第129話~([∩∩])<○にたいらしいな~
どうやら村の誰かが定期的にシルフィの家を掃除してくれていたらしく、家の掃除には殆ど時間がかからなかった。生活用の水を溜めておく水瓶を洗い、シルフィが精霊魔法で出した新鮮な水を溜めたら軽く掃除をして完了だ。
家財道具の類は家を出る前にひとまとめにしてインベントリに収納していたので、必要なものだけ出して設置する。日が落ちるまでにはまだ時間があるな。
「予想より早く終わったから、長老衆に会いに行くぞ」
「わかった」
さっさと済ませられることは済ませておくに限る。そうしたらそうしただけ休暇を楽しめるってものだからな。
シルフィと連れ立ってエルフの里を歩き、いつも長老衆が集まっている集会所へと足を向ける。道行く村人エルフに挨拶などをしながらだ。こうして見てみると、俺達が滞在していた頃よりも人々の表情が穏やかな気がする。
やはり仕方がなかったこととは言え、よそ者と一緒に過ごすことにストレスを感じるところもあったのだろう。特に、当時の難民達は半ばこの里のエルフ達に養われているような状態だったからな。自分達だけが生きていくためであれば必要のない労苦を負わされた上に難民達はエルフの里の運営に殆ど寄与できないような状況だったのだ。そりゃ不満も溜まっていただろうな。
そんなことを考えながら歩いているとすぐに集会所に辿り着いた。シルフィも里の人々の様子を見て何か思うところがあったのか、俺と同じように少し考え込んでいたようだな。
集会所に近づくと、丁度良いタイミングで長老集のお付きの人らしきエルフさんが出てきた。
「皆様揃ってお待ちです。どうぞ」
彼女はそう言って集会所の中へと俺達を誘う。
「凄いタイミングだな」
「長老達は精霊と仲が良いからな。精霊が私達の来訪を教えたんだろう」
「精霊魔法すげぇなぁ」
天変地異を起こす達人級の精霊魔法使いになると、何もしなくても精霊の方からそういったことを教えてくれるようになるのか。それって実質的に不意打ちとかもできなくなるよな? 精霊魔法使いパネェっすわ。もし長老衆のような達人級の精霊魔法使いを倒すなら、精霊の探知範囲外から一撃で仕留めるしか無いだろうな。狙撃か、遠距離砲撃か……。
長老衆対策を考えながら集会場へと入る。別に長老衆とやり合うつもりは無いが、脅威を見れば対策を考えたくなる。ゲーマーの性だな!
「おうおう、ようきたなシルフィちゃんと婿殿よ」
「なんじゃなんじゃ、しっぽりぬぽぬぽとせんで儂らに挨拶か? 気にせず子作りに励んでも良いんじゃよ?」
「かァー、これだからお主は。そういう風にせっつき過ぎるとできるもんもできんじゃろうが。チャボ鳥だってじっと見られていたら卵も産みづらいもんじゃぞ」
「ほっほっほ、チャボ鳥みたいにポンポン産んでくれたらええんじゃがのう」
「婿殿はハーピィ達とも仲が良かったじゃろ? もうポンポン産ませているのではないか?」
「アイラちゃんとも良い感じだったしのう。他にも増えてそうじゃな。スケコマシの気配がするからの、婿殿からは」
「精霊も異様に懐くしのう。婿殿がいるとはしゃぎすぎて術を使うのが少し面倒じゃわい」
この五月雨式のマシンガントークである。シルフィと俺が口を挟む余地がない。
というかチャボ鳥ってあんたらね……チャボ鳥ってのはこっちの世界で飼われているニワトリのような家禽である。俺の知っているニワトリよりかなりでかいし、割と凶暴みたいだけど産む卵は大きくて滋養があるのだ。ハーピィさんの卵のほうが大きいし美味しいんだけどね……でもあれはな……うん。ちょっと複雑な気分になるんだよな。
「長老殿、今回は解放軍の長として真面目な話をしにきたのだ。少し自重していただけるかな?」
「「「……」」」
こめかみに青筋を浮かべながら笑顔を見せるシルフィの迫力に長老衆が黙った。流石に年の功とでも言うべきか、引き際は心得ているようである。シルフィが本気で暴れたら長老衆は無事でも集会所が跡形もなくなりそうだものな。
「うむ、メリナードの血族にして解放軍の長、シルフィエルよ。用件を聞かせてもらおう」
お前が話せ、いやお前がいけよという小声でのやり取りの後、見た目がロリな長老が厳かな雰囲気を醸し出しながら言葉を発した。しかしその前のあれこれで色々と台無しである。
「まずはメリナード王国の民を長きに渡って支援してくれたことに改めてお礼を申し上げる。エルフの里の支援がなければメリナード王国の民は荒野と森に朽ち果てるしかなかっただろう。今回、解放軍の長である私が直接この里を訪れたのは、その恩を返すためだ」
「ふむ、具体的には?」
「我々が提示できるエルフの里にとって利益のあるものとなるとやはりエルフの里では手に入れることが難しい物品の供与だろうな。鉱石や精錬した金属、宝石類などの鉱物資源、エルフの里で栽培していない農産物や食料品、その他布や絹などの生産物といったところか」
「なるほどの。しかし、それは解放軍が手に入れたものではなくコースケ殿の手によって作り出されたものではないか? それを解放軍のものだという体で差し出すというのは少し虫が良い話ではないかのう? 解放軍が身を切って差し出したものとは言えまい?」
確かに、それらの産物の大半は俺が居なければ手に入らなかったものだろう。
「俺は解放軍の長であるシルフィの伴侶で、解放軍に所属もしているんで。何の問題も無いでしょう」
俺は肩を竦めてみせる。そもそもからして、俺は解放軍の部外者ってわけじゃないんだ。むしろ、立役者というか中心人物というかそういう感じの存在である。実際、俺はシルフィと共に生きることを選択したわけで、それはつまりシルフィの率いる解放軍に属するということと同義と考えて良いだろう。俺はシルフィの理想と目的を実現するためにこの力を振るうのだ。
「そういうわけだ。そもそもの話、誰がどのように手に入れたものだとしても懐に入ってしまえば同じだろうに。無理矢理難癖をつけるのはやめていただきたい」
「むぅ、もう少し動じてくれても良いじゃろう?」
スッとシルフィの目が細められる。それを見たのじゃロリ長老が慌てて両手を挙げた。降参のポーズということだろうか。
「悪かった悪かった。ちょっとからかいたくなるお年頃なんじゃよ。許しておくれ」
「具体的な量については相談させて貰いたいが、とりあえず今回は鉱石や宝石類、布や絹などの保存に気を遣う必要のない物品を持ってきたので、明朝共同倉庫に納めさせてもらう。食料品などに関しては我々の後方拠点と荒野のエルフ砦との間でやり取りをして貰う形にするのが良いだろうと考えている」
「そうじゃな、突然食料品を大量に押し付けられても処理が大変じゃからの。それが妥当じゃろう」
「他にも何かあれば我々に出来る範囲で力を貸す。今や我々はメリナード王国領の南半分を制圧したからな。多くの国民を奴隷の身から解放して人員も増えた」
「ほう……そこまで勢力を伸ばしたのか。シルフィちゃんも頑張ったんじゃな」
「そのシルフィちゃんというのをやめろ……まぁ、正直に言えばコースケの力に頼る部分は大きい。今は聖王国軍とは膠着状態になっているが、外交的な接触を開始している段階だ」
「外交的接触? 奴らとか? 話が通じぬじゃろう?」
「奴らとは言葉は通じても会話が成り立たんからのう」
「然り、然り」
長老衆の認識としてはそういうことらしい。さもありなんといった感じだな。何せ教義として亜人の奴隷化と人間至上主義を掲げているアドル教を国教としているガチの宗教国家だ。
国を司る聖王とアドル教を司る教皇という二人のトップがいる権力の二重構造が存在するようだが、その両者は人間至上主義的な思想そのものは一致している。だから聖王国は一丸となって他民族国家である帝国と戦っているし、同じく他民族国家であったメリナード王国に攻め寄せて屈服させ、属国とすることができたわけだ。
「それが、アドル教の中にも派閥があるようでな。コースケを通じてアドル教の懐古派と呼ばれる連中と接触を持つことができた。なんでも、懐古派は現在の教義が大昔に改竄されたものではないかと疑っているらしい。オミット王国の滅亡後にそのような動きがあった可能性が高いのだと」
「ほう?」
「うーむ、そう言われればそのような気もするのう。あいつらがイキりだしたのっていつ頃からじゃったっけ?」
「そう言われればオミット王国をぶっ潰した後のような気もするのう」
「オミット王国の討ち漏らしがアドル教に取り入って教義を改ざんした可能性が高いと俺は思ってるんだよね」
「「「……」」」
何やらボソボソと小声で相談し始めた長老衆に俺の考えをぶつけると、彼らは暫く沈黙した後に急に話題を変え始めた。
「そういえばあのドラゴンは凄かったのう。ドラゴンを手懐けるとは流石は婿殿じゃな」
「そうじゃそうじゃ。そんな婿殿なら儂らの可愛い可愛いシルフィちゃんとお似合いじゃて」
「べすとかっぷるっちゅうやつじゃな!」
「露骨過ぎる! 全員目が泳ぎ過ぎだろう!」
全員が俺達から視線を逸らし、顔を手でパタパタと仰いだり、扇子のようなものを取り出してパタパタとやり始める。どこからか取り出したハンカチで汗を拭っている人までいる。
「言いたいことはいくらでもあるが、今更数百年前の話をしても仕方がないだろう」
「そうじゃそうじゃ! 若いもんは未来に向かって生きなきゃいかんぞ」
「捻るぞ」
「シルフィちゃんが反抗期なのじゃぁ……」
のじゃロリ長老が露骨な嘘泣きをする。他の長老もオイオイと嘘泣きを始める。
「真面目に」
「正直根切りに不備があるとは思わなんだ」
「丁寧に地下施設も地精にぶっ壊させたつもりなんじゃがのう」
「つまりじゃな、端的に言うとじゃ」
「「「てへぺろ☆」」」
長老衆の全員がばちこんとウインクをして舌を出す。その無駄に洗練された無駄のない一糸乱れぬテヘペロは一体どうやって成立しているんだ。練習でもしてるのかこいつら。
「よし、捻ろう」
「シルフィがんばぇー」
そしてシルフィがキレた。俺は部屋の隅に避難して銀色の疾風と化したシルフィを応援する。まるでヒーローショーを見守るお子様の気分だ。
「あああああ! シルフィちゃんいかんいかん! それはいかん!」
「わしらか弱い老いぼれじゃから! 過激なスキンシップはノーセンキューじゃから!」
「こりゃアカン! シルフィちゃんがガチギレじゃ!」
「いだだだだだだっ!? そこはそっちに曲がらんのじゃあぁあ゛ぁっ!?」
吹き荒れる暴力の嵐! 逃げ惑う老エルフ! そして捕まるのじゃロリ!
積もりに積もった鬱憤もあったのだろう。三十分も経過する頃には全ての長老がシルフィの手によって捕らえられ、まるで蓑虫のごとく樹から伸びた蔓に簀巻きにされて逆さ吊りにされていた。
「おろしてー」
「これはちょいと酷くないかのう……」
「至近距離で物理で来られるとどうしようもないのじゃ……ぶっ放して集会場を壊すわけにもいかんし」
「おい、良いのかシルフィ」
「何百年も前のことを穿り返す気は無かったが、あのふざけた態度が気に入らなかった。ついカッとなってやったが後悔はしていない」
そう言って長老衆を見上げるシルフィの口元は笑っていたが、目が笑っていなかった……実際コワイ。
騒ぎを聞きつけてきたエルフの村人達は逆さ吊りにされている長老衆を見上げて暫し呆然とし、そして薄笑いを浮かべているシルフィを見ると納得したように頷いて長老衆の助けを求める声をスルーした。そのうち酒とつまみを片手にブラブラと揺れている長老衆を見物する人や、どこからかイーゼルとキャンバスを持ち出して逆さ吊りにされる長老衆のスケッチを始める人まで現れ始める。
「村の珍事をこうして記録するのが趣味でね」
思わず目を剥く俺に絵描きエルフさんがそう言いながら木炭を使って物凄い手際でキャンバスに下書きを書いていく。神絵師かな?
「よし、帰るぞコースケ」
長老衆の醜態が村人エルフ達の衆目に十分に晒されたことを確認したシルフィが清々しい表情をする。
「イエスマム!」
俺はそんなシルフィに忠犬のように付き従い、家路につく。やはりご主人様には逆らってはいけない。俺は何度目になるかわからないが、再び心にそう刻みつけるのだった。
長老衆は書いてて楽しい_(:3」∠)_




