第119話~魔剣の匠~
別に爆発するわけではない_(:3」∠)_
「ははは、そう身構えるなって」
「身構えるなというのは無理」
「安心要素が一切ありません」
「今度は鉄の剣を魔剣にでもするのか?」
俺以外の全員が完全に身構えている。何かな? 拳法か何かの練習でも始めるのかな? 大丈夫だって、多分鉄の剣が魔剣――いや、何か特殊効果のついた剣になるだけだよ。きっと。
「ええと……どうやらエンチャントしたい物品と触媒になるものをセットしてエンチャントするみたいだな。エンチャントって言ったら付与とか付呪とかそんな意味だよな」
「一般的にはそう。どんなエンチャントが出来るの?」
「ええと……選べないな。何がエンチャントされるんだろうな? 選べる項目は無さそうだし、ランダムなんじゃないか」
「ランダム……」
「微妙ですね……」
「とにかくやってみるしかないだろう」
鍛冶職人さんの言葉に全員が頷き、エンチャントに使う素材や触媒を用意し始める。
「とりあえず妙なことになっても痛くないものを素材にすべきだろう」
そう言って鍛冶職人さんがどこかから用意してきたのは明らかに数打ちのなまくらと思われる鉄剣や粗末な槍などだ。出処を聞いてみると、どうやら南部平定の際に降伏した聖王国軍から鹵獲したものであるらしい。
聖王国の正規軍の装備にしては質がイマイチじゃないか? と思ったら小さな村や街の防備に着いていた雇われ兵士(現地雇用)が装備していた二線級の品物であるようだ。正規軍はもう少しマシな装備であるとのこと。
「じゃあ素材はこれでいいとして、触媒だな」
「何が使えるの?」
「手持ちの素材で使えそうなのは魔力結晶とゴーレムコア、あとミスリルと魔鉄、魔鋼、ワイバーンの魔石、牙と爪、毒針、その他魔物素材に宝石ってところみたいだな」
「ワイバーンの……? どこで手に入れたの?」
「ソレル山地とかいうところだな。メリネスブルグから帰ってくる時にメルティと一緒に突っ切ってきたんだ。そこでグランデと出会ったわけだ」
「あとで見せて」
「良いぞ。未解体の死骸も沢山あるしな」
そんなやり取りとしながら付与作業台の素材欄に鉄剣をセットする。
「とりあえず素材は鉄剣で、触媒は何を使うかね?」
「魔力結晶。一番クセがない」
「わかった」
触媒スロットに魔力結晶を指定し、エンチャントを開始する。他の作業台と同じく、特に付与作業台の上に何かが出てきたりはしない。単にエンチャントメニューにエンチャント完了までのカウントダウンが表示されるだけである。
「三分かかるみたいだ」
「三分」
「鉄剣への付与作業がたったの三分……?」
アイラが光を無くした目で呟き、錬金術師さんが訳がわからないという表情をする。本来はもっと時間がかかるんだね。その反応でわかったよ。
「そういえば宝石三個と魔力結晶五個でレアっぽい素材を作れるみたいなんだよな」
「レアっぽい素材?」
「うん。なんて読むんだろう、これ。作ってみるわ」
魔煌石ってなんて読むんだろうな? まこうせき? よくわからんが、宝石三つに魔力結晶を五つも使うとなるとかなりの高コストだ。きっと凄いものが出来るに違いない。
幸い、エンチャント中でもクラフトは出来るようなので魔煌石のクラフト予約をしておく。二十四分か。これはなかなか長いな? 本来は三十分ってことだよな。
「お、そうこうしているうちにエンチャントが出来上がったぞ」
「見せて」
出来上がってきたエンチャント済みの鉄剣を取り出して掲げ見る。見た目は特に変わっていないように見える。柄に魔力結晶が嵌め込まれているとか、そういうことはないようだ。
「何も変わっていないように見えるな」
「ぜんぜん違う。こっちの台の上に置いて」
「おう?」
先程までゴーレム作業台の打ち合わせに使っていた大きなテーブルの上に鉄剣を置くと、アイラ達が鉄剣を囲んで盛んに議論を始めた。鍛冶職人さんが小さなハンマーで刀身をキンキンと叩いたりもしているようだ。
「全体にムラ無く均一に魔力が付与されている」
「こりゃ鉄じゃなくなってるな。魔鉄に変質してるぞ」
「魔力の流れがありますね……明らかに何かの魔法的効果が付与されていますよ、これ」
「完全に魔剣」
アイラの言葉が発されると同時に全員がぐりんっ、とこちらに顔を向けてくる。コワイ!
「コースケ、他にもどんどん試して」
「できれば同じものに同じ触媒であと二本、他にも同じ触媒を使ったものを三本ずつ作ってください」
「鉄じゃなく鋼の刀剣も素材にしてもう一組だな」
「ちょっと防具と魔力結晶の在庫も持ってきます」
アイラや錬金術師さんや魔道士さんや鍛冶職人さんが詰め寄ってくる。そして何人かが外に走っていった。素材をもっと用意するらしい。
「わかった、わかったから落ち着いてくれ。順番にやろう」
目がマジな皆さんを宥めつつ、俺はエンチャントメニューを再び開いた。
☆★☆
「大体の傾向は掴めてきた」
テーブルの上にずらりと並べられたエンチャント済みの剣を眺めてアイラが頷く。それに同意するように研究開発部の面々も頷いた。
「素材がただの鉄、鋼の場合に魔結晶の類を使うと上位の魔鉄、魔鋼になる。素材の変質に魔力を多く使うのか、その場合は付与される魔法効果は弱くなる」
「そのようだな。付与される魔法効果はまちまちのようだけど」
アイラの発言に頷く。結局全部で二十ほど魔力結晶を使った付与をしてみたが、概ねそのような結果が出た。
魔法効果については本当にまちまちというか、安定しない。武器が軽くなったり、特定の種類の魔物に対する攻撃が強くなったり、武器自体の攻撃力が上がったりするようだ。
「最初から魔鉄や魔鋼でできている物品を素材とすれば素材の変質に魔力を消費しないからか、付与される魔法効果は向上する。また、通常の魔結晶ではなく属性付きの魔結晶である場合はその素材には魔法効果だけでなく属性が付与される」
「試行回数が少ないですが、そういう傾向のようですね」
魔道士さんが頷く。確かに魔鉄や魔鋼の武器は貴重だからか、三本しか用意できなかったものな。
ちなみに、魔法効果が強くなったというのはアイラ達が鑑定した結果と、俺がインベントリに入れて確認した結果の両方の情報を元にほぼ確定である。
例えば鋼の剣に魔力結晶を使ってエンチャントした場合は『魔鋼の剣+1(斬撃強化Ⅰ)』になったのだが、魔鋼の剣に魔力結晶を使ってエンチャントした場合は『魔鋼の剣+3(斬撃強化Ⅲ)』のようになった。
「触媒が魔力結晶の類でない場合、素材の変質は起きない。その代わり、触媒の性質にある程度沿った魔法効果が付与される」
「ワイバーンの毒針を使った場合、全て魔法毒の付与効果が付きましたね。牙や爪は貫通能力の向上や斬撃能力の向上など攻撃能力の向上につながることが多いようです」
「魔鉄や魔鋼を素材にした場合は素材の変質は起こらないが、頑丈になるようだな」
錬金術師さんと鍛冶職人さんが頷く。
「結論、コースケの付与作業台は魔剣の大量製造機。やろうと思えば全軍に攻撃能力増加の魔法付与がされた魔鉄や魔鋼の武具を配備できる」
「恐ろしいですね」
「無敵の軍隊だな」
「すまん、具体的にどれくらい凄いのか全然わからん」
ぶっちゃけて言うと鉄や鋼の武器と魔鉄や魔鋼の武器、そしてそれらに攻撃能力増加の付与がされた武器の性能差というものがよくわからない。
「例えば鉄や鋼の武器で同じ鉄や鋼の鎧を斬り裂いたり、刺し貫いたりすのは困難。達人が武器に魔力を込めてやっとなんとかなる」
「なるほど」
「それが魔鉄や魔鋼の武器となると、技術がなくてもちょっとした力自慢ならなんとかそれら斬り裂き、刺し貫けるようになる。そんな武器に更に攻撃能力増加の魔法付与がされると素人でもそれができるようになる」
「ヤバいな」
「とてもヤバい。熟練の重装歩兵が普通の歩兵に武器や盾ごと鎧を斬り裂かれ、刺し貫かれる戦場になる」
対峙する敵としては悪夢のような事態だろうな。防具が防具として機能しなくなるなんて。
「この付与作業台は防具にも付与が出来るからな。防御面でも同じようなことが起きるぞ」
「全身を魔法付与された魔鉄とか魔鋼の装備で身を包んだ重装歩兵とかどう止めるんだ? 下手したら奴らの十八番も効かんぞ」
「合唱魔法か……いけるかもしれないな」
合唱魔法……確か聖王国軍の魔道士部隊が使う切り札みたいなやつだっけ。メリナード王国は大層苦しめられたと聞くけど、実際にこの目で見たことはないんだよな。多分広域破壊魔法みたいなのを何人かで使うんだろうけど。
「これは姫殿下に報告しておくべきだと思う。今晩にでも私から報告しておく」
「お願いしますね」
「頼んだぞ」
アイラの発言に研究開発部の面々が頷いた。皆の前ではシルフィと呼ばずに姫殿下と呼ぶことにしているらしい。アイラはオンオフをしっかりするタイプなんだな。
「そうだ、レアっぽい素材ができたみたいだぞ」
俺はそう言って魔煌石をインベントリから取り出した。本当はもっと前に出来てたんだけど、皆エンチャント武器の検分とかテストに忙しかったみたいだからタイミングを見計らっていたのだ。
「おお、めっちゃ光ってるなこれ。明かりに使えそう」
インベントリから取り出した魔煌石は美しい光を放っていた。光を受けて反射しているのではなく、自ら光を発しているのだ。素材にした宝石がトパーズだったからか、色はややオレンジがかった黄色。自ら光を発するその姿はまるで小さな太陽のようだ。
「コースケ、なに、それ」
「まこうせき? かな。宝石三つと魔力結晶五つで作れるレアっぽい素材。ほら、さっき言ってただろ?」
アイラに手渡そうとすると、彼女は何かに怯えるかのように一歩後退った。なんじゃ?
「どうした?」
「コースケ、魔煌石って言った?」
「多分そう。読み方はやっぱまこうせきでいいんだな」
「それ、魔煌石なの?」
「そうだぞ。多分」
俺が頷くと、アイラの瞳が俺の手にある魔煌石に釘付けになる。他の研究開発部の面々もそれは同様で、特に人間の錬金術師さんの目がヤバい。カッと見開かれて血走ってる。青肌黒白目の魔族っぽい魔道士さんも同じように目を見開いているけど血走ってるかどうかがわからないぶん幾分マイルド。他の人達は……なんか悟ったような表情になってますね。涅槃に至ったのかな?
「コースケ、魔煌石というのはミスリルの宝石版」
「ほう?」
「つまり、物凄く高価。小指の爪の先ほどの欠片でもとんでもない値段。屋敷が建つ」
「……つまりこれはとてもヤバいブツだと?」
「価格的には国でも買えそうなくらい。その大きさの魔煌石を買える人は実質、この世界のどこにもいないと思う」
「見なかったことにしてくれ」
「うん」
こんな危険物はしまっちゃおうね。インベントリにポイだ。部屋の中の何人かが凄く残念そうな顔をしていたが、見なかったことにしよう。
「とはいえ、折角作ったんだから有効活用はしないとな。魔煌石ってのは何かを作る素材としてはどうなんだ?」
「加工方法によって色々と使える。魔力を増幅したり、大量に溜め込んだりという用途に使われることが多い。さっき言った小指の爪の先くらいの大きさのものでも私五人分くらいの魔力を溜め込める。魔力の増幅に使う場合は概ね一の魔力を五から六くらいに増やせる」
「めっちゃすごくね?」
「めっちゃすごい。だから高い。そして錬金術師や魔道士にとっては垂涎の的」
ジーっとアイラが俺を見つめてくる。ついでにいつの間にか俺の傍まで寄ってきていた他の錬金術師さんや魔道士さん達も俺の顔をじーっと見つめてくる。この部屋には魔道士が四名、錬金術師が四名いる。八人に取り囲まれるのは流石に怖……九人いる?
「研磨……さっきの綺麗な石を研磨したい……」
目を血走らせた彫金師さん(男性)が俺を取り囲む女性の魔道士・錬金術師さん達の輪の外から熱視線を送ってきていた。超怖い。
「まぁ待て、落ち着きたまえ、君達。いいかね? さっきも言ったように魔煌石は作れる。俺ならね。宝石三つに魔力結晶五つでさっきのサイズのが。いくらでもだ。つまり、材料さえあれば全員に……そう、研究用の素材として貸与することは可能だ。そうだよな? アイラ」
「……コースケが関わるとなれば予算や部材の手配に関しては融通がきく。魔力結晶は後方から送られてくるのを待つ必要があるけれど、宝石に関しては在庫もあるし、購入するという手もある。それに適切な場所さえあればコースケなら採掘すら可能。魔煌石も必要分が揃えられれば研究用に貸与することは可能だと思う」
少し考えた後、アイラがそう言ってコクリと頷いた。俺を取り囲んでいた皆様の目に光が戻り、俺を取り囲んでいた重圧(半ば物理的なもの)が一気に霧散していく。良かった、不幸になる俺はこの世界にはいなかったんだ。
「よしよし、じゃあ皆で魔煌石を有効活用する方法を探そうじゃないか」
巨大な容量のバッテリーにも増幅器にもなる新素材か……夢が広がるな!




