをしようっていうんだ。その戦いに加担して、お姫様の祖国を取り戻す立役者になる。夢がある話じゃないか。
ましてや今の俺には戦闘向きではないとはいえ、常軌を逸するような力があるんだ。日本では何者でもない、ただの一般人でしかなかった俺が、もしかしたら英雄になれるかもしれない。英雄願望なんて誰しもが持っているものだろう? 俺だって持ってる。男の子はいつだってヒーローになりたいもんさ。
「いいのか?」
「いいよ。シルフィにとってはちょっと頼りないかもしれないが、頼ってくれ」
「そんなことない……嬉しい」
シルフィが苦しいくらいに強く俺に抱きつき、俺の胸に顔を埋めてしくしくと泣き始めた。
ほあぁぁぁぁぁぁぁっ!!! なんだこの可愛い生き物ォ! 死ぬ! 尊死する!
あまりの可愛らしさに身悶えする俺をよそにシルフィは暫く俺の胸で泣き続け、最終的に泣き疲れたのかそのまま眠ってしまった。
俺は、というと普段はいっそ雄々しいとすら言えるシルフィのそんな態度に悶え、しかし押し付けられる肉感的な感触に煩悩が湧き上がり、その一方で胸の奥から湧き上がってくる保護欲とか父性的なサムシングが劣情に身を任せることを良しとせず……といった感じであまり眠れない夜を過ごすのだった。
尊死しろ_(:3」∠)_(書きながらした




