第143話~アーリヒブルグへの帰還~
一週間ぶりに帰ってきたアーリヒブルグは物々しい雰囲気――ということもなく、いたって平常通りであった。寧ろ出入りする商人や農民、冒険者などの数が増えて活発になっている感すらある。
「特に問題は起きていないように見えるな」
「そうだな。皆が上手く回してくれているってことだろうな」
アーリヒブルグの城壁内へと入る門――その門を潜るための列に並びながら俺達は同じ列に並ぶ人々を観察していた。どの人も概ね目には生気が満ちているように見える。彼らを見る限り、今の所解放軍の施策は下手を打っていないらしい。
並んでいる人々の比率としては人間が六割、亜人が四割といったところだろうか。人間の殆どは商人で、農民は少数。対して亜人は農民が三割から四割、商人や職人は残りは武器を携えた解放軍の兵士――いや、冒険者の類といったところか。もしかしたら解放軍の兵士として参加しに来た人々かも知れない。
「活気があるのう」
「今のアーリヒブルグは解放軍最大の活動拠点で最前線でもあるからな」
アーリヒブルグは各地へと道が伸びる交通の要衝でもある。メリナード王国を南北に分ける関門でもある。周囲は峻険な山地や深い森に囲まれていて、ここを通らずに南部に行くのは非常に難しいからな。
実際、俺とメルティはその峻険な山地を突っ切った結果山程のワイバーンに襲われ、グランドドラゴンに遭遇したわけだからね。普通の軍隊だと多分抜けるだけで落伍者が続出する。
「こーすけー、妾は小腹が空いたぞ」
「はいはい……」
そのグランドドラゴンは今、俺の服の裾を引っ張りながらおやつをねだっているわけだが。どうしてこうなったのか……ペット枠だった筈が何故こんなことに? 全ては神の思し召しか。
腕に銀色に輝く腕輪を嵌めたグランデにインベントリから取り出したブロッククッキーを一つ渡しておく。元は難民用の非常食だが、食味も良くおやつにも適しているのだ。
「ふむ、あまり固くないのだな。噛むとほろほろと崩れて甘い」
「ガッチガチに固いと食うのも一苦労だろ」
「でも喉が渇くぞ」
「ほれ」
蓋を開けたペットボトルの水も渡しておく。これでしばらくは大人しくしているだろう。
そうやって列が進むのに任せている間に二人組の解放軍の兵士がやってきた。列に並んでいる者がトラブルを起こしたりしていないか巡回している人員だろう。
彼らは人々の様子を眺めながら列の前から後ろへと巡回して行き、俺達のこともしっかりと確認してから更に後ろへと移動――しようとして立ち止まり、目を剥いた。見事な二度見である。
「あの……もしやシルフィエル様とコースケ様では……?」
見覚えのない亜人の兵士だった。狼か犬系の獣人とリザードマンのペアである。
「いかにも、シルフィエルだ」
「コースケだ」
「ドラゴンに乗って帰ってこられるのでは……?」
「ああ、運んでもらってきたぞ」
「うむ、妾が運んできたぞ」
シルフィと謎の亜人――グランデの言葉に兵士が目を白黒させる。
「これは……? どういう……? いや、それよりも並ぶ必要はありません!」
「そうか……? そうだな」
「そうだな」
ここで他の者が並んでいるのにそれはできない、と言い張っても仕方がない。視察という目的も果たしたわけだし、大人しく兵に先導してもらうのが良いだろう。
「並ばんで良いのか?」
「俺もシルフィも一応解放軍のトップとナンバーツーだから。特例だな」
「良いのか? そういうのは」
「さぁ? 度が過ぎなければ良いんじゃないか」
「ふぅむ……」
グランデは首をひねりながらもそれ以上追求することはやめたらしい。俺も何故? と言われると返答に困るけどな。
リーダーや指揮官、貴族などの支配者層がいちいち門で止められていたら迅速な判断や連絡に支障があるから、くらいだろうか?
門からアーリヒブルグ内に入ろうと並んでいる人々から注目されながら門を素通りし、解放軍の本部となっている領主館へと向かう。案内は特に要らないと言ったので俺達三人でだ。
「おー、栄えておるのう。人族の都とはこのようなものだったのか」
「遠目から見たことしか無いんだよな」
「うむ。近づくと人族達が可哀想じゃからな。妾も痛い目に遭うのは嫌じゃし」
「直ぐ側にいたころには見なかったのか?」
「中を覗くと怖がられるじゃろ? 妾は良いドラゴンじゃからそういうことはせんかったのじゃ」
「ははは、グランデは良い子だなぁ」
「そうじゃろうそうじゃろう。もっと褒めるが良いぞ」
ちょうど良い位置にあるグランデの頭をなでなでしておく。すると、シルフィが肩をトン、とぶつけてきた。なんだろうと視線を向けると、心なしか頬が膨らんでいる。焼き餅を妬いているのか、これは。
「シルフィもよしよしするか?」
「……いや、いい」
自分がグランデと同じように往来で頭を撫でられる様を想像して流石に恥ずかしいと思ったのか、シルフィは顔を逸らした。ミミが少し赤くなっている。
「コースケコースケ、妾達はどこに向かっておるのじゃ?」
「まっすぐ向こうに大きな建物が見えるだろ? あれが領主館だ。俺とシルフィ達のねぐらだな」
「ほう、コースケ達のねぐらか。楽しみじゃのう」
「グランデの部屋も用意するからな。部屋数だけは多いんだ」
「ほー」
こうしてグランデを案内しながら歩いていると顔見知りが声をかけてくることもある。
「やや、姫様お帰りですか?」
「ああ、後方からな。エルフとも話をまとめてきた」
「それはようございますね。エルフの品も入ってくるのですか?」
「ああ、いずれな」
「お、コースケじゃないか。しばらく見なかったね」
「ちょっとシルフィと一緒に後方にな。調子はどうだ?」
「悪くないね。肉の需要は上がってるから儲けは右肩上がりさ。冒険者なんだか狩人なんだかわかんない状態になってるけど。そっちの子は? 見ない種族だけど」
「グランデだ。見た目は小さいけどパワーはすごいぞ。取っ組み合いになると俺が十人いても敵わない」
「コースケの腕っぷしはからきしじゃないか」
時折こんな世間話をしながら領主館の前に辿りつくと、そこにはメルティとアイラ、それにダナンやザミル女史が待っていた。レオナール卿が居ないってことは南部平定で出撃してるのかな?
「おかえりなさい。視察はどうでしたか?」
「エルフとは良い話をできた。連絡網については確認できているだろう?」
「ええ、そちらは滞りなく。そちらの方は?」
メルティが俺の服の裾を掴んでいるグランデに視線を向ける。何を隠れているんだお前は。人見知りか。
「グランデだ」
「のじゃ」
「……ドラゴン?」
アイラが首を傾げる。ダナンとザミル女史は怪訝そうな視線を送ってきていた。そらそうだよな。皆はデカいドラゴンの姿しか見たこと無いわけだし。
「ドラゴンの秘術のようなサムシングであのデカいグランドドラゴンだったグランデはこのような姿になったのである。凄いだろ?」
「……」
メルティを含めた全員が『またか』みたいな顔をしている。
「いや、俺は何もしてないから。ドラゴンの秘術だからマジで。何もして……いやしたわ。ちょっと材料提供したわ。でもノーカン、ノーカンだ。何頭もの成体のグランドドラゴンに半ば脅迫的に要求されたからノーカン。俺は悪くねぇ」
俺は必死に身の潔白を主張する。全員の視線がシルフィに向かった。
「まぁ、うん。コースケの責任比は五割くらいだと思う」
「えぇ、五割……?」
微妙に納得がいかない。
「ま、まぁ経緯はどうあれ歓迎しますよ。ええ、歓迎しますとも。言葉も通じるようになったようですしね」
メルティがグランデに笑顔を向ける。グランデは俺の影に隠れた。微妙にプルプルと震えている。
「怖がられてる」
「あ、あれ……?」
「メルティは第一印象が最悪だったから……」
「あ、あれは色々と仕方なかったんですよ。もうあんなことしませんから、仲良くしましょう? ね?」
「がるる」
「威嚇されてる」
「むむむ……」
ぴしっ、ぴしっ、とグランデの尻尾が鋭く地面を叩いている。本当に警戒しているというか怖がっているらしい。時間が解決してくれるのを待つしか無さそうだな、これは。
「とにかく、状況について確認させてもらおう。コースケはどうする?」
「俺も聞いた方が良いなら聞くぞ。そうでもないならグランデを部屋に案内する」
「とりあえずは姫殿下だけで大丈夫ではないか?」
「私もそう思います」
ダナンとザミル女史は俺が居なくてもよいだろうとの判断のようだ。メルティは少し悩んだ後、頷いた。
「では姫殿下だけで」
「わかった。じゃあ俺はグランデを部屋に案内するよ」
「私も行く」
アイラが俺のそばにそっと寄り添ってくる。ついてきてくれるつもりらしい。
「じゃあそういうことで。ゆっくりしてるから話が終わったら来てくれよ」
「ああ、また後でな」
そう言ってシルフィは俺の頬をキスをしてからメルティ達と連れ立って二階の執務室へと移動していった。
「私はアイラ、改めて宜しく」
「グランデじゃ。よろしくの」
背の低いアイラとグランデが互いに挨拶しているのを見ているとほっこりとした気分になる。二人とも見た目は幼女……とまではいかないが完全に少女だものな。単眼魔女っ子と竜娘の組み合わせはななかなファンタジー感あふれると思う。
「いこ」
「おう」
グランデの手を引いて歩き始めるアイラの後を追い、俺もまた歩き始めた。既に時刻は夕方に差し掛かろうかという頃だ。本格的に動き始めるのは明日からだな。
そのうち許可が出たら上がってきたキャラデザを活動報告に上げていきたいと思います。
いやもうホント、キャラデザが上がってきた時の高揚感と言ったらもう! はやくみたい!_(:3」∠)_




