第125話~ゴーレム作業台の完成~
「つらい」
「大丈夫か? 尻尾触るか?」
惨劇の一夜空けて更に三日後の朝、精も根も尽き果ててグランデの朝飯を用意しに行ったらグランデに滅茶苦茶心配された。うん、気遣いは有り難いけどそのゴツゴツの尻尾を触ってもまったく癒やされないな。気持ちだけはありがたくもらっておこう。
「お主のつがい達はもうちいとばかし手加減というものを知るべきであると思うのう」
「加減はしてくれていると思うぞ」
ハーピィさん達は数が多すぎるだけで。メルティは照れ隠しなのかなんなのか、とっても大変だったけどアイラは優しくしてくれたしな。というか、お姉ちゃんプレイが気に入ったのかなんなのか最近二人きりで仲良くする時のアイラはいつもそんな感じである。
「というか、心は満ち足りているんだ。皆優しくしてくれるしな。身体が辛いだけで」
「なるほど……妾の血、いるか?」
「大丈夫だ。そんなに軽々しくグランデに痛い思いはさせたくないし」
「……そうか」
グランデがハンバーガーを頬張りながらビタンビタンと尻尾で地面を叩く。今日もグランデはハンバーガーのおかげでご機嫌のようだな。
俺の身体の辛さだって体質上少し休めば治るからね。そんなに深刻な問題ではない。ああ、そうだとも。深刻な問題ではない。少なくとも寝ようと思って寝た記憶がないとかそういうレベルではないからな。朝起きたら体温高めのアイラがくっついて寝ていたり、ハーピィさん達の天然羽毛布団に包まれていたりするのはとても幸せだ。
ただ、メルティには少し手加減をして欲しい……あれで初心というのかなかなか慣れないというのか……テンションがおかしくなってるんだよな、彼女は。もう少し落ち着いてもらうか、俺がうまく制御できるようにしないといけない。まぁ、最初はシルフィやアイラもそんな感じだったし、いずれ慣れるだろう。
「それで、出発はいつになるのじゃ?」
「明日の朝だな。朝飯食ったら飛んでもらうことになる。途中、何箇所か寄ってもらうことになるぞ」
「それは構わぬぞ。妾も小さきもの達の住処を間近で見るのは興味深いからな」
「近づいたら大事だものな」
「そうじゃぞ。魔法や矢や投げ槍が飛んでくるからな。殆ど効かないが、たまに痛かったりするから近づくのは面倒なのじゃ」
グランデがグルグルと喉を鳴らす。最近疲れているとこうやってグランデと話をしてることが多い気がするな。これがペットセラピーというやつだろうか。愛玩動物にしてはちょっとデカすぎるな、グランデは。
「とりあえず、そういうことだから明日は頼むぞ」
「うむ、また夕方にな。今日は何を狩ってくるかのう」
グランデと別れて研究開発部に向かう。この三日でゴーレム作業台を作る目処も立ったので、出発前になんとか完成させておきたいんだよな。
☆★☆
結論から言うと、ゴーレム作業台の作成は大詰めを迎えていた。
「これが新開発の魔煌石リアクター」
「おおっ……箱だな」
アイラが取り出したのは白銀色に輝く立方体だった。丁度ルービックキューブくらいの大きさで、アイラでも片手で無理なく持つことが出来るような大きさだ。
「うん。でも中身はすごい。純ミスリル製の魔法回路と三つの大型魔煌石を内蔵している。外装もミスリル製。金銭的な価値だけでも計り知れない」
「そうだろうな」
大型魔煌石というのは俺が最初に作ったピンポン玉くらいの大きさの魔煌石のことだ。一つでも国が買えるレベルのものがあの中に三つ入っていると考えるとその価値は確かに計り知れまい。しかも、中身にも外装にも純ミスリルをふんだんに使っているのだ。国宝レベルというのもおこがましいようなブツだな。
「それよりなにより凄いのはその性能。それは魔力を無尽蔵に生み出す」
「おっかないな」
「そう、おっかない。使い方を誤れば広範囲が吹き飛ぶ。爆心地を中心に徒歩四日以内は更地になる。そんな爆発が起こったらどんな影響をこの世界に及ぼすか……」
「本当に怖いなオイ」
徒歩一日って概ね30kmくらいだろう? 四日以内ってことは半径120kmが吹き飛ぶのか? それって世界が滅びない?
「なんか急に持っているのが怖くなってきたんだが」
「もう渡した。受け取らない」
アイラが両手でばってんを作って身を引く。よく見れば他の研究開発部の面々は部屋の隅に固まっていつか作った鍋シールドを構えている。いや、そんなもん構えても、もしこいつが爆発したら障子紙ほどの守りにもならないだろうに。
「それにしてもこんな物騒なものじゃなく、もう少しライトなものを作れたんじゃないのか?」
「そこに最高の材料があれば最高のものを作りたくなるのが錬金術師の性というもの」
「さよか……」
鍋シールドを構えている面々に目を向けると、盾の隙間から親指を立てた手がニョキニョキと伸びてくる。揃いも揃って病気だな!
「とにかく、俺のインベントリに入れておけば滅多なことにはならないだろう」
「うん。よろしく」
「おう」
魔煌石リアクターをインベントリ内に入れた。特に異変は起こらないようだ。魔煌石リアクターをインベントリに入れた瞬間魔力に目覚めたりしないかな? と少し期待していたんだが、世の中そう上手く行くものではないらしい。
「それで、こいつを材料に改良型作業台をアップグレードできないか試してみるってことだな」
「うん、そう。どれだけ高性能なゴーレム作業台を作ってもコースケが使えないのなら意味がない。そうなると、やはりコースケが使う作業台はコースケ自身がアップグレードしなければならないのだと思う」
「そうなるよなぁ」
でも、そう考えると不思議なんだよな。エルフの里で過ごしていた頃、メルティが持ってきた石臼で穀物粉を引けたんだよな。あれはOKでゴーレム作業台はNGというのはどういう理屈が働いているんだろうか? ううむ、わからんな。
「とにかくやってみるか」
「ん、それがいい」
改良型作業台をインベントリから取り出し、メニューを開いてアップグレードの項目を探す。
・改良型作業台アップグレード――:魔力炉×1 魔力付与された木材×10 魔力付与された粘土×20 魔鉄×5 魔鋼×10 ミスリル×20
「きた! アップグレードきた!」
「良かった」
思わず声を上げて喜ぶ俺にアイラが笑みを浮かべる。やっとだよ! 材料もなんとか揃いそうだし、これでようやく作業台をステップアップさせられるな。
ミスリルの要求量が少々多いが、この前やったミスリルツルハシの試掘で確保した分も合わせれば問題ない。魔化素材の類も付与作業台を作った時にある程度量産しておいたから問題ない。
「よし、早速アップグレードするぞ!」
「ん、楽しみ」
「あ、光るだろうから気をつけろよ」
「対閃光防御する」
そう言ってアイラは愛用の三角帽を頭からすっぽりと被って顔を隠した。可愛いなおい。
「よし、行くぞ!」
アップグレードの項目を選択した瞬間、激しい閃光が迸った。何か強力な衝撃のようなものも走ったような気がするが、錯覚だったのだろうか? 特に研究開発部の備品などが散乱しているような様子はない。様子はないのだが……。
「きゅう……」
アイラが仰向けに倒れて目を回していた。部屋の隅で鍋シールドを構えていた研究開発部の面々も何人かは目を回して倒れているようだった。
「ど、どうした!? 大丈夫か!?」
「だ、だいじょうぶ、すごい魔力波が発生してびっくりしただけ」
「魔力波」
今までのアップグレードでは物凄い光は出るものの魔力の類は観測されなかった筈だが……魔煌石リアクターの影響だろうか? 考えられるのはそれくらいだよな。
「それよりもコースケ、新しい作業台をチェックするべき」
「お、おう……本当に大丈夫か?」
「大丈夫」
自分の足で歩いて手近な椅子に座ったアイラを見て一応安心する。怪我とかをしているわけでも、気分が悪くなったりしているわけでも無さそうだ。
「どれどれ……ほほう」
見た目は非常にメカニックな仕上がりだ。実際に駆動する部分はゴーレムで出来ているためか土の色がそのままだが、作業台の各所を補強している素材は魔鉄や魔鋼で出来ており、鈍い光を放っている。そして肝心の切削加工などを行う部分に関してはミスリルをふんだんに用いているようだった。
例えば実際に加工品を削るための刃や、加工品を固定するための台、それに駆動部分などは耐久性の高いミスリル製のようである。
クラフトメニューを開いてみる。
「思ったよりは増えてないようだな?」
クラフトできるものの数はあまり変わっていないように見える。実際に何か作ってみるか……時間がかかって面倒な機械部品とか。通常の作業台だと一個あたり三十秒くらいかかる面倒くさい品なんだが、どうなるかな。
「……おお!」
一個あたりの作成時間が二秒を切ってるな。作成時間の減少効果が著しいぞ、これ。今まで加工に時間がかかっていたアイテムがより早く、大量に作れそうだ。
「使い勝手はどう?」
椅子に座ったままアイラが聞いてくる。
「かなり良いな。作業効率が段違いだ。材料さえ揃えられれば銃弾も大量生産できそうだ」
今までは火薬の材料になる硝石の入手がネックだったのだが、アーリヒブルグのような大都市ならおトイレの土にも困らない。銃弾のクラフト時間が大幅に削減できるなら、大量生産も夢じゃないな。するかどうかは別として、だけど。
「アイテムクリエイションの自由度も上がっているかもしれないな。うーん、試したいことが多い! 実に楽しそうだ! ありがとう、アイラ」
「ん、良かった」
アイラが言葉少なにそう言って頷き、微笑みを浮かべた。
これはまた近い内にアイラに何かお返しをしなきゃいけないな。シルフィとの旅行中に何かアイラが喜びそうなお土産を用意してくることにしよう。
アイラの微笑みを眺めながら俺は心の中でそう決めるのだった。




