第131話~ドラゴンの家族~
ウカツ! グランデの名前関連を修正しました_(:3」∠)_
痛みを訴えるこめかみを押さえながら家の外に出ると、里の上空でぎゃおぎゃお鳴いている空飛ぶトカゲどもと、それを見て恐慌状態に陥っているエルフの里の住人達が目に入ってきた。おお、もう……どう収拾をつければいいんだこれは。
「ぐらんでー」
「あぁっ!? コースケ!」
空に向かって呼びかけると、グランデが俺に気づいて顔を凶悪に輝かせた。うん、喜んだんだろうけど凄んでいるようにしか見えないんだ。
「あぁん!? お前がうちの娘を誑かした野郎かこのクソ雑魚ヒューマァァァァン!?」
グランデの倍くらいはでかいグランドドラゴンが空中から怒声を浴びせてくる。うるさいうるさい、マジでうるさい。空気がビリビリと震えてるから。あと息が生臭い。
「とりあえず理性的に話し合おう、理性的に。グランデ、他の三人とはどういう関係だ?」
「母上と兄上二人なのじゃ」
「そうか。グランデのお母さんとお兄さーん、食い物と酒を出すんでこの暴れん坊ドラゴンを里の入り口のところにある開けた場所に連れてってくれませんかー?」
「はーい」
「わかった!」
「酒!」
最後のそれは返事なのか?
「な、なにをするきさまらー!」
パパドラゴンが三匹のドラゴンに組み付かれて里の入口の方に墜落していく。ズシーン、と大きな音が鳴り、地面が揺れたが……まぁ頑丈なグランドドラゴンの身体なら何ということもないだろう。
「すまん、コースケ……」
「予想はしていたから気にするな」
グランデが家族に会うと聞いた時点でなんとなくこういうことになるんじゃないかなとは思っていた。薄々とだけど。
「シルフィ、どうもグランデの家族が押しかけてきたみたいだ。父親のドラゴン以外は怒ってる感じじゃなかったから、話をつけてくるよ。エルフの里の皆さんには心配無用と伝えてくれないか?」
「それは良いが……本当に大丈夫なのか?」
「多分な。でも万一のことがあるから、できるだけ早く戻ってきてくれると助かる」
「わかった。無理はするなよ」
シルフィの姿が一瞬で消える。えっ、なにそれは。忍術か何か?
「コースケ、あの女エルフも魔神種なのか……?」
「いや、知らんけど。戦闘用に進化したエルフ?」
「今、一瞬だけどあの魔神種と同じくらいヤバい気配だったのじゃ……」
「マジか……まぁシルフィだからな」
ぶっちゃけ、シルフィがメルティと比べてどれくらい強いのかとかは俺にはわからん。メルティが滅茶苦茶強いのはわかるし、それよりもライム達三人が集まったほうが強いというのは本人たちから聞いたからわかるけど。今度聞いてみようかな?
「グランデも先に広場に行っててくれ。俺も走っていくから」
「わかったのじゃ」
空中でホバリングしていたグランデが里の入口の方に飛んでいく。それを追って俺も走り出した。自らの足で走り、更にコマンド入力によって前に進む。歩幅と移動距離が微妙に合っていないから下手すると躓きそうになるのだが、流石にもう慣れた。
この状態になると普通に走るよりもかなり早く走れる。体感で二倍以上だ。更にストレイフジャンプも入れるともっと早くなるんだが、流石にエルフの里の中だと悪目立ちしそうなのでやめておく。
里の入り口に近づくに連れてギャアギャアワァワァどっすんばったんと大騒ぎしている音が聞こえてきた。なんて騒がしい奴らだ。
「離せ! 娘を誑かして傷物にした虫ケラに思い知らせてやらなければならんのだ!」
「だめですよー、お父さん。あの子ももう子供じゃないんですから。過保護なのはよくないわー? それにあの子はグランデって名前をつけられたのだから、ちゃんとグランデちゃんって呼ばないとダメよー?」
「そうだぞ父さん。グランデだってもう立派な成竜なんだから。というか、俺達の時は放置だったじゃんか」
「そんなことよりもコースケとかいうやつをプチっとしたら酒が飲めなくなるだろ。そんなのは俺が許さないぞ」
竜達が取っ組み合いをしながらゴアアアア! ギャオオオ! と吼えているが、その内容はどう控えめに聞いても家族同士のちょっとした喧嘩である。里の門を守っているエルフの兵士が咆哮しながら取っ組み合う竜達を見ながらこの世の終わりが来たかのような顔をしているのがなんともやるせない。
「あー、俺が話をつけるから、攻撃だけはしないようにしてくれ」
「は、話をつけるだと……? お、おいまて人間!」
慌てて声をかけてくるエルフの兵士を無視し、吼えあっている竜達の傍まで歩を進める。
「はいはい、出頭したぞー。グランデの友達のコースケでーす。どうぞよろしく」
パンパンと手を叩きながら呼びかけると、四頭の竜が一斉にこちらに顔を向けた。全員グランドドラゴンだな、うん。お顔が凶悪。もう俺はグランデで慣れたけどね。
「まずは暴れん坊を里の外まで連れ出してくれてありがとう。俺は約束を守る人間だから、話をするよりも先に約束の食い物と酒を提供したいと思う。いいな?」
「食い物と酒だと? 貴様、我ら誇り高きドラゴンをそのようなもので――」
「はいはーい。グランデちゃんのいってたはんばーがーがたべてみたいなー」
「俺も俺も」
「酒!」
酒ドラゴンはマジでぶれないな。そして速攻でメシと酒に釣られた家族達を見てパパドラゴンが裏切られたという表情をしている。うん、そう言う仕草は正にグランデのパパさんだな。
俺は木材ブロックを使って臨時の食事台を拵え、その上にグランデ用の特大ハンバーガーをぽんぽんと積み重ねてゆく。そして食事台の横に蜜酒の大樽も置いた。
「はいよ、召し上がれ」
「いただきまーす」
「うめ……うめ……」
「酒ッ! 呑まずにはいられない……ッ!」
ママドラゴンは一つの特大ハンバーガーを両手で持ってお上品に食べ始め、兄ドラゴンAは両手に一つずつ特大ハンバーガーを持って交互に食べ始める。兄ドラゴンBは……大樽に頭を突っ込んでぶくぶくしてる。お前それはアカンやろ……。
ちなみにグランデは父ドラゴンが俺に向かってきた時に止めるためか、俺の傍らに控えていた。でもさっきから視線がチラチラと食事台の方に向いているから気になっているようだ。
「ほら、グランデ」
「よ、良いのか?」
「当たり前だろう? 重いから早く受け取ってくれ」
「う、うむ」
俺の手から特大ハンバーガーっを直接受け取り、グランデもハンバーガーを頬張り始める。家族達のそんな様子を見たパパドラゴンがプルプルと震え始めた。
「お、お前たち……人間なんかに餌付けされて! ドラゴンとしての誇りはないのか!?」
「誇りで美味しいものは食べられないわよー?」
「うめ……うめ……」
「ぶくぶくぶく」
「む、むぐっ……」
兄ドラゴン二頭は食欲に忠実すぎない? 返事すらしてねぇ。グランデだけは気まずそうな雰囲気を醸し出しているが、この中で一番最初に餌付けされたのはグランデだ。既につま先から頭の天辺までどっぷりと俺の作り出す食事の魅力に浸かりきっている。今更パパドラゴンの言葉に頷くことはできないだろうな。兄ドラゴン二匹はもう知らん。
「くっ……! 貴様が――!」
パパドラゴンが牙を剥いて唸り声を上げる。おお、なかなかの迫力。というか普通に怖い。こんなのに噛みつかれたら一発で死ぬ。
「まぁまぁ、落ち着いて話し合いましょう。グランデのお父さん。竜とは賢く、理性的な存在だとお嬢さんには伺っています。きっと話し合いで誤解も解けるでしょう」
「その手には乗らんぞヒューマン。お前たちは狡賢い。そうやって私を煙に巻くつもりだろう」
「煙に巻くなんて人聞きの悪い。真摯に話し合い、お互いの誤解を解こうと思っているだけです。暴力をぶつけ合うのはそれからでも遅くはないでしょう」
懐柔されて帰ってきたグランデと速攻で餌付けされた家族達の前例があるからか、パパドラゴンは俺の弁舌を最大限に警戒しているようだ。そんなに大したものじゃないと思うんだけどな。
「まず、何をそんなに怒っていらっしゃるので?」
「うちの娘を傷物にしただろう!」
「傷物……?」
グランデに視線を向けると、彼女は気まずそうに目を逸らした。
「その、前に妾の血を採ったじゃろ? その話をしたんじゃよ」
「なるほど、確かにお宅のグランデさんの表皮をちょっとだけ切って血をもらいましたね。でも、それは決して無理強いしたわけではなく、食事の対価としてお願いして、グランデさんの了承を得た上でのことだったのですが」
「嫁入り前の娘の肌に傷をつけられて怒らない父親がいると思うか!?」
「うーん……」
確かに、俺が父親の立場だったら不快に思うだろうな。
「確かに、その通りですね。残念ながら俺に娘はいませんが、娘が居たとしたら確かに怒るかもしれません」
「そうだろう!? 話がわかるではないか、人間」
我が意を得たりとばかりにパパドラゴンが頷き、胸を反らす。少し落ち着いたようなので、切り返すことにした。
「ええ、そう思います。ただし、それが自分で判断をすることもおぼつかない幼子であったらですが」
「むっ……!」
「そうよねー。森の外に出たグランデちゃんはもう立派な大人だもの。そのグランデちゃんが自分で判断したことにケチを付けるのは違うわよねー」
押し黙ったパパドラゴンの横でくるるるるる、と少し高い声でママドラゴンが唸った。
「そ、そうじゃぞ父上。それに傷跡は跡形もなくコースケが消してくれたのじゃ。それに、その後に妾から血を差し出そうとしたら、何度も痛い思いをさせるのは忍びないと言って遠慮したのじゃ。コースケは妾の力や血や鱗を目的としているのではなく、本当にただ友として扱ってくれているのじゃ」
グランデも俺の援護をしてくれる。くっ、グランデの純粋な言葉が胸に痛い! すまんグランデ、俺はお前が思うほど清廉潔白な人間ではないんだ……お前の力を利用しようとして近づいたのは確かなんだ……すまぬ、すまぬ……。
「ぐぬぬぬぬ……」
ドッコンドッコンと凄い音を立ててパパドラゴンの尻尾が地面を叩く。機嫌が悪いのか、それとも考え事をする時の癖なのか……どっちにしろとても迷惑だ。うるさいし揺れる。
「っていうか父さんも食ってみろって。美味いから」
「酒は渡さん」
兄ドラゴンAがもっしゃもっしゃしながら特大ハンバーガーを一つ手に取ってパパドラゴンに差し出す。
「いらんわそんなもの!」
そしてパパドラゴンの尻尾がそれを地面に叩き落とした。地面に。地面にだ。
ふーん? そういうことしちゃう? これは教育が――。
「オゴォ!?」
物凄い音と共にパパドラゴンの首が空へと伸び上がった。ぱたたっ、と音がして何かが空から降ってくる。それは赤い血潮と、砕けた何かの破片だった。
「デルギス? いくらなんでも食べ物を粗末にするのはだめでしょう?」
「はい……」
ママドラゴンがごるるるるる……と物凄く低い、恐ろしい声で唸る。聞こえる副音声はめっちゃ柔らかい声なんだけど、腹の底が冷えるような錯覚を覚える。
「グランデ、お前のかーちゃんめっちゃ怖くね?」
「母上の前で食べ物を粗末にするのはご法度なのじゃ……」
グランデがプルプルと震えている。なるほど、基本は大らかだけどやっちゃいけないことをやるととても厳しいタイプか。
見ると兄ドラゴンAはいつの間にかハンバーガーをお行儀よく食べているし、兄ドラゴンBも……いや兄ドラゴンBは相変わらず樽に頭突っ込んでるわ。ブレないなお前。
「ごめんなさいね、コースケさん。うちの人が煩くして。このおバカ以外は別にグランデちゃんとコースケさんの関係にどうこう言うつもりはないからー。今後何か言ってきても無視していいからねー?」
「はい、ありがとうございます」
「でも、グランデちゃんを裏切った時は……わかるわね?」
ママドラゴンが俺を見下ろしながらくるるるるる、と可愛らしい声を上げる。うん、可愛らしい声に聞こえるけどめっちゃ怖い。ちびりそう。シルフィ助けて。
母は強い_(:3」∠)_(物理的に)