第012話~かしましい長老衆~
昨日はちょっと予定が入ってあまり書き進められなかったよ……ちょっと短いけど許してください!
次は建築しますから!!_(:3」∠)_
「やっと見えてきたな」
渓流を後にしてどれくらい経ったか。時間を確認してないからわからんな。とにかく、暗くなる前に俺達はエルフの里へと戻ってくることができた。この時間だとまだ拡張区画の工事は進行中のようだ。難民達から突き刺さってくる視線が痛い。
「疲れたか?」
「いや、身体の方は全然。ただ、警戒しながら森の中を移動するのは精神的には疲れるな」
「そればかりは慣れるしかないな」
シルフィが肩を竦めて先を歩く。今、俺の首には首輪こそついているものの、鎖はつけられていない。村に近づく前に大丈夫なのか聞いてみたのだが、なんとか上手くやるつもりだから気にするなと言われた。うん、ご主人様がそう言うなら信じるしかないな。
「おい、何故鎖をつけていない?」
程なくして拡張区画を抜けてエルフの里の門に着いたのだが、当然の如く門を守るエルフ兵に咎められた。ですよね。
「お前に話す必要性を感じんな。長老達に至急伝えることがある、邪魔をするな」
「穢れ持ちが偉そう――ッ!?」
話し合っていたと思ったら、急にシルフィが電光石火の右ストレートを繰り出してエルフ兵を殴り飛ばした。えぇ……動きに躊躇無さすぎで怖いんですけど。
「次にふざけた口を叩いたらぶち殺すぞ」
静まり返った中、底冷えするようなシルフィの冷たい声が響く。ヒェッ……漏れそう。
「行くぞ」
「アイアイマム」
ビシッ、と敬礼してから歩き出したシルフィの後を追う。もう何度目かわからんが、絶対にシルフィを怒らせないようにしよう。
「なぁ、大丈夫なのかアレ」
少し歩いて先程の現場と距離が空いたので、小走りでシルフィに駆け寄って小声で聞いてみる。
「ふん、問題があったとしても奴らに何かができるわけもない。私が居なくなって困るのは奴らの方なのだからな」
「そうなのか」
うーむ、シルフィがこの里で絶大な権力を持っているというか、一目置かれていると言うか、アンタッチャブルな存在として扱われているのは何でなんだろう。ちょっと気になるが、デリケートな話題っぽいしなぁ。どの道今すぐ聞くべきことじゃないな。
「家に帰るってわけじゃないんだな」
「先にギズマが森に入り込んでいる件を里の長老衆に報告しなければな」
「なるほど」
シルフィの家の前を通り過ぎ、更に里の奥へと向かう。この辺りは人通りが殆ど無いんだよなぁ。エルフの皆さんは引きこもりなのだろうか?
「なんかでかい建物があるな」
「集会所だ。年寄り共が日がな一日集まっては茶飲み話をしているところさ」
皮肉げな笑みを浮かべてシルフィがズカズカと集会所の中に入っていく。別に守衛がいるわけでもないから誰にも咎められることがなかった。
「ほう、誰かと思えばお主か」
「なんじゃ、珍しいのう。年寄り嫌いのお主が二日連続でここに来るのは」
「ほほほ、明日は槍の雨でも降るかのう」
「縁起でもないことを言うものではない。今の状況だとあまり笑えんでな」
建物に入るなりそんな声が聞こえてくる。シルフィの陰からちらりと顔を出して中の様子を覗いてみると、そこはテニスコートくらいの広さがある空間だった。畳のようなものが敷き詰められており、天井はかなり高い。
声の主達は畳の上に座布団を敷いてお茶のようなものを飲んでいるエルフ達であったらしい。言葉遣いは年寄り臭いが、見た目にはそこまで老いているようには見えない。シルフィと同じくらいの見た目に見える人もいれば、子供にしか見えないような人もいる。ちゃんとお年を召した見た目の人もいるけど。
「お? 其奴が森に入ってきたという人間か?」
「ふーむ、魔力はほとんど感じられんのう」
「ほとんどというか、全く無いのではないか?」
「珍しいのう、欠片も魔力を持たぬ者とは」
「魔力を持たぬ者じゃと?」
「まさか稀人か?」
なんかかしましいな。ええと、座ってるのは七人で、後は仕えるかのように少し離れているところに立っているのが四人。全部で十一人のエルフがここにはいるようだ。
男性は一人だけで、後は全て女性である。
「シルフィちゃん、その男は何者じゃ? 昨日は人間の男を拾ったから自分の奴隷にする、としか言っておらんかったの?」
「シルフィちゃんはやめろ。今日は報告があって来た。おい、アレの触角を出せ」
「あいよ」
俺はシルフィに言われるがままにギズマの触角を二本インベントリから取り出して渡す。
「森にギズマが入り込んでいた。懸念していた事が起きつつあるようだ」
「ふぅむ、やはりの」
「一匹入り込んできたのなら雪崩込んでくるのもそう遠い話ではないのう」
「里の防衛に徹すれば退けることは可能じゃろうて」
「獣人達はどうする? ちゃんとした壁がある里の中に収容するか?」
「現実的ではないのう。防衛中は魔法畑の手入れも収穫もできん。あの者達まで食わせるのは無理じゃぞ」
「そうじゃな、無理に収容しても共倒れになるのがオチじゃろう」
「あの者達には今のうちにここを離れてもらうか、死を覚悟してここに留まるかを選んでもらう他あるまいな」
「元はといえばあの者達が撒いた種でもあるからのう」
ギズマの触角を見た老エルフ達が盛んに意見を交換し、対策について話し合うのをシルフィの後ろからボーッと眺める。彼らの言う事は実に合理的というか、正論というか、異論を差し挟む余地のなさそうな内容だった。
勿論、思うところが全く無いわけではない。何人居るのかわからないが、難民の数は相当なものだとおもう。恐らく一〇〇人や二〇〇人ではきかない数だろう。エルフの里を存続させるために彼らを見捨てるというのはあまりにも非人道的ではないか? と。
だが、一方で彼らエルフが難民達と共倒れする義理もないだろうなとも思う。難民達は着の身着のままでこの黒き森へと逃れてきて、特にこれといった対価を払うことも無くエルフの里に養われてきたのだ。しかも、ギズマの大繁殖が起こった原因も元はといえば彼等のせいである可能性が非常に高い。そこまで面倒は見きれないというのも頷ける話だ。
「ふーむ、防壁が完成しておればのう」
「そうじゃな。防壁が完成さえしていれば魔法畑を中に囲うこともできたのじゃが」
「今晩にでも難民の代表を呼んで話し合うしか無いのう」
「そうじゃの。それで、シルフィちゃんや。その男のことなんじゃが」
「シルフィちゃんはやめろ」
憮然とした表情でシルフィがちゃん付けで呼ぶのを再度咎める。しかしエルフの長老達は全くとりあう気配がないな。長老つええ。
「確か製鉄技術を持つ男で、利用価値があるから自分の所有物にしたいという話だったの」
「ああ」
「なんで一晩でまぐわっとるんじゃ? 手が早いのう」
「まっ!?」
突然の生々しい指摘にシルフィが耳まで真っ赤にして狼狽える。おお……いつも不敵でクールな印象しかないご主人様の珍しい表情だ。いいぞ長老達、もっとやれ。
「ほほっ。女はの、男を受け容れると魔力の質が少しだけ変化するんじゃよ」
「些細な違いじゃが、儂らには一目瞭然じゃわい」
「お転婆のシルフィちゃんにもやっと春が来たんじゃのう」
「でも儂はちょっと心配じゃぞい。奴隷にした男を無理矢理慰み者にするのはちょっと性癖が歪んどるじゃろ」
「人間はよくやるじゃろ。最近の流行りってやつなのではないか?」
「シルフィちゃんハイカラじゃのう」
「いや、それでもどうじゃろうかと思うが」
「子孫繁栄、結構なことじゃろ。何せメリナードの血統で無事なのははシルフィちゃんだけじゃからな。多少性癖が歪んでおっても問題ないわい」
言いたい放題言われてプルプルと震えているご主人様可愛い。それにしても、長老達の中に俺がシルフィを襲ったと思っている人は一人もいないようである。うん、まぁ仮に俺が筋肉モリモリのマッチョマンだったとしても本気で抵抗するシルフィをどうこうできるとは思えないし、妥当な判断なのかもしれない。
それにしても気になるワードが出たな。メリナードの血統ね。やっぱりシルフィはメリナード王国に縁のある人物だったわけだ。しかも、聞いた感じ王族の直系の血族っぽいよな。もしかしたらお姫様? シルフィエル姫って名前だけなら凄い可憐そうだよな。実物は間違いなく美人だけど強すぎる。
「さて、笑い話はここまでじゃの」
ひとしきり笑った後、急に長老達の放つ雰囲気が一変した。今まで朗らかに笑っていた長老達が急に真顔になり、得体の知れない重圧を放ち始める。
「メリナードの娘、シルフィエルに問う。その男は何者か、答えよ」
対するシルフィは物怖じせずに毅然とした表情で口を開いた。まだちょっと顔が赤いのはご愛嬌といったところだろうか。
「知らん。ただ、本人が話すには気がついたら荒野と森の境に立っていたそうだ。言葉は通じるが、コースケの話す彼の故郷の話はまるで聞いたことがない話ばかりだな。それこそ、まるでリースとは別の世界の話としか思えない」
「……なるほどのう。魔力無き者、狭間に現れ森の民を救う、か……今の状況を考えると出来過ぎじゃの」
「そうじゃな。だが、あの御方が遺した言い伝えじゃからの……さもありなんというやつじゃわい」
「ということは、稀人で決まりかの」
「そう考えざるをえんじゃろうな。信じるには証が足りぬが、状況を考えればの」
「ならば、その身柄は儂等が預かるべきなんじゃろうが……」
チラリ、と長老衆の一人が俺に視線を向けてくる。だが、シルフィはそれを遮るように俺をその胸に抱きしめた。うっひょう、柔らかぁい。いいぞ、とてもいいぞ。
「ダメだ。これは私のだ」
そしてこれですよ。キュン死しそう。
え? 状況を考えるにシルフィは俺を何かに利用するつもりで近づいたんじゃないかって? 別に良いじゃない。俺の稀人って属性と力目当てで近づいてきたんだとしても、こんなにしてくれるなら本望だよ。だからもっと俺を甘やかすんだご主人様。
「まったく。あの跳ねっ返りに似て強かじゃわい。操も捧げているとなれば無理に引き剥がすこともできんのう」
「しかしのう、どうする? 稀人とはいえ見た目は人間じゃ。難民も、若いエルフ達もそうそう受け容れることはできんじゃろうて」
長老の言葉に安心したのか、シルフィが俺を解放した。そのまま抱きついていたら頭を叩かれて引き剥がされた。そんな、ひどい。
「ならば受け容れられるようなことをさせるしかないじゃろ。上手く行けば里も守れる、難民も守れる。一石二鳥じゃ」
「なるほどの。シルフィちゃんや、わかったな?」
「ああ、承知した」
「儂等としても今の状況は苦しい。稀人がシルフィちゃんに従うというのであれば、我らもシルフィちゃんに力を貸そう。じゃが、それもその稀人が証を立てられたらの話じゃ。心してかかるが良い」
シルフィは頷き、踵を返して出ていってしまった。状況がよくわからないが、シルフィには伝わったらしい。まぁ、話の流れで俺もある程度は察しがついたけどさ。
「のう、お主よ」
俺も踵を返してシルフィを追おうとしたところで、長老衆の一人が声をかけてきた。流石に無視するわけにもいかないので、立ち止まって振り返る。どうやら声をかけてきたのは見た目が幼女っぽい長老のようだ。のじゃロリかぁ……いいね。シルフィには劣るけど。
「名前を聞いて無かったのでな。名前くらいは教えてくれるじゃろう?」
「ああ、俺の名前は柴田康介。コースケとでも呼んでくれ」
「そうか。コースケよ、シルフィちゃんを頼むぞい。あれは可哀想な娘でな」
「……できる限りはな」
こちらをじっと見つめてくるのじゃロリエルフに俺はそう一言だけ返してその場を去ることにした。できる限りはやるさ、できる限りは。自分の命を懸けてまで、っていうのは難しいと思うけどな。多分。