第112話~鮮血の結末!~
くっそ寒い。
朝起きたら台所でうるかしておいた鍋の水が凍っていました_(:3」∠)_
Side:シルフィ
コースケからメリネスブルグを出るという連絡を受けて五日ほど。普通に街道を移動すると一ヶ月近くかかる行程だ。会えるのはまだまだ先だとはわかってはいるのだけれど、暇があるとゴーレム通信機の前に来てしまう。
それはコースケと関係を持つ皆も同じようで、ゴーレム通信機の前に来るといつもアイラか、ハーピィ達の誰かがいたりする。特にハーピィは数も多いし、いつも全員が偵察その他の任務に出ずっぱりというわけではないので、非番の者が通信機の番をしているようだ。
今日は小柄な茶色羽の子が番をしているようだった。確か彼女はペッサーだったな。
「あ、姫様! こんにちは!」
「ああ。こんにちは、ペッサー」
私が彼女の名前を呼ぶと、彼女は少し驚いたような顔をした。どうやら名前を覚えられておるとは思っていなかったようだ。
「何を驚いているんだ? 当然名前は覚えているよ」
「えへへ、ありがとう!」
彼女にとっては殊の外嬉しいことであったらしい。ペッサーが屈託のない笑みを浮かべてはにかんでみせる。同じ男を愛している仲なのだから、当然だと思うのだけれどな、私としては。
「まだ連絡は来ないと思うんだがな。ついここに来てしまう」
「だねー。ボクはこの前の通信の時には外回りで出ていたから、暫く旦那さんの声を聞いていないんだ。早く旦那さんの声が聞きたくって……」
「そうか……そうだな。私も早くコースケの声が聞きたいよ」
「えへへ、姫様もボクと同じ――」
その時だった。ゴーレム通信機が着信のアラームを鳴らしたのは。
「こちらアーリヒブルグ」
「は、はやいすぎりゅ……」
ペッサーがこちらに翼を伸ばしてなんだかプルプル震えているが、今はそれどころではない。私は抱え込んだゴーレム通信機の受話器を取り上げ、既に応答する態勢になっていた。
『お、おお……早いな、シルフィ』
「コースケ!? どうしたんだ、随分と早いではないか?」
「旦那さん!? 姫様! 私にも、私にも聞かせてー!」
「ああ、すまんすまん」
ゴーレム通信機を机の上に置き、スピーカーモードにする。これでペッサーも声が聞けるし、同じく話すことが出来るようになる。いや、私としたことが取り乱してしまった。ペッサーに申し訳ない気持ちが湧いてくるな。
『うん、メルティの案内で道なき道を突っ切ってきててな。今はそこそこ高い山に登って、下山中だ』
「道なき道? 高い山……?」
「それってまさかソレル山地じゃ……?」
「まさかだろう。あそこはワイバーンの巣窟だし、ドラゴンの目撃情報もあるんだぞ? いくらメルティでも……いや、メルティなら……?」
ああ見えてメルティは大雑把というか、適当というか、雑なところがあるからな……結果的にそれがベストな選択だったりするのだけれど。いや、それでも流石にソレル山地はないだろう。オミット大荒野並みの危険地帯だ。
『メルティに聞いてみたらソレル山地で間違いないらしい。まぁ、それは良いんだ。重要なことじゃない』
「ボクは重要なことだと思うけど」
「私もだ」
『とにかく、その山でドラゴンと仲良くなってな。そのドラゴンに乗って帰るから、多分あと一時間くらいでそっちに着く』
「……すまん、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれるか?」
『ドラゴンと仲良くなったから、乗って帰る。あと一時間くらいで』
あまりにも現実味のないコースケの言葉に思わず眉間に寄った皺を揉みほぐす。心なしか頭痛もしてきている気がする。チラリと横を見ると、ペッサーが声も出さずに固まっていた。驚くだろうな。私も困惑している。
「言葉通りに受け取るとして、私達はどうすればいい?」
『できるだけ広い着陸地点を確保しておいてくれ。あと、パニックが起きないように予め通達しておいて欲しいのと、間違っても迎撃とかされないように取り計らってくれ。北方向からそっちに向かうから』
「わかった、取り計らおう。他には?」
『交渉次第ではグランデ――俺とメルティが乗っていくドラゴンに滞在してもらうことになるから、小麦粉と肉を用意しておいてもらいたいな。多めに』
「肉はともかく、小麦粉をか? ドラゴンがパンでも食べるというのか?」
『ハンバーガーが気に入ったらしい』
「ハンバーガー」
ハンバーガーというのはパンにひき肉を平べったく成形して焼いたものを挟んだ料理だったな。ドラゴンがあれを好んで食べるというのか? 想像がつかん。
『うん、ハンバーガー。あとエルフの蜜酒もな。そういうわけでドラゴンを連れて帰るから、苦労をかけるが頼むよ』
「わ、わかった。早急に手配しておく」
『ありがとうな。もうすぐ会えるのが嬉しくてたまらない。早く会いたいよ、シルフィ』
「私もだ、コースケ……」
「ボクも! ボクも待ってるからね旦那様!」
『その声はペッサーか?』
「うんっ! そうだよ! ペッサーだよ!」
声だけで自分のことをわかってくれたのが嬉しいのか、ペッサーが涙を浮かべながら何度も頷く。
『ペッサーも心配かけてごめんな。もうすぐ会えるから、シルフィを手伝ってやってくれ』
「わかった! 待ってるね!」
『頼んだ。じゃあ、また後でな』
通信を終え、私とペッサーはしばし互いに見つめあう。
「……本当だと思うか?」
「旦那様が嘘を吐く理由はないと思うなぁ……ちょっと信じられないけど」
ペッサーが翼で涙を拭いながらそう言う。確かにペッサーの言うとおりだ。
「そうだな……ちょっと信じられないが、コースケが嘘を吐く理由がないな。よし、まずは主だった者をここに集める必要がある。頼めるか?」
「うん! 皆を集めてくるねっ!」
ペッサーは元気よく返事をして通信室から飛び出していった。
「私は皆に伝える内容を考えなければならないんだが……」
コースケがあと一時間ほどでドラゴンに乗って帰ってくるから、着陸地点の確保とドラゴンの食料となる作物を集めなくてはならない。住民に通達して混乱を抑制し、迎撃などもしないようにしなくてはならない。
「頭がおかしくなったと思われるんじゃないだろうか……?」
どう伝えたら良いのかわからず、私は重い溜息を吐く。もうあれだ、こうなったら『コースケのやることだから』と言ってゴリ押そう。コースケの常識の通じなさは皆わかっているだろうから。
☆★☆
「見えてきたぞ」
グランデの背に乗って空中遊覧を楽しむこと一時間ほど。
地上に顔を向けていたグランデが到着の知らせを寄越してきた。うーん、流石はドラゴン。俺達の足で徒歩数日の距離がたったの一時間とは。
「流石はドラゴンの翼だ。速いな」
「ふふふ、そうじゃろうそうじゃろう。もっと褒めても良いんじゃよ? 妾は褒められると伸びる子じゃからな」
グランデがグルグルと機嫌良さそうに喉を鳴らす。その音と重なって美少女声が聞こえてくるのが物凄い違和感。いつかはこの違和感にも慣れる時が来るのだろうか?
え? ドラゴンもイケるんじゃないかって? 流石にいくら美少女声のメスでもガチのドラゴンはちょっと……流石に俺、そこまで啓蒙高まってないから。
「なんて言ってるんですか?」
何故か俺の身体にガッチリと抱きついたメルティが耳元で囁いてくる。うん、耳元で囁かれるのはゾクッとするけど抱きつく力が強すぎて苦しい。というか若干痛い。
「もう見えてきたってさ。それで速いって褒めたら自分は褒められると伸びる子だからもっと褒めろと」
「褒められると伸びるドラゴン……首でも伸びるんでしょうかね?」
「そういう物理的な意味じゃないと思う」
「わかっています。現実を受け入れ難いだけですから」
メルティが心なしか遠い目をする。いつも動じないというかマイペースなメルティがこんな顔をするのは珍しい気がするな。ドラゴンの背に乗って空を飛ぶというのがそれほどまでに刺激的な体験だったということだろうな。うん。きっとそう。
実は高所恐怖症じゃないかという疑惑があるけどきっと気のせい。
「着陸地点を作ってもらってあるはずなんだが、それっぽいのは見えるか?」
「街の外、西側の空き地に昼だというのに篝火が焚いてあるな。あれではないか?」
「じゃあそこに降りてくれ。攻撃はされないはずだから」
「ほんとじゃろうな? 魔法とか投げ槍とか飛んできたら泣くぞ?」
「大丈夫大丈夫、俺を信じろ」
「おっかないのう……」
ぶつくさ言いながらグランデが旋回し、高度を下げ始める。うおお、落ちるときみたいなこの内臓がゾワゾワする感覚! 何がとは言わないけどヒュンッてなるわ!
「……」
「痛い痛い痛い痛い」
メルティが俺の胴体にギュッと抱きついてくる。怖いんですか? 怖いんですね? でももう少し力を緩めてくれないと俺のあばらがヤバいから。ちょっと手加減して。ギブギブ!
胴体を締め付けてくるメルティの腕を必死にタップしている間にグランデが着陸を完了した。揺れや衝撃などもなく、実に優雅なランディングだったようだ。
「降りたぞ。降りたけどめっちゃ囲まれとる。武器も構えとる。めっちゃ怖い。たすけて」
「大丈夫だ、いま武器を降ろさせるから。ちょっと我慢しろ」
グランデは物言いが尊大なくせにえらく臆病だな。人間……じゃなくて人族に対して何かトラウマでもあるんだろうか?
なんとか目を固く瞑って俺に抱きついていたメルティを宥めて引き剥がし、身体を固定していたロープを解いてグランデの背中から降りる。
一緒に地面に降り立ったメルティの顔が少し赤い。必死に俺に抱きついていたのが今になって恥ずかしくなったのではなかろうか。
「私のことは良いですから。ほら、皆さんに言葉をかけてください」
赤くなった顔を見られていることに気がついたのか、メルティが片手で顔を隠しながらもう一方の手で俺をグイグイと押してくる。ふふふ、からかうネタができたな。あまりからかうと物理的に潰されそうだから扱いには気をつける必要がありそうだけど。
グランデの影から出て手を挙げると、周りを囲んでいた解放軍兵士達が大きくどよめいた。そのどよめきにグランデがビクッと身を震わせる。どれだけ怖いんだよ。
「みんな、ただいま! このドラゴンの名前はグランデだ! 結構怖がりだから、武器を収めてやってくれ。俺の友達でもあるから!」
俺の言葉を聞いた解放軍の兵士達は迷いながらも武器を収めていく。その様子を見たグランデが大きくため息を吐いた。生臭い。
「コースケ!」
解放軍兵士の囲いを突破して俺に駆け寄ってくる人影が一つ。見間違えようもない。シルフィだ。
「シルフィ!」
駆け寄ってきたシルフィを抱きとめ、抱きしめる。シルフィもまた俺を痛いほどに抱きしめてくる。いや、痛いほどじゃない。痛い。ミシミシいってる。ストップストップ、折れちゃう。絞まる絞まる苦しい!
「こーすけえぇぇぇぇ……」
「ぐ、ぐぐ、お、おれも……あ、あいたっかっt――」
これを受け止めるのも男の甲斐性! 男の甲斐……いや無理。視界が白くなってきた。シルフィの背中をタップするが、シルフィは俺のタップに気づく様子もなく声を上げて泣いている。俺を力強く抱きしめたまま。
「い、いきっ……グァッ……」
俺は絞められた鶏かなにかのような声を出し、意識を失った。
遠くで「こーすけぇぇぇぇぇっ!?」というシルフィの声が聞こえる気がするけど無理。神スキルの食いしばりさんは俺のスキル欄にはないんだよ、シルフィ。




