第141話~グランデとエルフの里~
「そ、その娘は一体……?」
「最初に私達をこの村に運んできてくれたグランドドラゴンがいただろう? あの娘だよ。グランデという」
「うむ、グランデじゃ。よしなに頼むぞ」
エルフの里に入るなり、門の警備にあたっていたエルフ兵に呼び止められた。そのエルフの兵がシルフィの説明とグランデの挨拶を受けて口をあんぐりとあけて呆然とする。
「ど、どらごん……?」
「いかにも、ドラゴンじゃ。ブレスの一つでも吐いて見せてやろうか?」
「え、その状態でも吐けるの?」
その発言には俺が驚いた。人族モードになったグランデはアイラと同じくらいの身長だ。そんな彼女がドラゴンのブレスを吐く姿は正直想像できない。
「うむ、この身体になってからまだ一度もやってないがの。やってみるのじゃ」
そう言うとグランデはエルフの里の門に背を向け、上空に視線を向けた。
「すぅぅぅぅぅ……のじゃああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
気の抜ける叫びと共に真っ白い極太のレーザーのような何かがグランデの口のあたりから轟、と吹き出した。周囲の気温が一気に上がり、頬が焼け付くようにピリピリとしてくる。
「ふぅ、吐けたのじゃ」
「今のはブレスなのか……?」
シルフィが冷や汗を垂らしながら呻くように言葉を漏らす。俺もブレスというよりはレーザー砲か何かに見えたよ。のじゃ砲? 山に大穴でも穿つのかな?
派手だったけど実際の威力がどの程度のものなのか非常に気になる。あれ、厚さ3mのレンガの城壁で防げるかな……? 無理そうだな……?
振り返ると、エルフ兵が顔を蒼白にして脂汗を流していた。うん、わかるよ。ドラゴンは危険な存在だけど、今のグランデはそれ以上にやべー奴に見えるよね。
「とにかく、そういうことだから」
「あ、ああ……危険はないんだな?」
「妾は理性的なドラゴンじゃぞ。みだりにエルフの里で暴れるようなことはせんわ」
「そうだな。グランデは理性的だな」
疑う余地はない。ちょっと食い意地は張っているが、グランデは極めて理性的かつ平和的な性格だ。臆病で痛がりだと言い換えても良い。
「そうじゃろうそうじゃろう」
グランデが満足そうな顔でうんうんと頷く。うーん、やっぱりグランデを戦場に出すのは駄目だな。こんな子を戦場になんか連れ出した日には俺が罪悪感で死にそうだ。少なくとも、そうする必要がないように立ち回っていきたいな。
「わ、わかった。気をつけてくれよ?」
「ああ、問題ない。二人とも、行くぞ」
「へーい」
「わかったのじゃ」
シルフィの後に続いてエルフの里に足を踏み入れる。向かう先はエルフの里の中心部に近い区画、職人街だ。
職人街ではいつも何かを叩く音や削る音、それに何かの機械がトントンカン、と動いている音などがしていて賑やかだ。作業の手を止めて休憩しているエルフなどもいて、彼らが昼間からおしゃべりや飲み会をしていることなどもある。
「やぁ、シルフィエル。森の奥はどうだった?」
「なかなか見どころが多かったぞ。虹を作る滝や、集会所よりも大きい妖精樹などがあった」
「そちらのお嬢さんは? 見慣れない種族のようだが」
「妾はグランドドラゴンのグランデじゃ! この二人をエルフの里に乗せてきたドラゴンじゃぞ」
「なんと、ドラゴンは人族のような姿になれるのか!?」
「そのような話は聞いたことがない」
「すまない、ちょっとスケッチさせてくれるかな?」
たちまち職人達が俺達の周りに集まってきて大騒ぎになる。俺? 俺はちょっと離れた場所に放置されている樽の影にしゃがんでステルス中だよ。職人に見つかると囲まれて宝石とかミスリルとかを強請られるからね!
「コースケ殿はどこだ?」
「どこかにいるはずだ」
「いたぞ! 囲め!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁー!」
シルフィとグランデがいるのに俺が居ないはずがない。俺はたちまち見つかって囲まれた。まぁ本気で隠れたわけじゃなくてじゃれあいみたいなものだな、この流れは。
「実は作ってもらいたいものがある」
「なんでも相談に乗ろう」
「精力剤か? よく効くのがあるぞ」
「女性に贈るならやはり宝石だろう」
「いやいや、金や銀の細工物が良い」
「綺麗な生地や服だろう」
「どれにも興味はあるけど、違うんだ。シルフィ」
「うむ、作ってもらいたいのは魔道具でな」
そう前置きしてシルフィは奴隷の首輪の仕組みを応用してグランデの無意識かつ過剰な身体強化を制限するような魔道具が作れはしないかとエルフの職人に相談した。
「ふーむ、なるほど」
「奴隷の首輪を応用か……いや、待てよ? 守りの腕輪が使えるのではないか?」
「おお、そうだな。あれも仕組み的には体内の魔力回路を拡張する形の品だ」
「しかし生半可な素材ではドラゴンの魔力には耐えられぬのではないか?」
「素材に関しては……」
エルフの職人達の視線が俺に集まる。ですよね。
「俺に用意できる素材なら何でも出すよ」
俺の言葉を聞いたエルフの職人達がニチャァ……と粘着質な笑みを浮かべた。こええよ。
☆★☆
結局そこそこの量のミスリルと宝石の原石、それに魔煌石の欠片を供出することになった。最初は魔晶石でどうにか対応しようとしたのだが、職人エルフが魔力量を調べる魔道具でグランデの魔力とその出力を計測したところ、魔晶石だとグランデの頭くらいのサイズのものか、一般的なサイズのものだと八〇個くらいないとグランデの魔力を受け止めきれないだろうということになったのだ。
何か別の素材で解決できないかと意見を募集したところ、魔煌石なら……という話が出たので供出した。物凄い騒ぎになった。これしか無いですと嘘を吐くしかなかった。それしかないから諦めて欲しい。諦めろって言ってんだろ!
「酷い目に遭った」
「亡者も真っ青の貪欲さであったな……」
シルフィの家に帰り着くなり俺とグランデは溜息を吐いた。グランデはグランデで村の珍事を記録する画家エルフにスケッチを要請されたり、錬金術や魔道具作りを修めているエルフに毛髪などを強請られたりしていたのだ。ドラゴンの鱗や皮膚、皮革などはそこそこ有名な素材だが、ドラゴンの髪の毛などというものは未知の素材だ。ドラゴンに髪の毛なんて生えてないのだから。
結局根負けしたグランデが一人に付き数本の髪の毛を渡したことでエルフ達は引き下がっていった。飛び跳ねて物凄く喜んでいたな。なんというかどこにでもマッドサイエンティスト的な奴はいるんだなぁと思った。
「多分、アーリヒブルグに戻ったらアイラ達に同じように迫られるぞ」
「妾は学んだのじゃ。興奮した獣でも腹を満たしてやればおとなしくなるのじゃ」
グランデは今日のことでとっとと諦めるということを学んだようである。その方がかえって自分の平穏につながることもあるということを。ははは、ひとつ賢くなったな。
俺の場合生み出すものがヤバいし、時間さえかければ無尽蔵だからどこかで線を引かないと危ないんだよな。特に魔煌石は使い方によっては精霊石よりもヤバい破壊兵器になるみたいだし、みだりに流出させる訳にはいかない。
ぶっちゃけていうと、単に聖王国を滅ぼすだけなら魔煌石を用いた爆弾を量産して聖王国の領土を焦土に変えるなんて手法も取れると思う。そんなことはしないけど。
「魔道具を発注できてよかったな」
「うん、良かった。けど守りの腕輪ってのはなんなんだ?」
最初は奴隷の首輪の仕組みを流用してリミッターをつけようという話だったのに、守りの腕輪の方が良いんじゃないかなんて話になっていた。守りの腕輪というのは聞いたことのない道具の名前だ。
「エルフの子供の中にはたまに生まれた時から強大な魔力を持ってしまっている子がいるんだ。そういう子はただ泣き叫ぶだけで周りのものを壊してしまったり、誰かを傷つけたりしてしまうことがある」
「お、おお……なかなか危険だなそれは」
「うむ、危険なのだ。そんな子供に使うのが守りの腕輪だ。過剰な魔力が自分自身や周りの人間を傷つけたりしないように、一定以上の魔力の放出があった場合にそれを強制的に吸い上げて溜め込む魔道具だな」
「溜め込んだ魔力はどうするんだ?」
「自然に放出される。ただ、今回作るものには何か特別な機能をつけるかもしれないな。ドラゴンの魔力は強力なようだし、多少効率が悪くても有用な効果をつけられるだろう」
「過剰な力を抑制するための道具にその過剰な力を利用して有用な効果をつけたら本末転倒じゃないか……?」
「……それもそうだな?」
「じゃのう」
シルフィが首を傾げ、グランデが頷く。ですよね。
「まぁ、その辺りは任せるしか無いんじゃないか。とりあえず何か軽く食うか?」
そろそろ日が沈んでくる頃である。さっき盛大にリバースしたせいか小腹が空いてきたんだよな。
「はんばーがー!」
「お前ハンバーガー好きだよぁ……いいけども」
苦笑いしながらインベントリからハンバーガーを取り出して食卓に出した皿の上に置く。グランデは嬉々として皿の上のハンバーガーに手を伸ばし、俺も同じようにハンバーガーを一つ手に取った。シルフィは台所から蜜酒の瓶を持ってきたようである。
「んふふ……」
グランデがハンバーガーにかぶりつき、もぐもぐしながら目をキラキラさせている。一緒に同じハンバーガーを食べられるのが嬉しいのか、尻尾がベシベシと床を叩いて……待て待て。
「グランデ尻尾、尻尾だめ。床に穴が開くから」
「うっ、こればかりは御するのが難しいのじゃ」
「構わんよ。この家は生きているからな。多少へこんでもすぐに治る」
しょんぼりとするグランデをシルフィが笑って許す。エルフの家はどれも木をそのまま家にしたようなデザインだけど、やっぱり木そのものなんだな。魔法で家を作るのかね? 興味深い。
グランデはシルフィに怒られずに済んでほっとしたようだ。尊大な言葉遣いだけど、基本は素直で臆病で思慮深い子だよな、グランデは。
「すまんの……」
「なに、感情を尻尾で表す亜人は他にもいるからな。リザードマンやラミアなども激しく感情を揺さぶられた時などは尻尾で床を叩くことがあるぞ。それで床に穴を空けることもな。別にグランデだけの話ではないからそんなに気にするな。そもそも家主の私が気にしないというのだからそれでいいだろう?」
「……うん。でも気をつけるようにするぞ」
「そうか。グランデは良いドラゴンだな」
「うむ、妾は良いドラゴンじゃ」
シルフィとグランデが微笑み合う。この二人は上手くやっていけそうな感じだな。アイラやハーピィさん達も多分大丈夫だろうけど、問題はメルティか……グランデはメルティに苦手意識を持っているからな。
「グランデの話を色々聞かせてくれ。あまり私はグランデと話す機会が今まで無かったからな」
「うむ、良いぞ。妾もシルフィのことを色々聞かせておくれ」
「もちろんだ」
互いに微笑みながら話を始める二人を見てまぁなんとかなるだろう、と楽観的に考える俺なのであった。




