第145話~ザミル女史とティータイム~
用事があるというダナンとレオナール卿の二人と別れた俺は領主館の外に出た。たまに一人でブラブラと歩くのも良いだろう。昨晩はなかなかに激しかったしな……というか皆はどこに行ったんだろうか? 目覚めたら誰もいないとかなかなか新鮮な出来事だ。
「あの、ザミル女史?」
「はい」
「何故ついてくるんです?」
「目を離してまた拐われるようなことでもあったら私はもう生きてはおれませぬので」
感情の読めない爬虫類の瞳がジッと俺を見つめてくる。彼女の手にはギラリとまばゆく陽の光を反射する刀身の長大な十文字槍・流星が握られており、周りの人々の注目を集めていた。
「あの槍、ザミル将軍だよな?」
「どうしたんだろう?」
「あのミスリルの輝き……名のある鍛冶師の作に違いない」
すみません、それ工場生産品みたいなもんなんですよ……ではなく、いつの間にかザミル女史は将軍と呼ばれるようになっていたのか。まぁ、レオナール卿と共に南部平定の実行部隊を指揮していたんだからそう呼ばれるのも当然なのかね。
「ええと、その生きてはおれませぬというのは……?」
「この流星を賜った時に私は貴方を姫殿下と同様にお守りすると誓ったのです。だというのにあのキュービめに出し抜かれて貴方をみすみす拐わせてしまうという体たらく……もし二度目があったとすればのうのうと生きておるわけにもいきませぬので」
「いや、間違っても自害とかしないでくれよ。戻ってきた時に責任を取って自害したとか言われたら俺泣くぞ」
「……そうですか」
「そうですよ。身体だけじゃく心も守ってくださいよ、頼みますから」
「心も……」
ザミル女史がハッと目を見開く。ふふ、俺いいこと言っただろ?
「つまり私もコースケ殿のハーレムに……? ちょっと種族的に無理が……卵生ですし」
「違うから、そういうことじゃないから。過度な自己犠牲や使命感で命を落とすなって意味だから」
「なるほど」
実はザミル女史は戦闘方面以外ではポンコツなのでは……? そんな不安が俺の脳裏に過ったが俺は首を振ってその考えを排除した。どちらかと言えば俺の所業に問題がある気がしたからだ。
それはそうだよな、シルフィにアイラにハーピィさん達にメルティ、それにグランデと、ここにはいないけどエレンまで……うん、頭の中ピンク色の種馬野郎と思われても反論できねぇわ。ザミル女史無罪。
「ところでどちらに行かれるので?」
「特に目的はないというか、どうしたら良いのか相談したいけど相談相手が全員出払ってるから探すためにウロウロしている」
「相談?」
「ああ、状況を動かすために何かしたいと思うんだが、勝手に動くのはマズいだろう? だからシルフィとかメルティとかアイラに相談しようと思ってな。ダナンとレオナール卿はなんか忙しそうだったし」
「なるほど。私がお聞きいたしましょうか? もしかしたら私でも相談に乗れるかもしれません」
ザミル女史は南部平定で大活躍したらしいし、相談相手としては申し分ないか。
「じゃあお願いしようかな。でもその槍を持ったままじゃどこか適当な店で相談ってわけにも……ああ、あそこなら良さそうだ」
オープンカフェっぽいものを発見したので、そちらに移動する。ザミル女史の流星は近くの壁に立てかけておけば良いだろう。
「領主館に戻れば良いのでは?」
「折角ここまで来たんだからこういうお店を利用するのも良いだろ。メニューにも興味があるし」
「そういうものですか」
「そういうものです。ザミル女史は飲み物はどうする?」
「酒でなければなんでも」
「じゃあアイスティーでいいかな。注文お願いしまーす」
注文を取りに来たネコミミ獣人のウェイトレスさんにアイスレモンティーを二つとお茶菓子を頼んでおく。程なくしてネコミミウェイトレスさんの手によって不透明なガラス製のグラスに注がれたアイスレモンティーが運ばれてきた。お茶菓子は少し遅れてくるようだ。
一口アイスレモンティーを飲み、口の中を湿らせてから話を切り出す。
「さっきダナンとレオナール卿からある程度現状を聞いてな。膠着状態じゃないか、現状」
「そうですね。あまり状況としてはよろしくないです」
「だから、状況を動かすために俺に何かができやしないかと思ってな。具体的にはエレン――真実の聖女の助けになるような行動を起こせないかと」
「聖女の……? それはどういう?」
「俺達の思うように事を動かすという意味であれば、聖女と彼女が所属する懐古派が聖王国で力を得るのが一番都合が良いだろう? 結局のところ、聖王国がメリナード王国に刃を向けたのはアドル教の教義に拠るところが大きいだろう」
「それはそうですね。奴らは教義として人間至上主義を掲げていますから」
「エレンの所属する懐古派はそれに疑問を投げかけている。どうにも過去にアドル教の教義が大幅に改竄された形跡があるってな。それが事実なら人間至上主義を掲げる現在の主流派に打撃を与えられる可能性が高い」
「ええ、そう聞いています。ですが、それが事実だとして、すぐさま聖王国が人間至上主義を改めてメリナード王国の領土を返還するでしょうか? 私はとてもそうは思えません」
ザミル女史は目を瞑り首を横に降った。
「私が生まれた時には既に聖王国は人間至上主義を掲げていました。彼らは生まれたその時から亜人は人間に奉仕するべき存在であり、人間は彼らの上に立ち、使役するのが当然の優良種であると教えられて育ってきています。人の考えというものはそう簡単に変わるものではありません」
「じゃあ、エレンのやろうとしていることは無意味だと?」
「いいえ、そのようなことはないでしょう。我々としても敵対勢力の中に我々に融和的な勢力がいるというのは良いことですし、その勢力が勢いを増すというのは我々にとっての利益となります。ただ、アドル教の内部で主流派と懐古派との間のパワーバランスが崩れるようなことになれば……」
「なれば?」
「恐らく、我々との融和云々の前に内部抗争が起こるのではないかと。その時、聖女の属する勢力は主流派に対抗できるのでしょうか?」
ザミル女史が首を傾げる。ふむ?
「なりふり構わずに物理的に排除するというのは考えづらいんじゃないか? 派閥が違うと言っても同じ国の国民同士だし、同じアドル教の信者だろう?」
「そうであれば良いのですが……今の聖王国の聖王も、アドル教の教皇もどちらも主流派です。場合によっては懐古派が激しい弾圧に曝される可能性もあります。もしかしたら、懐古派はそれを見越して我々解放軍に近づいているのかもしれません」
「内部抗争の際の戦力として俺達を利用しようとしていると?」
「その可能性は否めません。そうなった場合、我々にも彼らを助けるメリットが存在しないわけではないので」
「メリットなんてあるのか? いや、そうなった場合俺は是非ともエレン達を助けたいと思うけど」
基本的に他国の、それも宗教勢力の内部抗争に首を突っ込むなんて泥沼の戦争に自ら飛び込むような愚行に思えるんだが。
「彼らを取り込むことができれば我々はアドル教と、つまり聖王国と正式なルートでやり取りをすることのできる窓口を手に入れる事になりますから。また、聖王国とアドル教の人間至上主義に脅威を感じている周辺諸国としても、亜人に融和的な思想を持つアドル教の一派というのは支援するに足る存在と言えるでしょう。過去の資料によって彼らの正当性がある程度証明できそうならば尚更です。我々はそんな他国との交渉に使える人材を一気に獲得することになります。人間の聖職者というものは社会的な信用が高いですから」
「なるほど、そういう考えもあるのか」
つまり俺達解放軍としてもエレン達と仲良くするメリットがそれなりにあるというわけだ。やっぱり何かできることがあればやってみるべきだな。
「やっぱりそうなるとオミット王国の遺跡からアドル教の古い経典を見つけるのが一番か」
「そうなるでしょう。幸い、オミット大荒野は我々の勢力圏です。いずれ成果は挙がってくると思いますが」
「地面を掘ったりするなら俺の能力が役に立つよな」
「……そうですが、コースケ殿は我らが解放軍の補給線の要です。あまり危険なことはしていただきたくないのですが」
「だからってアーリヒブルグ毎日のんべんだらりとしているわけにもいかんだろう。今はグランデもいるわけだし、彼女に頼めば移動に関してはなんとでも……」
移動、移動か。そうだ、移動と言えば馬車なんかに代わる移動手段の開発もそういややろうと思ってたんだよな。うーん、全体の効率を考えると移動手段の開発を先に進めたほうが良いだろうか?
グランデをあまり便利に使いすぎるのも良くないしな。彼女は解放軍に所属しているわけじゃない。あくまで俺への個人的な好意で協力してくれているだけなわけだし。
「焦りすぎるのは良くないな。こういう時こそ冷静に、ロジカルに考えて効率的に動かないと」
「そうですね。何事も焦りは禁物です」
「ありがとう、ザミル女史。有意義な話だった」
「いいえ、お役に立てて光栄です」
ザミル女史から聞いた話も踏まえて、今夜にでもシルフィやメルティ、アイラも交えてじっくり相談させてもらうとしよう。
その後は運ばれてきたお茶菓子を食べながらザミル女史と普通に雑談をして時間を過ごした。黒き森で見てきたものや、最近作った付与作業台の話なんかをしたりして。
「私の流星を更に強くできると……?」
付与作業台の話をしたのは迂闊だったかもしれない……! 眼光鋭く詰め寄ってくるザミル女史を宥めるのに大層苦労したことをここに記しておく。




