第013話~TOFUもどき~
くっ、ストックが増えない……!_(:3」∠)_
「……」
シルフィの家に帰ってきたが、帰ってくるなりシルフィはお気に入りの長椅子に腰掛けてむっつりと押し黙っている。蜜酒をかっ喰らうわけでもなく、ただ眉間に皺を寄せて黙っている。コワイ。
「あー……その、あーゆーおーけい?」
「なんだそれは。呪文か何かか」
「いや、大丈夫か? っていう感じの労りとか心配の言葉かな」
ニュアンス的にはきっとそう。間違ってはいないはず。多分。
「大丈夫だ。これからどうしようか考えていただけだ」
「長老達が言っていた件か。具体的にはどういうことなんだ? なんとなく、ギズマが来るのを俺の活躍でなんとかしろ的なアトモスフィアを感じたんだが」
「そのあともすふぃあとやらが何なのかわからんが、概ね合っていそうだな。つまり、お前が稀人であることを証明するために力を示して難民を救えと言われたわけだ」
「なるほど」
概ね合っていたらしい。
「確か、防壁兼住宅が全然完成してないのが問題なんだったか?」
「ああ、そうだ。今のペースだと完成にあと半年はかかる。ギズマがいつ黒き森に雪崩込んでくるかはわからないが、半年後より遅いということはあるまい」
「んー、なるほど」
見たところ、拡張区画で作っている防壁は石かレンガか何かで作っているみたいだったな。あれなら材料さえ整えばなんとかなりそうな気がする。
「なんとかなるかもしれないぞ」
「なに?」
驚いた表情でシルフィがこちらに視線を向けてくる。
「多分、俺の能力で迅速に防壁を築いたりすることが可能だと思う。俺もまだ試してないから確信は無いんだが……そこらへんの機能を試したいと思っててな。帰ってきてから相談しようと思ってたんだ」
「詳しく話せ」
「アイアイマム。でも、話すより見たほうが早いと思うから裏庭に行こうぜ」
頷いたシルフィを引き連れて渡り廊下から裏庭に出る。丁度地面も踏み固められてるような感じで平坦だし、丁度いいな。
「まずはちょっと材料を作るぞ」
俺はそう言って簡易炉を設置し、燃料を投入して火を起こす。投入する材料は粘土だ。勿論、作るのは焼成レンガのブロックである。それに並行して作業台も設置し、こちらでは粘土と石を使って石垣ブロックを作る。二種類のブロックを作ったのはシルフィに実際に見せてどちらを採用するか決めてもらうためだ。
「よし、本命の資材を作り始めたぞ。出来上がる前に今まで言っていなかった能力を見せよう」
実は、こっそり木材ブロックを作っておいたのだ。いざという時に咄嗟に壁を作れるように建築ブロックをショートカットに入れておくのはサバイバーの嗜みである。
ショートカットから木材ブロックを選択すると、ホログラムのように半透明の設置点が俺の視界に表示される。今は俺の視線が空中に向いているから半透明のブロックが空中に浮いている状態だが、地面を意識すると半透明の木材ブロックがまるで吸い付くようにピタッと地面にくっついた。基本は幅、奥行き、高さ1mの立方体のようだが、意識するとある程度自由に形状を変えられるようである。取りあえず厚さ30cm、幅と高さを各1mくらいの壁にしておく。
「ほい」
「なっ!?」
トンッ、という小気味良い音と共にホログラムの通りに木材で作られた壁が出現した。手で押して見るが、どういうわけか倒れない。しっかりと地面に固定されているようである。
「ほいほいほい」
「えぇっ!?」
トントントンッ、と連続で壁を設置し、高さ2m、横幅2m、厚さ30cmの木材でできた壁が完成した。耐久力はさほどでもないかもしれないが、この壁で囲めば防犯には十分そうな壁だな。
ガシガシと思いっきり前蹴りをキメてみるが、俺くらいの力では全くびくともしない。
「こんな感じでな。相応の素材を費やせば壁なんかは簡単に作れるんだよ。ちなみに、これはわざと壁を薄くしている状態。本来の大きさだとこうなる」
トントントントンッ、と厚さを調整していない木材ブロックを四つ積み重ね、高さ2m、幅2m、厚さ1mの壁も作る。こっちも蹴ってみるが、やはりびくともしないな。何の道具もなしにこれを破壊するのはなかなか骨が折れるだろう。
「ちなみに、おおよそ丸太一本でこれと同じ壁大きさのが作れるぞ」
質量保存の法則は有給休暇中らしい。シルフィは口をぽかーんと開いて絶句中である。あ、レンガブロックと石垣ブロックもできたな。
「ちなみに防壁を作るならこのレンガブロックか、石垣ブロックがオススメ」
ドドドドッ、ドドドドッ、と早業で両ブロックの壁も作って見せる。あ、眉間を抑えて俯いた。なんか昼間にもそんな顔してたよね! 知ってる知ってる!
「ククク……我が能力は再生と破壊を司る――」
「黙れ」
「はい」
唐突な厨二病発言をしようと思ったら凄く怖い声で怒られた。シルフィは怖い顔をしたまま俺の設置した壁に近寄り、感触や強度を確かめているようである。それを横目に見ながら俺は作業台でクロスボウのクラフト予約を入れておく。初歩的なのと、普通のを一つずつにクロスボウの短矢も一ダース十二本。ちなみに、ボルトというのはクロスボウ用の矢のことで、普通の弓に使う矢よりも短く、太く作られているもののことだ。
クロスボウのクラフト予約を待っている間に少し離れた場所に標的用の丸太を何本か設置しておく。試射用の標的としては本当はギズマの死体を使いたいんだけど、甲殻に価値があるらしいからなぁ……穴だらけにしたらぶん殴られそうだ。
距離違いでいくつか丸太を立てて作業台に戻ると、既にクロスボウ二種とボルトのクラフトが終わっていた。追加でもう一ダース分ボルトのクラフト予約を入れておく。
「今度は何を始めるつもりだ」
「新しい武器が作れるようになったんだ。それの試射をしようと思ってな」
まずは初歩的なクロスボウの方から試すことにする。うん、見た目は実に粗末な感じだ。基本的に木材で作られているわけだし、こんなもんだろうなとも思うけど。クロスボウの先端部分に足をかける金属の輪がついていて、ここに足をかけて背筋力で弦を引くようになっているようだ。他にもトリガー周辺とか弦をかけるところにも一部金属部品が使われているようである。
「おっ、意外と強いなこの弓」
弦を引いてみるが、思ったよりもかなり力がいる。弦を引いたらボルトをセットして発射準備は完了だ。
「変な弓だな。普通の弓のほうが連射もできるし、使い勝手が良いんじゃないか?」
「確かに連射は効かないな。でも、これはこれで利点が多いんだよ」
クロスボウを構えると視界にレティクルが表示される。トリガーを引くとビッ、という鋭い音を立ててボルトが飛翔した。そして概ねレティクルで狙っていた通りの場所に刺さる。次に俺は左クリックを意識してコマンドアクションでのリロードを試してみた。
「うおおまじか」
俺の身体は勝手に動き、右手だけで弦を引いて素早くボルトをセットする。これ、俺がやると弓とあんまり連射速度変わらんな。そのままもう一射してみるが、やはり狙った通りにボルトが突き刺さった。結構な威力に思えるな。
「取りあえず、試してみないか。実際に使ってもらえば利点がわかるかもしれないぞ」
「ふむ……」
俺が初歩的なクロスボウを手渡すと、シルフィはそれを素直に受け取って仔細に眺め、それから弦に手をかけた。
「むっ……小さい割に随分と強いな、この弓は」
「そうだろう? だからその輪っかに足をかけて背中の力で弓を引くんだ」
「なるほど。それで、引いたら矢をセットしてこの出っ張りを引けば矢が飛ぶのか」
シルフィが先程の俺と同じようにクロスボウを構え、よく狙ってからボルトを発射する。飛んだボルトは問題なく丸太に命中した。
「なるほど、手で弓を引いているわけではないからじっくり狙っても疲れないな。それに、予め弓を引いて矢をセットしておけば咄嗟に撃つこともできる」
「そうだな。加えて言うと、クロスボウは弓と比べて訓練が容易だ。弓を引ける力さえあればそ今まで武器を持ったこともない人でも簡単に矢を望んだ場所に放つことができる」
「……なるほど。つまり、難民達を戦力として数えられるようになると?」
「防壁と十分な数のクロスボウと矢玉さえ用意すればな。こいつは一番初歩的なやつで、威力も一番弱い。適正距離ならそこそこ威力はあると思うが、鉄の鎧を着込んだ相手とかギズマ相手だとちょっと威力が心許ないように俺は思う」
「そうだな。リザーフくらいにならギリギリ通るかもしれないが、少し威力が弱いな」
生身の部分を狙えば十分刺さるとは思うけどな。人間なら兜の目の部分とか。
「こっちが動物の骨を使って弓を強化した標準品だ……うお、こいつは引くのもなかなか苦労するな」
普通のクロスボウも構造はさして変わらない。ただ、弓の部分が複合弓になっているためかより強い弓になっている。当然引くのに必要な力も多い。なんとか引けたので、ボルトをセットして試射を行う。
「今度のはだいぶ強いな」
「だな、これならギズマにも十分効くんじゃないか?」
「試してみるか。ギズマの胴体を出せ。実際に撃ってみよう」
「良いのか? 甲殻に価値があるんだろう?」
「構わん。それよりもこの武器の有用性を確認するほうが大事だ」
シルフィがそう言うので少し離れた場所にギズマの胴体を出して通常のクロスボウで撃ってみる。
放たれたボルトは鋭い音を立てて飛翔し、キズマの甲殻を貫いてボルトそのものが完全に見えなくなるくらい深く突き刺さった。
「威力は十分だな……おい、錆びた鎧はまだ残ってるか? 残ってるなら試してみるぞ」
「アイアイマム」
まだインベントリに呪われてない錆びた鎧が残ってたので、それを丸太に引っ掛けて撃ってみる。これも問題なく貫通して丸太にボルトが突き刺さったようだ。初歩的なクロスボウでも撃ってみたが、刺さりはするが殆ど威力を殺されてしまうようである。
「この一つ上の威力のクロスボウもあるんだが、材料が作れなくてな……そこで、相談があるんだが」
「なんだ? 言ってみろ」
「この裏庭に俺の工房を作らせてくれないか。多分これからもっと大きな製造施設なんかも作ることになるだろうし、作業台も増えると思うんだよ」
インベントリに入れておける素材の量も限りがある気がするんだよな。今どきのサバイバル系のゲームで無限にモノが持てるインベントリ機能があるものはまずない。重量制限か、種類制限があるものが殆どだ。
素材の保管に使えそうなクラフトアイテムもいくつかあるし、そういうのを置く場所も作りたい。
「ふむ……そうだな、良いだろう。裏庭は好きに使って良い。目に余るようなことがあればその都度言うがな」
「よっしゃ。んじゃ早速作らせてもらうぞ」
まずは設置した木の壁とレンガ壁、石垣を斧とつるはしでそれぞれ破壊する。どうやらブロックそのものが戻ってくるわけではなく、素材として還元されるようだ。還元率は概ね八割くらいだろうか。
他にも標的にしていた丸太や鎧、ギズマの胴体と撃ち込んだボルトも回収しておく。
「あの物置はどうする?」
「あれはあのままにしておけ」
「了解」
許可が出ればアレもぶっ壊して更地にしようと思ったのだが、ご主人様がそう言うならそのままにしておこう。裏庭は運動場のように開けていて地面も均されているのですぐに建設を始められるな。
「工房の入り口は渡り廊下からできるだけ近い場所が良いな。でも、ある程度は身体が動かせるスペースもあったほうが良いよな? さっきみたいに武器の試射をすることもあるかもしれないし」
「そうだな。裏庭を全て建物で潰すのはやめてくれ」
「わかった」
今朝みたいに水浴びをすることもあるだろうし、渡り廊下から出てすぐの場所は広めに空けておく。あとは工房そのものの造形をどうするかだが……。
「俺、基本的に豆腐ハウス派なんだよな」
ああいうサバイバル系のゲームでは滅茶苦茶広くてデザインにも拘ったすごい建造物を建てる人が結構いる。所謂建築ガチ勢という人々だ。アレは確かにすごい。一つの芸術だと思う。だが、ああいうのは資源を無限に使えるクリエイティブモードとかで作るのが普通だ。勿論、資源が無限じゃない通常のゲームモードで作る人もいるが、半ば縛りプレイみたいなもんである。
俺はどっちかというとゲームを攻略する方に重きを置く方なので、機能性を重視する。決してセンスがないから最初から諦めてるとかそういうのじゃないからな。違うからな。無駄が嫌いなだけなんだぞ。
まずは木製ブロックで床を敷く。これで建物の敷地面積を可視化するわけだ。
「ほいほいほいほいほい」
トントントントントンッ、と後退しながら直線上にブロックを並べていく。後ろに下がりながら床や壁を敷いていくのがコツだ。田植えのようにこれを繰り返して床を敷いていくわけである。床の厚さはとりあえず25cmにしておいた。つまり高さだけ四分の一にして木材ブロックをガンガン敷いていく。
次に壁づくりである。分厚い壁にする必要性は感じないので、厚さ30cmの壁をどんどん作っていく。壁は入口側を3m、奥側を2.5mにして勾配をつける。これで屋根をつければ雨が降っても入口側に雨は滴ってこないというわけだ。
いや、豆腐ハウス派とは言っても現実に建てるなら屋根まで真っ平らにはしないよ? 雨とか降ったら無駄に濡れるし、雪とか積もったら潰れたりしそうじゃないか。
そして最後に出入り口に扉をつけ、そこで気づいた。
「しまった、暗い」
明かり取りの窓をつけなければ。壁の一部を破壊して天井近くに明かり取り用の穴を付けたものに差し替える。うむ、明るくなったな。改めて小屋内を見渡す。
「……なんか不安になる小屋だな」
柱も梁も無いのにビクともしないのは良いのだが、視覚的に安心できないなこれ。木材ブロックを駆使して天井に梁を渡し、小屋内の八ヶ所に柱に見えるよう成型した木材ブロックを置く。うん、ただの飾りだけど謎の安心感がある。やっぱり見た目って大事だな。
最終的には豆腐ハウスにするつもりが、そこはかとなく普通に見えないこともない小屋になった。
報告しようと思って辺りを見てみたら、いつの間にかシルフィが居なかった。きっと家の中だろうと思って家に入ってみると、料理の下拵えをしていた。今日はシルフィが晩御飯を作ってくれるのかな?
「作業場の建物が出来たぞ」
「……一刻どころか半刻も経ってないんだが?」
「素材さえあればこんなもんこんなもん」
呆れた表情のシルフィを引き連れて裏庭に出る。おっと、作業台を回収しておこう。
「本当にできているな」
「結構木材を使ったけどな。また補充に行きたい」
今日採ってきた木材の半分ほどを使ってしまったからな。逼迫しているわけではないけど。
「また今度な」
そう言いながらシルフィが小屋の中に入り、内部を見回す。
「微妙に違和感があるが、普通の小屋だな」
「普通の方法で建てたわけじゃないからな。そこは目を瞑ってくれ」
「それもそうか」
シルフィが感じたのはそれで納得して気にならなくなるくらいの違和感であったらしく、今度はあちこちの壁や床を叩いたり、押したりしはじめた。強度を確かめているようである。
「ハリボテというわけでもないようだな」
「多分な」
実際のところ、この小屋がどれくらいのダメージで崩壊するのかはわからないけどな。まぁ普通に使ってていきなり崩落するということは無いだろう。
「あとはこの中に作業台やらなにやらを置いていくってわけだ」
「うん、好きにすると良い。ここはお前の城だ」
「ありがたき幸せ。ところで、防壁作りの話なんだが――」
と、言いかけたところでシルフィが人差し指を俺の唇に当ててきた。喋るなということだと思うが、一体何事だろうか?
「その話は食事の後にじっくりとするとしよう。今日は私が腕を振るってやる」
「そりゃ嬉しいが……どういう風の吹き回しだ?」
昨日はご主人様に飯を作らせるつもりか? とか言ってたのにな。シルフィはそんな俺の考えをよそにクスリと微笑み、不意に耳元に口を寄せてくる。
「お前は今でも私の奴隷だが……お前に操を捧げた私はお前の妻でもある。妻は働く夫を料理で労うものだろう?」
「ふおぉっ!?」
耳元で囁かれてシルフィの吐息が耳にかかり、思わず変な声が出てしまった。そんな俺を見てシルフィは満足そうに笑みを零し、小屋から出ていった。吐息のかかった左耳が妙に熱く感じる。
「なんだあれ……やべぇ、マジやべぇよ」
唐突なデレに俺の語彙力が爆発四散した。仕方ないね。
少し心を落ち着けてから家に戻ることにしよう。今のまま戻ったら料理中のシルフィを襲いかねない。調子に乗ってぶっ飛ばされる危険を冒すわけにはいかないからな。




