第135話~挙動不審なグランデ~
「兄貴、ご馳走になりました! 今度は土産を持ってきますね!」
「あしたもさけがのみたいのでがんばります」
飯を食い終わった兄ドラゴンズはさっさと飛び去っていった。明日はちゃんと獲物を獲ってきてくれるらしい。モノによってはエルフの里に供与してエルフの里の特産品と交換していくのもいいな。エルフの作る品は品質の良いものが多いし……というか兄貴ってなんだよ兄貴って。お前らみたいな弟がいるか。
それで、グランデに相談して黒き森深部探検ツアーに行こうと思ったのが。
「ちょっと待つのじゃ。せ、背中に乗せるのはちょっと……」
「ダメなのか?」
「だ、だめ……じゃない……よ……?」
そう言いながらくるるるる、とどこか甘えたような唸り声を上げる。やはり本格的に様子がおかしい。こいつは一体どうしたことだろう? と首を傾げていると、シルフィに声をかけられた。
「交渉が難航しているようだが、どうしたんだ?」
「いや、よくわからんが背中に俺を乗せたくないらしい?」
「べ、べつに乗せたくないわけじゃない、のじゃ」
「そうなのか?」
「なんだって?」
「別に乗せたくないわけじゃないって」
「ふぅむ……?」
シルフィも首を傾げる。俺も首を傾げる。グランデはなんかモジモジしている。なんだこの状況。
「黒き森の奥にはきっと綺麗な景色とかもあるんだろう? グランデの育った場所を見てみたいんだよ」
「む、むぅ……それは、あるが……」
「グランデが綺麗と思うものを俺も見てみたいんだ。頼むよ」
「ふあぁ……わ、わかった、わかったのじゃぁ……」
グランデが何故かベベベベッと小刻みに尻尾を地面に叩きつけ始める。怒ってる感じじゃないな……嬉しいに近い感じだと思うんだが、今までに見たことのない仕草だ。
「大丈夫なのか?」
「なんか様子がおかしいが、体調が悪いとかそういうことではないっぽい。一応了承してもらえたから、大丈夫だと思う……グランデ、鞍をつけるぞ」
「う、うむ」
姿勢を低くして大人しくするグランデにグランデ用の鞍を取り付ける。うん、特に問題はないようだ。急に様子がおかしくなったのはなんなんだろうな?
「ど、どこに連れていけば良いんじゃ?」
「んー、俺は森の奥の地形はまったくわからんからな。シルフィ、グランデがどこに行けば良いのかって聞いてきてるんだが、何かリクエストとかあるか?」
「ふむ。グランデの故郷とかはどうだ?」
「お、いいな。グランデ、グランデの故郷に連れてって欲しいんだが」
「ま、まだ心の準備ができてないからダメじゃ……!」
プルプルと震えながらグランデが俺の提案を拒否する。心の準備ってなんなんだよ一体。
「じゃ、じゃあ適当に綺麗な場所に連れてってくれ。滝とか、花畑とか、高くて周りが見渡せる場所とかが良いな」
「断られたのか?」
「なんか心の準備ができてないってさ。よくわからんが」
「ふむ……」
シルフィが真剣な表情で何か考え込み始める。
「わ、妾の思う綺麗な景色とコースケの思う綺麗な景色は違うかも……」
「それでも良いって。グランデが綺麗だと思う景色ってのにも興味があるしな」
「そ、そうか。うむ、とびきりの場所に案内してやるぞ」
今度はべっしべっしと機嫌良さそうに尻尾が地面を叩き始める。やめてやれ、地面さんのHPはもうゼロだ。グランデの尻尾の先がある周辺だけ一段低くなってるぞ。
「シルフィ、話はついたし乗せてもらおう」
「ん、ああ、わかった。今日はよろしく頼むぞ、グランデ」
「コースケ、この黒エルフはなんと言ったのじゃ?」
「今日はよろしくだってさ。俺からもよろしくな」
「そうか。うむ、任せておけ」
ぐるる、と顔を近づけて唸るグランデの頬を撫でてからシルフィと一緒にグランデの背中に登り、鞍に腰掛けて革のベルトで身体を固定する。
ふとエルフの里の方に目を向けると、防壁の上に多くのエルフ達が見物に来ていた。グレネードの爆発音で驚かせたかな?
「行ってくる!」
そう言ってシルフィが手を振ると、エルフ達が手を振り返してきた。俺も手を振ってみると、俺にも振り返してくれた。なんだかちょっと嬉しい。
「グランデ、飛んでくれ」
「うむ。掴まっておれよ」
グランデがグッと姿勢を低くして力を溜め、翼を折り畳む。どうやら助走をつけずにそのまま飛び立つつもりらしい。俺とシルフィは彼女の忠告に従って鞍にしがみついた。
グランデが全身のバネを使って跳び上がり、翼を広げる。その瞬間、真下から物凄い風が吹き上げきてグランデの巨体がゆっくりと上昇を始めた。
「まずは森の奥にある岩山に向かうぞ」
「おう、任せるよ」
「うむ。ゆっくり飛ぶが、ちゃんと掴まっておれよ」
「ああ、わかった。シルフィ、まずは森の奥にある岩山に向かうって」
「ほう、岩山か。何があるのだろうな」
「楽しみだな」
ゆっくりと飛ぶグランデの背中から黒き森を眺める。こうしてみると流石に黒き森と言うだけあって、地面が全然見えないな。森の密度が濃いというかなんというか……この森の木が特殊なのか、それとも土が特殊なのか……そうだ、土と言えば農地ブロックを作るのに黒き森の土が要るからこっちにいる間に掘っておかないとな。
「お、前方に岩山」
「随分切り立った岩山だな……それに、かなり大きい」
「どうやって形成された地形なのか想像もつかないな」
巨大な岩山に幾筋か白いものが見える。どうやら頂上の方で湧き出した水が滝となって地上に降り注いでいるらしい。滝は地面に近づくにつれて霧状になり、岩山の麓近くには虹がかかっている。
「おお、凄いなあれは! 虹が綺麗じゃないか!」
「確かに綺麗だな……ふむ、奥地にあんな場所があるとは」
「ふふ、そうであろうそうであろう。あそこにはいつも虹が出ておるのじゃ。ただ、あそこは常に雨が降っているようなものじゃからの。近づくと濡れるし、麓は足場も悪い。水棲の魔物も多いから、人族が近づくのは危ないじゃろうな」
「なるほど。綺麗だけど、俺達が近づくのは危ないってさ」
「そうなのか。だが、遠くから見るだけでも十分だ。このような美しい景色はなかなか見られるものではないな」
そう言ってシルフィは少し興奮した様子で虹に目を向け続ける。虹を生み出す滝、か。ファンタジーなこの世界だとああいうところには貴重な素材とかがありそうだよな。虹色の魔力が凝縮されたサムシングとか。強力な魔物も生息しているようだし。いつか行ってみるのもいいかもしれない。
「上に上がるぞ」
「おぉっ」
グランデが急上昇を始め、グンと身体が押し付けられるような感覚を覚える。なかなかの速度で上昇しているようだ。
「岩山のてっぺんにきれいな水が湧き出している泉があるのだ。そこも綺麗だぞ」
「へぇ、楽しみだな」
切り立った岩山の周囲を旋回しながらグランデはどんどん高度を上げ、ついに岩山の頂上に辿り着いた。
「うわぁ……こりゃすごい」
「これは綺麗な場所だな……」
岩山の頂上はまるで楽園のような場所だった。綺麗な水を湛える泉が湧いており、その周囲には綺麗な花々が咲き誇っている。高山植物の類だろうか?
「あそこは安全じゃ。降りるぞ」
「わかった。シルフィ、あの泉のところに降りるってさ」
「そうか! それは楽しみだな」
シルフィもあのお花畑と綺麗な泉には心惹かれていたのか、嬉しそうな声が返ってくる。
グランデは着陸地点を調整しているのか、暫く岩山の上で旋回した後に緩やかに岩山の頂上へと着陸した。花を踏み潰さないように岩場に着陸するという徹底ぶりだ。
「流石だな、グランデ。花を踏み潰さないように着陸するのは大変だっただろう?」
「ふふ、これくらい造作も無いことじゃ。折角の美しい光景を妾が踏み荒らしてしまっては台無しじゃからな」
機嫌良さそうにくるる、と鳴き声を出しながらグランデがぐるりと首を回してこちらに視線を向けてくる。そこはかとなくドヤ顔をしているように見えるな。
「よし、降りるぞ。ちょっとの間じっとしててくれ」
「あいわかった」
「さんきゅ。シルフィ、降りよう」
「ああ!」
身体を固定していたベルトを外し、グランデの背から慎重に降りる。地面に降りて花畑に近づくと、ふわりと花の香りがしてきた。どうやら結構香りの強い花らしい。
「良い匂いだな」
「そうだな。見たことのない花だ……アイラへの土産に何株か採っていったらどうだ?」
「それは良いな。グランデ、いくつか花を摘んでいってもいいか?」
「根こそぎにしなければ良いと思うぞ」
「勿論だ。じゃあ、早速」
インベントリから片手で持てる園芸用のシャベルを取り出し、土と根っこごと慎重に花を採取する。え? ミスリルシャベル+9はどうしたって? あんなもん使ったら根こそぎにしてしまうわ。
種類ごとに五株ほど花を採取したらシルフィと一緒に泉に近づいてみる。流石に魚とかの生き物は見当たらないな。
「飲めるかな?」
「コースケが汲んで、インベントリに入れればわかるのではないか?」
「それもそうか」
木製の水筒に泉の水を汲み上げ、インベントリに入れてみる。清浄な水、であるらしい。
「清浄な水だってさ。飲むことはできそうだけど、特殊な効果とかは無いみたいだな。ちょっと期待したんだが」
「ははは、そうそう都合よく珍しいものなど見つからないということだな」
がっかりして肩を竦めてみせた俺にシルフィがクスクスと笑う。
「それにしても、ここは綺麗な場所だな……」
泉のほとりに座り、シルフィがうっとりとした表情で辺りを見回す。泉の周りには色とりどりの花が咲き誇っており、風が吹くと花の香が鼻腔をくすぐっていく。確かに、綺麗な場所だ。
「ただ、ちょっと寒いよな」
「ははは、そうだな。高い場所だしな。今日は風が穏やかだから良いが、強風の時には怖い目に遭いそうだ」
「確かに」
グランデはどうしているかと視線を向けてみると、彼女は岩場でじっとしたまま俺達を観察したり、花畑に顔を寄せて花の匂いを嗅いだりしているようだ。俺はグランデのいる岩場へと歩を進める。
「おお、花畑も綺麗だが、景色も凄いな! 落ちたら怖いからあんまり崖っぷちには近づきたくないけど」
「うむ、なかなかの眺めであろう」
ここは標高何mくらいなんだろうか? 高さはよくわからないが、切り立った岩壁になっているせいで物凄く高く感じるな。この頂上部分はさして広くない。岩場を合わせても学校のグラウンドより狭いくらいだと思う。
しかしマジでこの岩山はどうやってできたのかわからんな。地面からマグマが吹き出してもこんな形には固まらないだろうし、風蝕で大きな岩が削れたというのであれば近くに他の岩山があると思うんだが。ううむ。俺は地質学者ってわけじゃないんだし気にするだけ無駄か。
「おっ、なんだあそこ。あの木めっちゃでかくない?」
俺の指差す先にはひときわ大きな木が生えていた。明らかに他の木より頭一つ二つどころか五つくらい抜けて背が高い。あれは幹もかなり太そうだな。
「ふむ……あれはかなり大きいな。里の集会場の木も立派なものだが、あの木は里の集会場の木の二倍以上背が高いだろう。間違いなくこの森の最長老だな」
「行ってみるか? 妾の翼ならひとっ飛びじゃぞ」
「いいね、是非近くで見てみたい。シルフィ、連れて行ってくれるとさ」
「そうか、楽しみだな」
俺とシルフィは姿勢を低くしてくれたグランデの背中によじ登り、鞍に座って再び身体を固定した。次に向かうのは黒き森の最奥の大樹だ。今度こそ何か素材的な意味で珍しいものがあると良いな!




