第126話~空をゆく~
翌朝、俺とシルフィは旅の準備を整えてグランデと一緒に朝食を取っていた。
「今日はちーずばーがーだな」
「おう。朝から少し重いかもしれんが、飛ぶのにカロリーを使うだろ? やっぱチーズがあったほうがカツンと来て腹にたまるからな」
「なるほど」
グランデが俺の言葉に頷き、グルグルと喉を鳴らす。それを見上げながらチーズバーガーを頬張る俺の横で、シルフィはなんとも言えない表情をしていた。
「私からするとただ唸っているだけにしか聞こえないんだが、会話が成立しているんだな、それで」
「成立しているんだ、これが。グルグル唸っているのに重なって女の子の声が聞こえるんだよ。俺の言葉はそのまま通じているみたいだしな」
「不思議だな……そう言えば、コースケはそもそも私達と同じ言葉を喋っているわけではないのだったか」
「そうだな。俺は俺の国の言葉を喋っているつもりだよ。シルフィ達の言葉は俺の国の言葉に聞こえるな。グランデと同じだな」
「ふぅむ、なるほど……もしかすると、お互いに言葉が通じないだけで、本当は話し合えるような種族もいるのかもしれないな」
「ちなみに、ゴブリンはダメだったぞ」
「ダメだったのか。いかにもそれっぽいのに」
「全然ダメだった」
汚い鳴き声にしか聞こえなかったからな。あいつら、粗末ながら道具や武器を使う知恵があるっていうのに、なんで対象外なんだろう? 不思議だな。わざわざ研究する気は起きないけど。
「コースケ、今日はどこに飛べば良いのじゃ? 真っ直ぐ黒き森に飛んで良いのか?」
「いや、まずはオミット大荒野との領域境にある砦に向かってもらいたい。そこに大型のゴーレム通信機を置く必要があるんだ」
「ふむ……恐らくだが、知っていると思う。荒野のすぐ近くにある人間の兵士がいっぱいいる施設じゃよな? 黒き森から出てきた時に見たぞ」
「そうそう、それだ。三つあるんだが、そのうちの真ん中の砦に設置したいんだよ」
「多分大丈夫じゃ。その後は?」
「砦に通信機を設置したら今度はオミット大荒野の中心部辺りにある拠点だな。そこに設置し終えたら黒き森に向かう」
「ふむ、なるほどの。そのつうしんき、というのは何じゃ?」
「遠くに居ても互いに話すことが出来るようになる装置だな。狼煙を魔法的に滅茶苦茶発達させたものだと思えばいいぞ」
「ほう……どういう仕組みなのじゃ?」
俺の説明にグランデはとても興味を惹かれたようだった。心なしか、目がキラキラと輝いている気がする。珍しくぐいぐい来るな?
「あー、俺もそこまで詳しくはわからんが、魔力の波長で作った暗号を魔力で飛ばして、予め暗号を覚えさせてあるゴーレムに翻訳させて言葉に変換し直す感じだな。今度詳しいことがわかる人を連れてこようか?」
「そうじゃの……そうしてもらおう。その暗号が妾に理解できれば、妾も人間と話せるようになるかもしれん」
「……なるほど、それは確かに。上手くすれば翻訳機みたいなものも作れるかもしれないな」
「ほんやくき?」
「お互いの言葉を自動的に翻訳してくれる機械だよ。ドラゴンの言葉を人族の言葉に、人族の言葉をドラゴンの言葉に、って感じでな」
「そんなものが出来たら便利じゃのう」
グランデがびったんびったんと楽しそうに地面を尻尾で叩く。そんなものが出来たら実に画期的だよな。ドラゴンと話せるようになる機械とかロマンの塊だぞ。
「コースケ、随分とその竜に心を許しているみたいだな?」
「うん? そうだな。グランデは友達だからな。最初は見た目が怖いと思っていたが、慣れてみると可愛いく感じてきたし」
見た目は凶暴そうだけど、よく見てみると仕草がなんか可愛いんだよな。どんなに大きくても、凶悪そうな見た目でも日向ぼっこしてのんびりしたり、ごろごろしたり、あくびをしたり、両手でハンバーガーをモッモッって感じで食べているのを見ていると可愛く思えてくる。不思議。
「いかに恐ろしいと言われる竜でもコースケから見ればペットも同然か」
「人聞きの悪いことを言うなよ。グランデは友達だよ、友達。な?」
「うむ。コースケは妾の友達じゃ。良くしてくれるしの」
グランデがもぐもぐしながら頷く。これでグランデがのじゃロリ竜娘にでも変身したらまた嫁が増えそうだが、アイラに聞いてみたところ竜がそのような変身をするなんて聞いたことがないし、身体の大きさや形を大きく変えるなんていくら魔法を使ってもできるとは思えないと言っていた。
つまり、のじゃロリ竜娘の出現フラグは無い。神様が奇跡でも起こさない限り。あと、俺が何か余計なことをしない限り。
俺の能力って完全に奇跡寄りだから、何かの間違いで人化薬とかそういった類のアイテムを作りだしてしまう可能性がゼロではないんだよな。魔法では無理でも、奇跡ならあり得るというわけだ。
確かに、人ならざる存在が人になるなんて奇跡以外の何ものでもないよな。
「うむ、美味かった。そろそろ飛ぶか?」
「そうするか。シルフィも大丈夫か?」
「ああ、覚悟は出来たぞ」
「大丈夫、そんなに怖くないから。着陸する時だけちょっと怖いけど、それだけだから」
「急降下はしないようにする」
グランデが頷く。うん、何が怖いって降りるときがホント怖いんだよ。お腹がぞわぞわするというか玉ヒュンになるというか……わかるだろ?
「今回は専用の鞍も作ったからな」
グランデの狩ってきたワイバーンの皮革を対価にアーリヒブルグの革職人に立派な鞍を作ってもらったからな。サイズを測る時に怖くて泣きそうになっていたが、ワイバーンの皮とドラゴンの鞍を作るという功績の大きさの前にはその恐怖も些細なものであったようだ。
流石にワイバーンの皮を鞣すのは間に合わないから、既にあった在庫の革で仕立ててくれた。そのうちワイバーンの革製のものも作ってもらうかね?
「鞍の装着よし。グランデ、苦しかったり動きにくかったりしないか?」
「大丈夫じゃ」
「よし。シルフィ、乗るぞ」
「ああ、わかった」
石材ブロックを積んで簡易的なタラップを作り、グランデの背中に乗り移る。
「ほら、シルフィ」
「うん、ありがとう」
先にグランデの背中に乗った俺がシルフィの手を取って鞍の上に迎え入れる。グランデの鞍はなんというか……なんだろう、これは。
バイクのシートのような出っ張りがあって、そこに腰掛けるようになっている。出っ張りは全部で五つあり、定員は五名。姿勢を安定させるための鐙と、身体を固定するためのベルトも人数分用意されていて、人が乗れない側面のスペースには荷物を固定するためのベルトも多数装着されているな。
なんとかしてグランデとコミュニケーションを取れるようになれば、俺以外の人でも五人までは荷物を持って移動できるというわけだ。耐久力とかも計算上は問題ないはずだが、念のためにグランデの身体の突起にもロープをかけて命綱をつけておく。万一高空から落ちたら俺もシルフィも助からないからな。
シルフィには魔法があるし、俺も藁ブロックを使えばワンチャンなんとかできるかもしれないが、用心はするに越したことはない。
領主館を出る時に皆には見送ってもらったので、離陸を見に来ている人はいな――いや、ハーピィさん達が城壁の上から俺達を見守ってるな。他にも何人かいるみたいだ。
「いってきまーす!」
「行ってくる。後を頼んだぞ!」
俺とシルフィが大きく手を振ると、城壁上のハーピィさん達や他の人達もそれに応えて翼や手を振り返してくれた。
「よし。グランデ、頼む」
「うむ、大丈夫そうだな。念の為しっかりと掴まっているのだぞ」
グランデは長い首を曲げて俺達の準備が整ったのを確認した後、咆哮を一つ上げてから助走を始め、翼を大きく広げて飛び立った。
空に浮かび上がる瞬間、グンと身体が押さえつけられるような感覚がした。どうやら無事離陸したようだ。
「おお……これがドラゴンの背から見る景色か。凄いな、これは」
「本当に凄い眺めだよな。見てるだけで飽きないぞ」
グランデの飛行高度はあまり高くない。本来はもっともっと高く飛べるらしいのだが、いくらグランデが魔法で守ってくれるとはいえ、あまり高いところを飛ぶとグランデはともかく背中に乗っている俺達には辛いからな。
「速いな……このペースだと砦にはすぐに着きそうだ」
「曲がりくねった道を行く必要もないし、起伏も関係ないからな。やっぱ空を飛ぶのは地面を歩くのとは比べ物にならないくらい速いよな」
やっぱりグランデの移動能力と輸送能力は戦術レベルではなく、戦略レベルの武器になりうるなぁ。今の解放軍はゴーレム通信機によって情報面でのアドバンテージを取っているけど、移動面に関しては聖王国軍と大差はない。武器に関しては現状でも過剰なくらいのアドバンテージがあるわけだし、まだ実戦投入していない隠し玉もある。
俺が次に手を付けるべきなのは足回りかもしれないな。バイクや自動車、それに類するような高機動な移動手段の開発。これが解放軍を更に強化する決め手になるかもしれない。
まぁその、武力だけ強くしても仕方ないんだけどね? 今は事実上の休戦状態にあるわけだし。ただ、俺は外交方面で知恵を貸すのは無理だからな……俺は所詮しがないゲーム好きの元会社員である。歴史や戦史に詳しいわけでもないしな。
でも、高機動な移動及び輸送手段というのは軍事的な意味だけでなく経済的な意味でも恩恵が大きいはずだ。物流が改善されればもっと取引が活発になって経済も発展するはずである。馬車商人や馬商人、乗合馬車の運営者などの既得権益者との兼ね合いをどうするかという問題はありそうだけど。
「コースケ、そろそろ着きそうだぞ」
「え、マジ? 早くない?」
少し考え事をしている間にもう砦が近づいてきたらしい。
「地形を見ていたから間違いないと思う。グランデの翼は本当に速いな」
「そうだな。これはグランデへのお礼を奮発しないといけないな」
「ふふ、そうだな。一方的な搾取ではなく、ギブ・アンド・テイクの関係が大事だものな」
鞍の上では後ろを向くことは出来ないが、シルフィが笑ったのが伝わってくる。
「だな」
シルフィの言葉に俺は頷く。一方的な搾取をするだけの関係なんて本当に長続きしないものだからな。短期的には得をするかもしれないけど、長期的に見ると大体損をすることが多いと思う。
まぁ、互いに利益を得られる関係を構築しようとして両者共倒れなんて展開も有り得るんだろうし、それが全てとは言えないと思うけど。
「そうなると、私はコースケにどれだけお返しをしなきゃならないのか……ふふ」
「別にいいよ。シルフィと一緒にいられるならそれで」
「そういうわけにもいかないだろう。それは私も望むところなのだから、コースケの働きの対価には見合わないよ」
「それは困ったな」
「ああ、困った」
困ったと言いながら背中で笑う気配がする。後ろからするりと腕が伸びてきて、俺の身体を抱き竦めた。シルフィの腕から彼女の体温が伝わってきてなんだか安心する。
「……良い雰囲気のところ悪いがの、そろそろ着陸じゃぞ?」
「お、おう。いつでも始めてくれ」
「す、すまない」
グランデに急に声をかけられて思わず焦る。完全に二人の世界に入ってましたわ。もうすぐ着陸だってわかってたのに。
「では、ゆくぞ。しっかり掴まっておけよ」
グランデが着陸のために降下を開始する。
ちょ、グランデさん? 降下の角度がきつすぎません? ちょ、待って。待て。
「うおわああああぁぁぁぁ……」
「ひいやああぁぁぁぁぁぁ……」
グランデさんの降下は実にファンタスティックであった……背中でイチャついたのが良くなかったんだろうか? 今度から気をつけよう。