第120話~グランデの初仕事~
「なるほど、それで今日はずっと研究開発部にいたのか」
「うん、ずっと一緒だった。相変わらずコースケには常識というものが通じない」
「銀からミスリル、宝石と魔力結晶から魔煌石ですか……壊れますね、経済が」
「うまくやれば解放軍は今後資金に一切困らなくなるな」
研究開発部で一日を過ごしたその夜、俺達は皆で集まって夕食を取っていた。面子は俺とシルフィ、アイラにメルティ、それにハーピィさん達である。各地での哨戒任務や偵察任務に就いているハーピィさん達もいるので、流石に全員とはいかなかったが。
「綺麗やねー」
「ムード感あって照明に最適……」
「きらきらピカピカしたものが好きなのは半ばハーピィ種の習性みたいなものだよね」
「これ一つが国一つ買える価値があると考えるとちょっと落ち着きませんけれど……」
俺達が食事を取る大きな食卓の中央に鎮座するもの。それは三本ほどの銀色の燭台であった。問題は、その燭台で光を放っているのが蝋燭などではなく色とりどりの光を放つ魔煌石だというところだろうか。
「知らなければただの明かりの魔道具に見える」
「事実は世界を購入することができそうな大きさと量の魔煌石ですけどね。物凄い成金趣味な照明ですよね、これ」
「市場価格はともかく、材料費で見れば俺からすると無料に近い代物だからなぁ」
材料となる宝石は然るべき岩場で俺が採掘をすればポロポロと手に入るし、魔力結晶も今後は定期的に、いくらでも手に入る予定だ。そりゃ魔力結晶の抽出装置を作るのにはそれなりにコストがかかったのだろうから無料とはいかないだろうけど。
「コースケは物の価値というものがわかっていない」
「見たことのないもので、しかも作ろうと思えばいくらでも自分で作れると思うとなぁ。そういう意味ではこの世界の常識というものを知らない俺ならではの対応なんだろうな」
「そうかもしれないが……それにしてもこの銀の燭台は一体どういう意図なんだ?」
「あ、それな。銀じゃなくてミスリルの燭台なんだ」
「……頭が痛くなってきた」
シルフィがスプーンを片手に眉間に寄った皺を揉み始める。まぁまぁ、俺には俺の考えがあるんだよ。
「こんな代物を用意したのは慣れてもらうためだ」
「慣れる? 何にですか?」
「ミスリルと魔煌石に。流石にその大きさの魔煌石は使わないけど、皆にミスリルと魔煌石を使ったアクセサリを贈る予定だから」
俺の言葉に全員が息を呑む。
気持ちはわからなくもない。俺だって屋敷が建つレベルの装飾品を贈るからと言われたら正直ビビる。というか多分引く。あまりに高価すぎて普段遣いするのは絶対に無理だろう。
「アイラに協力してもらってな、身を護る効果か魔力タンクとしての効果を持たせたいと思ってる。正直、俺は戦いの時に皆の隣に立って守れるほど強くないからな。でも、身を護るためのものは作れる」
魔力を増幅し、蓄えるという魔煌石の特性を聞いて思い浮かんだ発想は色々あるのだが、そのうちの一つが皆の身を守るためのアクセサリだ。指輪でも、ペンダントでも、腕輪でもなんでもいい。
魔法のバリア的なものを展開するのでもいいし、単に魔力を増幅するアンプのようなものでも良い。大量の魔力を蓄えておいて、いざという時にそこから魔力を引き出せる魔力タンクでもいいだろう。どれにしたってシルフィやアイラ、ハーピィさん達やメルティの身を護るには有用なはずだ。
「この世界的には物凄く高価な装飾品ってことになるだろうけど、それより何より皆の身の安全のほうが大事なんだ。いざとなれば使い潰したっていい。何度だって作ってやる。だから、作って渡すものはできるだけ身につけて欲しい」
「それで慣れてもらうっていうことですか、これで」
「そんな感じ。まぁ、俺にとってはこういうお遊びに使えてしまうものだっていうことをわかってもらうためだな。だから、遠慮せずに俺がアクセサリを贈ったら身につけて欲しい」
「……わかった。それがコースケの望むことなら。皆も、良いな?」
シルフィの言葉に全員が頷く。
「ふふ、魔煌石とミスリルを使ったアクセサリですか。女の夢ですね」
メルティが魔煌石の燭台を見ながら頬に手を当ててニヤニヤする。元の世界で言えばプラチナや金とダイヤモンドを使ったアクセサリみたいなものだろうか。
「ふふ……ふふふ……魔煌石とミスリルを使い放題……ふふふふふ」
アイラはアイラでミスリルと魔煌石でできた燭台を眺めながらトリップしていらっしゃる。優秀な魔道士であり、錬金術師でもある彼女にとって自由にそれらの素材を使って道具作りが出来るということはこの上ない幸福なのだろう。
「私達は首飾りかアンクレットかな?」
「耳飾りでもいいかも?」
「私達、腕も指もないからねー」
ハーピィさん達はどんなアクセサリが良いかと早速話し合っている。うん、あとで皆の希望を聞くとしよう。
その夜はアクセサリを贈ることに対するお返しなのか報酬の前払いなのか、皆さんのサービスがいつもより激しかったことをここにご報告いたします。干からびるかと思ったわ。
☆★☆
「さて、グランデよ」
魔煌石を作れるようになって数日後の朝。俺はグランデに朝食の特大テリヤキバーガーを出しつつ声をかけた。
「なんじゃ?」
早速一つ目にかぶりつきながらグランデが大きな頭を傾げて見せる。うん、顔が凶悪だけどその仕草は可愛い。凶悪な見た目で可愛らしい仕草をするとギャップが凄いせいか妙に可愛く見える時がある。
「今日からは働いてもらうことになる」
「うむ、そうじゃな。これを食ったら久々に山に戻ってワイバーンでも狩ってくるかの」
「いや、それには及ばない」
俺の言葉にグランデがもう一度首を傾げる。
「働かなくてよいのか?」
「いや、そうじゃないんだ。グランデ、お前の血を分けて欲しい」
「ふむ……? 妾は痛いのは嫌なんじゃが?」
「できるだけ痛くないようにするし、傷はすぐに塞ぐから。血を分けてくれ」
俺の懇願にグランデは返事をせず、考えるような仕草をしながら特大テリヤキバーガーをもぐもぐした。
「目的によるの。恐らく妾の血で薬か何かを作りたいんじゃろうが、妾とてそう何度も何度も血を取られるのは嫌じゃぞ。痛いとかそういうの以前に、気持ち悪いし」
「わかる。自分の血を取られてそれを薬にされるのはあまり気分の良くないことだよな。俺だってグランデの立場だったら正直あまり歓迎したいことじゃないな」
同意をちゃんと得るぶん蚊だのダニだのノミだの吸血ヒルだのよりはマシだろうが、自分の身体や血液を糧とするような対象に好意を抱けないのは生物としての本能のようなものだろう。
「俺と一緒にここに運んでもらった女性がいただろう。メルティって言うんだが」
「あの魔神種か」
グランデはメルティとの出会いのことを思い出したのか、露骨に嫌そうな顔をした。グランデはメルティが苦手だものな。
「うん、彼女だ。彼女はな、人間の国に囚われた俺を助けるために自分の角を切り落としたんだよ。人間に紛れるために」
「ほぉ、そりゃ剛毅なことじゃの。つがいのオスを助けるために自分の角を切り落とすとは。見上げた根性じゃ」
「そうだろう。だが、俺はそんな彼女の角をどうにかしてやりたいんだ」
「なるほど、それで妾の血か」
「そうなんだ。頼めるか?」
グランデは俺の言葉に頷いてくれた。
「良いじゃろう。しかし、そう何度も頼られても困るぞ?」
「もちろんだ」
「うむ。ではこれを食い終わったら早速やるとしよう」
「ああ、採血が終わったら蜜酒の大樽を出すよ」
採血前に蜜酒を飲んで血液に酒の成分が混ざったらアレだしな。いや、ドラゴンならなんてこと無いのかも知れないし、そもそも飲んですぐに影響が出るものとは限らないけど気分的にね?
「大樽とな?」
「いつものやつよりでかいやつだ。俺が四人くらい入れる大きさの」
「それは楽しみじゃのう!」
本当に楽しみであるらしく、グランデの尻尾がビッタンビッタンと地面を叩き始める。揺れる揺れる。というかその尻尾の下に粉砕したいものでも置いておけば作業が捗りそうだな。今度道路舗装用の砕石作業でもさせてみるかな。
程なくしてグランデが食事を終えたので、採血作業をすることにする。
「さて、どうやって採血するかな。人間なら指の先でもちょっと切れば良いんだが」
「指の間とか爪の隙間とかは嫌じゃぞ。痛いから」
「拷問じゃないんだからそんなことしないって」
流石にドラゴンサイズの注射器なんてないしな。というか、ドラゴンの鱗と皮に阻まれて普通の注射器じゃ刺さりそうもないけど。
「こいつで腕に傷をつけるか」
「ミスリルか? それなら鱗も皮も貫けるかもしれんの」
俺が取り出した剣を見てグランデが頷く。これは前に俺用にと作ったミスリル製のショートソードである。今まで全く使う機会が無かったが、最初に使う用途がドラゴンからの採血とは……まぁ、俺がこんなものを振るって戦うような状況はもうほぼ詰んでるような状況だろうし、インベントリの中で死蔵される結果になっていたのは妥当といえば妥当か。
「深く突き刺すんじゃなくて、薄く傷つける感じで斬るぞ」
「うむ。鱗は頑丈だし、皮も厚いからやるなら思い切りやるのじゃぞ。何度も斬りつけられるほうが痛いし怖いから」
「わかった」
と言っても、俺は剣なんてまともに扱えないんだよな。まぁ、武器を右手に持って左クリックを意識すれば自然に身体が動いてくれるからな。コマンドアクションの導きに任せるとしよう。
何度か左クリックを意識して素振りをし、感覚に慣れたところでグランデに声を掛ける。
「よし、行くぞ」
「うむ。こい」
左クリックを意識し、身体が自然に動くに任せてグランデの前脚、というか腕を斬りつける。物凄い手応えだったが、やはり硬い鱗と分厚い皮に守られているせいかさほど大きな切り傷にはならなかったようだ。
しかし、大きくないと言っても傷は傷。次第に血が流れ出してくる。
「……いたい」
「ごめんな。血を取ったらすぐに治してやるから我慢してくれ」
「……うん」
今にも泣きそうなグランデの声に物凄い罪悪感を感じる。あまり痛いのを長引かせてもかわいそうなので、流れ出てくる血を手早くガラス容器に採取して蓋をしていく。最終的に500mlの容器を三つほど満杯にしたところで採血を終えてグランデの傷にハイライフポーションをぶっかけた。
みるみるうちにグランデの傷が塞がっていき、すぐに傷跡が見えなくなる。ついでに傷をつけた際に一緒に切れてしまった鱗も拾い集めておいた。
「いたくなくなった」
「うん、薬で治したんだ。ありがとうな、グランデ」
「うん」
傷跡を確認するために寄せてきたグランデの顔を撫でてやる。長い舌でペロペロと傷跡を舐めて確認を終えたのか、グランデは恐る恐るといった感じで右腕を動かし始めた。
「大丈夫みたい」
「俺が言うのもなんだが、良かった。グランデ、ありがとうな。今晩は痛い思いをさせたお詫びにデザートもつけてやるから楽しみにしてろよ」
「でざーと?」
「ああ、甘くて美味しいやつを用意しておくよ」
「たのしみにしてる」
グランデの尻尾がベシベシと地面を叩き始めた。機嫌が直ってきたようだ。
「じゃあ、約束の蜜酒の大樽だ。今日はこれを飲んでゆっくりしていてくれ」
「わかった」
食事台の上に蜜酒の入った大樽を置き、グランデに別れを告げて俺は研究開発部へと足を向けた。
メルティに使う再生薬を作ってもらわないとな。もしかしたら俺の調合台のレシピも増えるかもしれない。グランデに痛い思いをして出してもらった血は貴重品だ。決して無駄にしないようにしよう。
グランデは癒やしキャラ_(:3」∠)_




