第127話~後方の査察(建前)~
アルファ砦に大型ゴーレム通信機を設置した俺達はすぐに次の目的地へと飛んだ。セキュリティ関係の指示はアーリヒブルグからすぐに指令が飛ぶだろうから、俺達はノータッチだ。何せ今の俺達は休暇中の身だからな。
「一応、後方の査察と新型通信機の配備、それと黒き森のエルフとの親善というのが建前だからな?」
「はい」
建前上はシルフィの言うとおりになっている。実質的には休暇だけど。
解放軍の指導者であるシルフィが後方の拠点に顔を出して様子をその目で確かめ、要処にゴーレム通信機を配備し、暫く直接言葉を交わしていないエルフの里の長老衆と会談をしにいく。
俺はその随伴。ドラゴンであるグランデと唯一コミュニケーションを交わせる存在で、その騎手であり、俺の能力を使えば物資の輸送も簡単だ。実際、俺は今回アーリヒブルグで調達した様々な作物や嗜好品、資材その他諸々をインベントリに格納して運んでおり、先程寄ったアルファ砦は勿論のこと、これから寄る予定であるオミット大荒野の中央拠点や後方拠点にも物資を放出していく予定である。
「暫く見てないからなぁ。後方拠点とかどうなってんのかね?」
「基本的にはのんびりと生活できているようだぞ。土地も広いし、食料や水の心配も無いからな」
「あそこにいる人達の大半は例の岩塩鉱山で過酷な生活をして弱ってた人達だからな……療養地として特化させるのが良いかもしれないな」
「脈欠から供給される魔力もあるし、療養地としてだけでなく技術研究の拠点や魔力結晶の産地としても成長させていきたいところだな」
「そういえば、周辺に遺跡も相当数埋まってるんだよな? 探索者の拠点としても良いかもしれないな」
そんなことを話しながら今度は中央拠点に寄る。
「お久しぶりです」
「なんか……逞しくなったな」
「ははは、逞しくならなければ死んでしまうので」
割とヒョロい印象だったサイクスが変貌を遂げていた。俺の記憶よりも身体が一回り……いや、二回りは身体が大きくなっているような気がする。これは過酷な環境にサイクスが適応したということなのか……凄いな亜人。
「逞しくなければ死ぬって……戦っているわけじゃないよな」
「戦っていますよ。ある意味」
「毎晩か」
「はい」
サイクスの目が急に光を失った。ここの研究開発部はある意味サイクスのハーレムみたいなものだものな……すまない、俺を含め殆どの男性があの時前線に出てしまったばかりに。
「……頑張ってくれ」
「ええ」
目が死んでいるサイクスに砕いて程よい大きさに加工してある魔煌石が入った巾着袋とミスリルのインゴットを渡しておく。今、サイクス達はゴーレム通信機の中継基地局とラジオ放送技術の研究を進めているはずなので、魔力の貯蓄、増幅能力がある魔煌石と良好な魔力導通能力を誇るミスリルは有用なはずだ。
サイクスには滅茶苦茶驚かれたが、作れるようになったと伝えたらまた目が死んでいた。
「コースケさんはどこに向かってるんですかね……?」
「ミスリルとか魔煌石を生むニワトリって言われたぞ」
「ああ」
納得された。別に『らめぇぇぇうまれるぅぅぅ』とか言ってミスリルとか魔煌石を生んでるわけじゃないんだけどな? 材料を元に作ってるだけだよ、作ってるだけ。そのレートが少々おかしいみたいだけど。
中央拠点で昼食を取ったら再度飛び、今度は後方拠点だ。
ここは一番最初に作った大型拠点で、収容人数は三〇〇〇人。現在実際に住んでいるのは一〇〇〇人にも満たない人数なので、かなり広々としている。
「しかし活気はあるな?」
「報告によるとギズマの襲撃も無いし、畑からは豊富に作物が取れる。脈欠から得られる無尽蔵な魔力を利用できる魔道具も普及しているし、かなり豊かな生活を送れているようだな」
「魔物除けの結界もあるものな。ここで生活している人の大半は例の岩塩鉱山で過酷な生活を送っていた人達だし、暫く療養してもらったほうが良いのかね?」
「現状は人手不足でもあるからいつまでもそうは言っていられないがな。体調の戻った者達は採掘や遺跡の探索をぼちぼち進めているようだぞ」
「なるほどなぁ」
初めて見るドラゴンの飛来に住人達は驚いていたが、やはりここにも通信を介して情報は共有されていたらしく、いきなり迎撃されるとかそういうことはなかった。
「姫殿下、よくぞおいでくださいました」
俺達を出迎えてくれたのは恐らく犬系か狼系の獣人と思われる代表の老人と後方拠点の住人達だった。
「出迎えご苦労。ドネル」
シルフィにドネルと呼ばれた老人はかつて高ランク冒険者として名を馳せていた傑物で、二十年前の戦争時には既に冒険者を現役引退してメリナード王国のとある街で冒険者ギルドの支部長をしていた人であるらしい。もうかなりの爺様だな。
今はその頃の経験を生かして後方拠点のまとめ役のようなことをしている。
「しかしドラゴンを手懐けるとは……流石はコースケ殿ですな」
「グランデは友達ですよ」
「なるほど」
別に手懐けてペットとか下僕にしたわけじゃないので、一応その辺りは訂正しておく。ぶっちゃけていうとメルティの暴力と俺の提供する食い物で釣ったわけだから、ドネル氏の言うように手懐けたという方が正確なのかもしれないけど。
「シルフィ、俺は物資を放出してくる」
「ああ、私はドネルと少し話してから行くよ」
シルフィと別れ、備蓄倉庫へと移動する。道すがら人々の様子を観察してみるが、どの住人も穏やかな表情で肌艶も良い。ここに最初に来た時は皆ボロボロで酷い有様だったから、ここでの生活で大分健康状態は良くなったようだ。
俺の存在に気づくと、皆で口々に謝意を表してくる。
「ありがとう、あんたのおかげでまともな生活が送れているよ」
「子供たちを育てるのに何の心配もない生活ができるようになったのはあなたのおかげよ。本当にありがとう」
「ここに来て父ちゃんの病気が治ったんだ。ありがとう、兄ちゃん」
かつては俺を警戒していた亜人の難民達も今はすこぶる友好的だ。こうして感謝の言葉をかけられると、今まで自分がやってきたことがこの人達を救うことになったのだと実感させられる。
まぁ、だからといって俺のやったことが正義なのかと言うと、世の中はそう単純なものではないよな。
俺は確かにここに居る亜人の難民達を救った。だが、その何倍もの聖王行軍の兵を殺し、その家族を不幸にもしているのだ。だから何だという話ではあるのだが、その辺りはしっかりと心に留めておくべきだろう。すべての物事が正義と悪ですっぱりと分けられるような世界なら楽なんだろうけどなぁ。
謝意を示してくる住人達に適当に対応しながら備蓄倉庫に物資を吐き出し、余剰の作物や生産物を格納する。後方拠点で作られているのは主に食料と、水車動力や魔力を利用した加工機械で作られた金属製の武器や防具、その他生活雑貨だ。
特に食料と金属加工品が多い。聞いてみると、食料は俺の耕した畑から収穫したもので、今の所その収穫量に衰えは出ていないらしい。すげぇな農地ブロック。一体どうなってんだろうか。
あと、金属加工品は近くの採掘場から掘ってきた鉱石を魔力を使った大型炉で大量に精錬し、更に水車動力や魔力動力のハンマーで鍛え上げた品であるらしい。俺が見る限り、どれも品質が良さそうだ。
今は鉱石精錬の際に魔力を添加して魔鉄や魔鋼を大量生産する試みが進行中だとか。それが実現すれば解放軍の装備の質がもう一段向上するな。
それと、魔力結晶もかなりの数が備蓄されていた。これは製造機さえ作れば稼働させているだけでどんどんできるので、今も製造機を増産中らしい。魔力結晶はエンチャントの触媒としても使えるし、魔石や魔晶石と同じように魔道具の動力としても使えるからな。モノとしては魔石と違って加工して魔晶石にはできないが、魔石よりも高出力で安定した魔力源として利用できるらしい。
俺には違いがよくわからないが、魔石や魔晶石とはまた違った需要があるものなのだそうだ。
物資の放出と格納を終えると、丁度シルフィもドネルとの会談が終わったところだった。あとは予め用意されていた場所に大型のゴーレム通信機を設置し、動作確認を終えたら最終目的地である黒き森へと移動する。
エルフの森に帰るのは久しぶりだな。恐らくそう大きくは変わっていないんだろうけど、あの家に帰ることが出来るのは実に楽しみだ。着いたら数日はシルフィと二人でのんびりとすることにしよう。




