第124話~Here's Johnny!(笑顔)~
さて、俺とシルフィが二人きりのイチャつき休暇を得るために出された条件は三つだ。
一つはシルフィ自身が処理しなければにっちもさっちもいかない案件を片付けること。これはメリナード王国南部を安定統治するための諸業務やアドル教懐古派との折衝などだな。ただ、これに関してはメルティ達にある程度委任することも出来るので、作業量は大したことがない。
もう一つはいざという時に連絡を取れるようにする体制づくりだ。一週間は二人きりで過ごしたいわけだが、いつ何時シルフィや俺の力が必要になる時が来るかはわからない。そういうときに緊急連絡を取るための手段が必要だ。
これに関しては俺がメリネスブルグで作った据え置き型の大型ゴーレム通信機を使うことによって解決できそうだった。なんなら今はミスリルも魔煌石も豊富にあるわけで、超高性能なゴーレム通信機を作ることだって可能なのだ。これは高性能ゴーレム通信機の開発を研究開発部にぶん投げた。ミスリルと宝石と魔煌石を少々多めに提供したが、これは決して賄賂などではない。いいね?
並行して大型のゴーレム通信機も作業台で数台クラフトしておく。これをいくつかの拠点に置いておけば緊急連絡網に関しては問題あるまい。ゴーレム通信機自体が機密性の高い装備だからどこにでもポンポン置くというわけにもいかないけど。
そして最後の一つが。
「一週間ほど旅行に行くとな」
「うん。シルフィ……俺の嫁と二人でイチャつき旅行をしようかと」
「それで、その間は妾にごはんを提供できないと」
「そうなるな。勿論、その間は働く必要なんてないから好きにしてくれて良いんだが」
「ふむ……」
グランデを説得することであった。本来世話をする俺がいなくなるわけだから、ホストである俺が彼女に話を通すべきだろうというのがメルティの主張であった。まったくそのとおりである。
「このところ働き詰めでな。労ってやりたいんだよ」
「なるほどのう……まぁ、それは良いのじゃが。お主、どこに行くのじゃ?」
「まだ決めてないが……」
本当は黒き森にでも帰ってエルフの里のシルフィの家で二人でのんびりしたいんだが、休暇が一週間だと全力で移動しても帰るだけで休暇が終わりそうだな。
「ふむ……そう言えばお主、前に黒き森に飛んでもらうこともあるかもと言っていたな?」
「ああ、あそこにはエルフの里があるからな。俺達は元々そこから出てきたんだ」
「ならば、黒き森に行くのはどうだ? 妾が連れていってやろう」
「良いのか? それは助かるが」
黒き森ならシルフィもゆっくり出来るだろう。長老衆やエルフの里の友人とも積もりる話があるだろうし、あそこにはシルフィの家もある。
「妾も里帰りをしようと思ってな。それに、近所にいるなら変わらずはんばーがーを食えるであろう? それとほら、あの……ふわふわの」
「ホットケーキ?」
「そう! それじゃ! 良いじゃろ? な? な?」
「まぁいいけども」
この前の採血のお礼に特大ホットケーキ(クリームといちごジャムたっぷりのせ)をグランデに食わせたのだが、彼女はそれを大いに気に入ったようだった。ハンバーガーと同じか、それ以上に。
「シルフィ達に相談してみる。グランデは俺とシルフィを載せて黒き森まで飛んで、連れ帰ってきてくれる。そういうことでいいんだな?」
「うむ、良いぞ。向こうにいる間もちゃんとはんばーがーは頼むぞ」
「わかったわかった。それくらいならお安いごようだ」
コミュニケーションが取れる俺がいない状態でアーリヒブルグに置いていくよりは心配しなくて済むな。メルティ達としても安心だろうし、グランデは良い提案をしてくれた。早速シルフィ達に相談しに行くことにしよう。
☆★☆
「なるほど、黒き森ですか。グランデさんも連れて行ってくれるのは助かりますね。不測の事態が起こらないとも限りませんし」
早速メルティに相談しに行くと、メルティはグランデの申し出に好意的な反応を返してきた。
メルティの言う不測の事態というのは、俺がいない間にグランデとアーリヒブルグの住人の間で何かしらのトラブルが起こったりすることであろう。何かの拍子にグランデが暴れでもしたら大惨事だからな。
まぁ、グランデは暴れる前に地中深くに潜って逃げたり飛んで逃げたりしそうだが。あれで割と臆病だし、普通に頭も良い。暴れて徹底的に破壊を撒き散らす前に逃げるだろう。
「シルフィも良いか?」
「ああ、勿論だ。久々にエルフの里に帰るのも良いだろう」
執務机に着いて何かの書類に目を通していたシルフィも穏やかに微笑む。
俺が休暇を要求してからというものの、シルフィの機嫌は非常に良い。執務中もニコニコしながらいつもよりかなり速いペースで書類を処理しているらしい。彼女も俺との休暇を楽しみにしてくれているようだ。
「あと、メルティにちょっとプレゼントがあるんだが……今、時間は大丈夫か?」
「はい? 私にですか? 時間は大丈夫ですが……」
「それは良かった。ちょっとそこのソファに座って楽にしてくれ」
「???」
メルティは首を傾げながらも素直に執務室に置かれているソファに腰掛けた。俺はその背後に回り込み、彼女の頭をさわさわと撫でる。
「こ、こーすけさん?」
「事後承諾ですまん。ちょっと触るぞ」
「それはいいですけど……んっ」
ザラリと硬質な感触を指先に感じる。これだな、メルティの角の生え際は。髪の毛を掻き分けて左右の角の付け根を露出させる。
「コースケさん、そこはちょっと敏感で、あまり……」
「すまん、少し我慢してくれ」
「は、はい……んんっ」
指先で角の付け根を触る度にメルティが悩ましげな声を上げて身を震わせる。これは医療行為であって卑猥は一切ない。良いね?
「少し刺激があるかもしれない。我慢してくれ」
インベントリから取り出した試験管のような形の薬瓶を傾け、メルティの角の付け根に琥珀色に輝く液体を垂らした。
「刺激って何を――ふああぁぁぁぁっ!?」
しゅわわわわ、と炭酸が弾けるような音を立てて垂らした液体がメルティの角の付け根にしみこんでいった。次は反対側。
「ひああぁぁぁぁっ!?」
おなじくしゅわしゅわと音と立ててリジェネレーションポーションがメルティの角の断面にしみこんで消えていく。うーん、これどういう構造なんだろうな? メルティの頭蓋骨とかどういう形になっているんだろうか? とても気になる。
「どうだ?」
「あっ……あぁ……」
メルティは顔を真赤にしてプルプルと震えていた。これは予想以上の刺激だったようだ。大丈夫だろうか? というか、こんな場所に薬をしみ込ませたりしたら脳にも何か影響が出たりしないのか? 心配になってきた。
「お、おい、大丈夫なのか?」
心配になったのか、執務机から様子を見ていたシルフィも慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「アイラの話では動物実験の結果も問題なかったし大丈夫って話だったんだが――」
「んっ……にゃあぁぁぁ!?」
メルティが叫ぶと同時にメルティの頭に角が生えてきた。すぽんっ、て感じで。
え? マジ? そういう治り方なの? もっとこう、徐々にググググッって伸びてくるとかじゃないの? すぽんっ、てお前。
「はっ、はっ、はひぃ……ひあぁぁぁぁ……」
「だ、大丈夫なのかこれは」
「すまん、わからん」
角が綺麗に生え終わったメルティの様子が尋常じゃない。人様にはとても見せられない表情でビクビクと震えながら悶えていらっしゃる。
「メ、メルティ? 大丈夫か?」
「らめれすぅ……つの、つのがびんかんすぎて、ちょっとうごかしてくうきにふれるだけで……」
「なるほど……ふー」
「ひああぁぁぁぁっ!?」
ちょっと悪戯心が湧いてメルティの角にそっと息を吹きかけてみたのだが、その反応は正に激烈であった。これは面白――いやヤバいな。復讐が怖すぎる。今はこんな状態だが、そのうちに慣れてくるだろう。そうしたらメルティは俺に対してどのような行動に出るだろうか? オラ怖くなってきたぞ。
「ええと……シルフィ、後は任せた」
「なっ!? ちょ、ちょっと待てコースケ!」
「うぅぅぅぅぅぅ……」
慌てるシルフィと恨めしげな視線を送ってくるメルティを執務室に置いたまま俺は脱兎のごとく走り出す。逃げるならメルティが身動きの取れない今しかない。魔神種からは逃げられないらしいが、今なら逃げられる! ほとぼりが冷めるまで逃げよう。距離を空けて地下に潜ってしまえばいくらメルティと言えども俺を追跡することは出来ないはずだ。
☆★☆
ガァンッ! ガァンッ! と鋼鉄製の扉を叩く音がする。一撃ごとに鋼鉄製の分厚い扉が歪み、ひしゃげる。
嘘だ、嘘だ嘘だッッッ!! なんでここがわかったんだ!?
バキィッ! と音を立てて鉄製の扉が貫かれた。拳で。
俺は恐怖のあまり咄嗟にミスリル製のナイフを手に取り、扉から離れる。ああ、後ろは壁だ! まさか見つからないだろうと思っていたからあの出入り口以外に脱出口はない。い、今からでも脱出口を――拳が扉の外へと戻っていき、そこから悪魔が顔を覗かせる。
「お客様ですよぉ、コースケさぁん」
「キャアァァァァァッ!?」
魔神種からは逃げられない。俺は高い代償を払うことになった。
「いいの?」
「休暇で一週間独占するわけだしな。明日はアイラ、その次はハーピィ達で二日だ。私はその間にエルフの里に帰る準備をしておくよ。それに、メルティのあれは照れ隠しだよ」




