第122話~ためしてみよう!~
「これはひどい」
「たしかにこれはひどい」
目の前に広がるのは広大な耕地。正確に測っていないからどれくらい広いのかはわからないが、多分横幅20m、奥行き50mくらいは耕されていると思う。
「は、畑が……?」
「え? 一振りで? え……?」
後ろで俺とアイラの様子を窺っていた農民の方々が唖然とした声を上げている。うん、わかる。
「小石とか岩とか低木とかその他諸々はどこへ……?」
多分全部耕されたんじゃないかな。
「前はもっと小さかった」
「範囲拡大のエンチャントが入ったからだろうなぁ」
そう言って俺は燦然と光り輝くミスリル製のクワに目を向けた。
・ミスリルのクワ+9(自動修復、効率強化Ⅲ、範囲強化Ⅲ)
どうも魔煌石を使って採取道具にエンチャントをすると自動修復と効率強化が必ずつくようである。三つ目の効果には若干振れ幅があるようだが、数を作って試すわけにもいかない。いや、試そうと思えば試せるんだけれどもね? ミスリルも作れるようになったわけだし。
でも、作ったところで誰が使うのかっていうね。俺じゃないとこんな使い方はできない……いや、待てよ? エンチャント効果に関して言えば、別に俺でなくても効果はあるはずだよな?
「アイラ、このクワをちょっと使ってみてくれるか?」
「? いいけど、私は素人。コースケのような力もない」
「うん。でもほら、エンチャントの効果は俺でなくてもあるはずじゃないか。この場合、効率強化や範囲拡大がどう作用するのか興味が出てな」
「確かに。やってみる」
俺の言葉にアイラが素直に頷き、俺の手からクワを受け取ってまだ耕されていない地面に向かって振りかぶる。
「んっ」
サクッ、という軽い音と共にだいたい1m×1mくらいの範囲の土が耕された。小石もろとも。少し大きめの石はそのまま残っているようだ。
「すごい。私にも効果がある」
「この土、俺が耕した土と比べると生育速度とかどうなってるんだろうな?」
「実験する価値はある。もう少し耕す」
クワを振るって俺と同じような不思議現象を起こすことが出来たのが嬉しかったのか、アイラが興奮した様子でクワをブンブンと振り始める。耕すうちに楽しくなってきたらしい。その気持ち、よくわかるぞ。
最終的に小一時間ほどで俺が一振りで耕したのと同じくらいの面積を耕したアイラはクワを支えにぜーはーと荒い息を吐いていた。
「はぁ……はぁ……労働は大変」
「よく頑張った」
そう言って俺は持続的にスタミナを回復するという魔法薬をインベントリから取り出し、アイラに手渡した。水だと思って飲んだアイラがあまり美味しくない薬の味に驚いて口の中身を噴射するという事故があったが、薬の内容に気がついたのか恨めしそうな顔で俺を見ながらなんとか中身を飲み干す。
「ほい、口直し」
「先にこっちが欲しかった」
「アイラのことを思っての処置だ」
アイラの耕した畑から大きめの石などを取り除いている農民の方々の作業を見守りながら暫し休憩する。俺は疲れてないけどね。クワを一振りしただけだし。
「この畑で適当な作物を育てて、生育の速度などを報告して欲しい。報告は総務の研究開発部窓口に」
「わかりました」
この実験畑を管理するのは解放軍の行政機構に雇われた農民だ。彼らは彼らで自前の畑を持っているのだが、空いた時間でこの畑の世話もしてもらうらしい。報酬に関しては別途支払われるそうで、なかなかに乗り気な様子である。
気合を入れて作業を始める彼らに別れを告げ、アイラと連れ立って森の方へと移動を開始する。
「いやァ、なんつーかあれだなァ。農作業の大変さの七割くらいが消えてるよなァ」
「そっすね。あのクワが行き渡ったらどこの農村も安泰っすよ」
「無理だろ。あれミスリル製らしいぞ。しかも魔法も付与されてるみたいだし」
そんな俺達の後ろをついてくるのは晴れて冒険者業に復帰していた赤鬼族のシュメルと、そのパーティメンバーらしき同じく赤鬼族の女性、そして一つ目鬼――サイクロプス族の女性の三人だ。
アーリヒブルグを占拠し、南部を平定した時点でシュメルは解放軍から抜けて冒険者業に復帰したらしいのだが、今の状況下で冒険者に一番多くの仕事を依頼するのは解放軍なわけで。所属は変わったが結局殆ど解放軍の一員として働いているような状況であるらしい。
エンチャントを終えた俺とアイラは早速その効果を確かめるために動こうと思ったわけだが、急なことで解放軍の兵から護衛が抽出できなかった。そこで、丁度依頼を終えて暇だったシュメル達に俺達の護衛を引き受けてもらうことになったわけだ。
「それにしてもコースケは相変わらずだなァ。ドラゴンも手懐けたって聞いた時は流石に耳を疑ったよォ」
「しかもグランドドラゴンっすからね。頭おかしいっす」
「巡り合わせってやつだな」
「巡り合わせでそうなるなら、アンタはよほど運命か幸運か不運の女神様に好かれてると思うよ」
サイクロプス族の女性が大木槌を担いだまま肩を竦める。
「それにしても、特徴的なパーティだな?」
「同じような種族同士で組んだほうが色々と楽だからねェ。気を使う必要もないし」
「私達デカいっすからね」
「野営した時に寝返りで押し潰したりしてな」
「押し潰す……」
「ふむ……」
俺とアイラの視線が三人の豊満な胸部装甲に注がれる。アイラはどろりと濁った視線を、俺は学術的好奇心に富んだ視線を。特にアイラはサイクロプス族の彼女の胸をガン見している。うん、アイラの頭より大きいね。是非押し潰されたい。
「そんな目で見られても困るんだけど」
「千切りたい」
「ワオ猟奇的ィ。俺はアイラが大好きだから気にしない」
「……うん」
危ない気配を発するアイラの背中をそっと撫でてなんとか落ち着かせる。確かにアイラのおっぱいは小さい。だがそれはそれ。大きくても小さくても等しくおっぱい、貴賤はないのだ。
「コースケは姫様もアイラもハーピィ達もまとめて食っちまう雑食だからねェ。あたしらも気をつけないと美味しく頂かれちまうよォ?」
「え? マジっすか? こわ」
「単眼族の子でも大丈夫なら確かにアタシも危ないな」
「俺から迫ったことは……いやなんでもない」
シルフィとアイラはともかく、ハーピィさん達とメルティにはどちらかというと捕食された感じなんだが。あとはライム達も……エレンはまだ手を出してないからセーフだよな。
しばらく歩き、森に到着した。
「さて、次はこいつだが」
「これは確か収量増加だった?」
「うん、そうだ」
・ミスリルの伐採斧+9(自動修復、効率強化Ⅲ、収量増加Ⅲ)
「収量増加ってのは具体的にどうなるんだろうな」
「確保できる丸太の数が増えるとか?」
「なにそれ怖い」
戦慄しながら適当な木に向かって斧を叩きつけると、まるで豆腐を切るかのようにサクッと木が切れてしまった。一撃だ。
「なんだいこりゃァ……」
「意味がわからないっす」
「たまげるねぇ……」
どすーん、と木が倒れ、次の瞬間ボコボコボコンッ! と音がして丸太が増えた。比喩表現でも何でもなく、木が地面に接触した瞬間に増えた。切った木の大きさに対して、明らかに丸太の量が多い。多分通常時の三倍……いや四倍くらいに増えている。丸太が半ば山みたいになってるもの。
「原理は知りたい」
「……わかりそうか?」
「見当もつかない」
「だよな」
アイラはもはや何かを悟ったかのような穏やかな表情をしていた。木を切っただけで完璧な丸太になるだけでも理解できないのに、更にそれが増える。三倍か四倍に。もう考えるだけ無駄な気がする。
あとこれ、倒れる方向によっては危ない。増えた丸太に押し潰されかねない。
「これを一般人が使ったらどうなるんだろうな?」
「シュメル」
「アタシがやんのかい? まァいいけどさァ……」
シュメルが俺からミスリルの伐採斧を受け取り、振るい始める。一般人サイズだからシュメルが使うと妙に小さく見えるな。
「なんかすごい切れるねェ、これ」
「効率強化Ⅲがついてるからな」
「魔法の伐採斧とか聞いたこともないっすよね」
「そんなものをミスリルで作る変わり者も、伐採斧に魔法を付与しようとする変わり者もそういないだろうね」
「照れる」
「褒めてないと思うっすよ」
下っ端言葉の赤鬼さんがジト目で俺を見てくる。なかなか良い突っ込みっぷりだな、君。
「よっと……おォ?」
さして時間もかからずに木が倒れ、倒れ……?
「なんで二本あるんだ?」
「いや、なんか増えたよ?」
「えぇ……」
シュメルが切った木は二本に分裂していた。当然枝とかが払われているわけではないので、もう枝と枝が絡んでしっちゃかめっちゃかである。
「増えるのは凄いけどこれじゃ使えない」
「実質俺専用だな、これは」
シュメルから返してもらった伐採斧で倒れた木を叩き、丸太にしてインベントリに収納する。斧は収量が増えるのは良いけど、使い所が難しいな。クワは俺以外が使ってもそれなりに使えると思う。
「次はツルハシを試そう。岩場か岩壁を探したいところだな」
「ならあっちっすね」
大斧を担いだ赤鬼さんが先に立って歩き始めたので、その後を追って歩き出す。
「そろそろ腹ァ減ってきたなァ」
「着いたらメシにするか。俺が出すぞ」
「いいねェ。アンタの飯を食うのは久々だよ」
「コースケの出すごはんは美味しい」
「そうなんすか?」
「期待しておくよ」
赤鬼さんとサイクロプスさんは俺の飯を食ったことがないらしい。アーリヒブルグ解放後にシュメルと合流したっぽいし、俺が直接作った飯を食ったことはないんだろうな。何を出すかね?
「シュメル、何かリクエストはあるか?」
「いつか食った腸詰め肉が美味かったねェ」
「了解。んじゃソーセージと何か適当に出すか。アイラは何かリクエストはあるか?」
「ん……パスタがいい。ミートソースの」
「ミートソースパスタとソーセージね。適当にサラダもつけるか」
「岩場で食うんすよね?」
「そんなの作れるの?」
赤鬼さんとサイクロプスさんが首を傾げている。普通に考えれば無理だよな、ミートソースを出先で作るのは。でも俺だとそんなのはどうにでもなるんだ。ストックしてあるし、なんならその場でクラフトすることすら可能である。
「ほう、これはなかなかの岩場」
小一時間ほど歩いて到着したのはゴロゴロと大きな岩が沢山転がっている岩場であった。一体どういう経緯でこんな地形が形成されたのかは俺には皆目検討もつかないが、ツルハシの性能を試すのには最適な場所と言えるだろう。
「まずはメシだな。メインはパスタで良いか?」
「大盛りで頼むよォ」
「それは難しいからお代わりしてくれ」
作れば作れると思うが、わざわざ大盛りとか特盛りのパスタなんて作ってないからな。俺のインベントリ内にあるのは標準サイズのミートソーススパゲティだけだ。
木材ブロックを適当に置いて食事台を作り、丸太を加工した椅子を設置して全員に濡れた手ぬぐいを渡す。俺が何もないところから次々に色々なものを取り出すのを見て、赤鬼さんとサイクロプスさんが困惑しているな。
「シュメル姉から何度か聞いてたけど、ほんと不思議っすね」
「魔道士の使う魔法を見ても驚くことが多いけど、アンタのはそれに輪をかけて不思議だね」
「魔道士から見ても不思議。理解不能」
赤鬼さんとサイクロプスさんの言葉にアイラが頷く。俺自身どうやってこんな不思議現象が起こっているのか理解していないので、説明することもできないんだよな。別に解明しようとも思ってないからいいんだけど。そういうものだと思えば慣れるものだ。
さぁ、腹ごしらえしたらツルハシでの試掘だ。ある程度岩を砕いたらショベルも試してみるか。
ビルクラスの巨女にはあまり萌えませんが3m以下くらいまでなら_(:3」∠)_(などと支離滅裂な言動を繰り返しており




