第110話~ドラゴンがあらわれた!~
「メルティさんや」
「なんですか?」
「行く先々に危険な魔物がいるのはどうかと思うんですよ、僕は」
「危険……?」
メルティが可愛らしく首をコテン、と傾げる。
「いやいや、そんなので誤魔化されないからな!? うわぁ、また来た!」
空から大きな影が飛来する。鱗に覆われた赤銅色の表皮、見るからに強靭そうな鉤爪付きの後ろ脚、前脚と一体化した皮膜付きの巨大な翼、凶悪な牙が除く顎、そして長い尾の先に鋭く光る毒針。
ここまで言えば賢明な方々には正体がお分かりだろう。そう、ファンタジーなお話ではたまに乗騎にされることもあるアレである。
「ワイバーンの餌場になってる山道とか危ないでしょ!? もっと俺の安全を考えて!?」
「あはは、危なくないですよー。ほら、コースケさん頑張れ♪ 頑張れ♪」
俺が無様に転げ回ってワイバーンの攻撃を回避する中、鋭い動きで飛んできた毒針付きの尾をヒョイヒョイと軽く避けながらメルティが笑う。
「クソァ!」
なんとかワイバーンから距離を取った俺は念のためにと作っておいたアサルトライフルを取り出し、その銃口をワイバーンの大きな身体に向けて引き金を引いた。
雷の落ちるような轟音が連続で響き渡り、音速の約二倍で飛び出した高威力の7.62mm弾頭が強靭な鱗で覆われたワイバーンの表皮をズタズタに引き裂いて体内を蹂躙する。
『GYAAAAAAA!?』
「死ねやああぁぁぁぁっ!」
血飛沫と共にワイバーンが空中で踊る。三秒間の死の舞踏の末、ワイバーンは力なく地面へと伏した。辺りに硝煙と濃い血の匂いが立ち込める。
「相変わらず凄いですねぇ、その武器」
「弾数にも限りがあるんだぞ……」
空になったバナナ型マガジンを交換しながら睨みつけるが、メルティさんはまったく堪える様子もなくニコニコとしていらっしゃる。
「コースケさんって『自分は戦えない非戦闘員です』みたいに振る舞ってますけど、結構凶悪な戦闘能力を持ってますよね」
「いやいや、俺は非戦闘員だからね? 無限の魔力とか、超絶技巧の剣技とか、傷つかない身体とか、そういうチート的な能力持ってないから。俺ができることなんてモノを作ることと、沢山の荷物を手ぶらで持って歩けることと、ちょっと奇妙な動きができるくらいのことだから」
「十分だと思いますけど」
どうやら俺の必死な主張を聞く耳を持つつもりはないらしい。俺は溜息を吐きながら木製銃床のアサルトライフルと一緒に息絶えたワイバーンをインベントリに収納する。
色々なゲームや漫画、小説で有用素材扱いされているワイバーンの素材か……少しだけ胸が熱くなるな。今晩が楽しみだ。
「もう少し安全な道は無いんですかね?」
「聖王国軍に絶対に絡まれない近道となると、やっぱりこういうところを通るしかないんですよね。特に、多少危険でも早く帰れる道となると」
「ぐぬぬ」
多少危険でも早く帰れる道が良いと言ったのは俺である。その時にメルティに『本当に良いんですね?』と二回聞かれたので何事かとは思っていたのだが、まさかここまで危険だとは思わなかった。
「これでも出来るだけ安全な道を選んでいるんですよ? 流石に致死性のガスが湧き出す毒沼とか、寄生型植物の蔓延る森林とか通るのは嫌ですよね?」
「それは嫌だ」
気がついたら取り返しがつかない状況になりかねないからな、そういうのは。
「それに比べれば魔物なんて目に見えるだけマシでしょう?」
「そう……か?」
「そうですよ。いざとなれば私が片付けられますし」
実際、今までの戦闘で俺に危険が及びそうになったらメルティが助けてくれているので俺としてはこれ以上何も言えない。
「それに、コースケさんも戦うことによって『れべる』とかいうのが上がるんですよね?」
「そうだな」
聖王国軍の兵士を爆発ブロックで大量殺傷して以来、俺が直接的に戦うことは殆どなかった。レベルアップも20で止まっていたのだが、ここ数日の戦闘でレベルが三つ上って今は23になっている。
レベルが上がったことによってスキルポイントも手に入ったので、スキルも新たに取得したり、レベルアップしたりもした。
★熟練工――:クラフト時間が20%短縮される。
・解体工――:クラフトアイテムを解体する際の獲得素材料が10%増加。
・修理工――:アイテム修復時間を20%短縮、必要素材数を20%減少。
★大量生産者Ⅱ――:同一アイテムを10個以上作成する際、必要素材数を10%減少。100個以上の場合は20%減少。
★伐採者Ⅱ――:植物系素材の取得量が40%増加。
★採掘者Ⅱ――:鉱物系素材の取得量が40%増加。
★解体人Ⅱ――:生体系素材の取得量が40%増加。
★創造者――:アイテムクリエイションの難易度が低下する。
★強靭な心肺機能Ⅱ――:スタミナの回復速度が40%上昇。
★俊足Ⅱ――:移動スピードが20%上昇。
・豪腕――:近接武器による攻撃力が20%上昇。
★優秀な射手Ⅱ――:射撃武器による攻撃力が40%上昇。 ※LVアップ!
★鉄の皮膚――:被ダメージを20%減少。
★生存者――:体力が10%上昇、体力の回復速度が20%上昇。 ※NEW!
・衛生兵――:回復アイテムの効果が20%上昇。
・爬虫類の胃袋――:空腹度の減少速度が20%減少。
・ラクダのこぶ――:乾き度の減少速度が20%減少。
こんな感じだ。
射撃攻撃の威力が上がる優秀な射手のレベルを上げて、新たに生存者のスキルを取得した。これで生存率はそれなりに向上したはずである。
そして、アチーブメントだが。
・初めてのクラフト――:初めてアイテムをクラフトする。※スキルをアンロック。
・初めての解体――:初めてクラフトアイテムを解体する。※スキルをアンロック。
・初めての採取――:初めて採取を行う。※スキルをアンロック。
・初めての採掘――:初めて採掘を行う。※スキルをアンロック。
・初めての獲物――:初めて生体素材を獲得する。※スキルをアンロック。
・初めての修復――:初めてアイテムを修復する。※スキルをアンロック。
・初めての作業台――:初めて作業台をクラフトする。※各種作業台やアイテムのアップグレードが可能になり、メニューにステータス、スキル、アチーブメントの項目が追加される。
・初めての鍛冶施設――:初めて鍛冶施設をクラフトする。※アイテムクリエイション機能がアンロックされる。
・初級ビルダー――:建築ブロックを合計5000個設置する。※まとめ置き機能をアンロック。左右対称モードをアンロック。
・中級ビルダー――:建築ブロックを合計500000個設置する。※ブループリント機能をアンロック。
・初めての合体――:異性と初めて合体する。あんたも好きね。※体力とスタミナが10ポイント上昇。
・テクニシャン――:合体中に相手を満足させる。やるじゃない。※異性への攻撃力が10%上昇。
・スケコマシ――:20人以上の異性から好意を持たれる。Nice Boat.※異性への攻撃力が10%上昇。
・タフガイ――:レベル20に到達する。アクション映画の主役も張れるレベル。※身体能力が50%上昇。
・初めての殺人――:初めて人族を殺害する。ひとごろしー。※人族への攻撃力が5%上昇。
・暗殺者――:存在を悟られることなく人族を一〇〇人殺害する。これで君も立派なアサシン。※テイクダウン機能をアンロック。
・大量殺戮者――:一度に一〇〇〇人以上の人族を殺害する。やりますねぇ!※人族への攻撃力が10%上昇。
・英雄――:人族を単独で三〇〇〇人殺害する。これだけやればただの人殺しじゃないね? ※半径100m以内の味方の全能力が10%上昇し、好感度が上がりやすくなる。
・爆弾魔――:爆発物で生物を一〇〇体倒す。どかーん。楽しいよね。※爆発物で与えるダメージが10%上昇。
・地底人――:地下で十四日間以上過ごす。※暗視能力が向上する。 NEW!
・毒喰い――:致死性の毒を受けて解毒薬を使わずに毒状態から完治、生還する。※毒ダメージ50%軽減。 NEW!
地底人と毒喰いの二つが増えているだけだった。うーん、伸びが悪いな……? もっと積極的に変な行動をした方が良いんだろうか。
高いところから飛び降りるとか、大怪我をしてみるとか……痛いのは嫌だな。もう少し穏便な内容だと長時間潜水するとか? 溺れるのも嫌だな。でも沢山泳いでみるのはアリかも知れないな。今度やってみよう。
「そういうわけで、張り切っていきましょう」
「残弾が少なくなったらもう少し安全な道で頼むぞ……」
「はい。できるだけ早めに言ってくださいね」
言ったら手加減してくれるんだろうか? なんかそれはそれで『武器を使った戦闘の訓練をするチャンスですね!』って感じでほどほどの危険地帯に連れて行かれる気がしてならない。
なんかこう、段階的に敵が強くなってる気がするんだよな……最初はゴブリンの集落だったけど、そのうちに凶暴な大猿の縄張りになっている森だの、巨大なカマキリ型の魔物が出る草原だのって感じでどんどん敵が強く、大きくなってきている。そして今日はワイバーンだ。明日は大蛇とか、大蜘蛛、あるいはグリフォンにでも襲われるんですかね?
「この山を越えたらアーリヒブルグはもう目と鼻の先ですから」
「えっ、マジ? まだ一週間も経ってないけど」
確かに道なき道を同じ方向にずーっと移動してきたと思うけど、そんなに? 歩いたら一ヶ月とかなんだよな?
「びっくりしてるみたいですけど、私達の移動速度って多分馬車より早いですよ。しかも普通は大きく迂回する魔物の領域を真っすぐ突っ切ってますからね」
「そうだったのか……よし、行こう!」
やる気が湧いてきた。こうなったらワイバーンでもなんでもどんと来いだ。俺の邪魔をする奴は全員蜂の巣にしてやるぜ!
そう思っている頃が僕にもありました。
「あれは無理じゃないかな」
「大丈夫大丈夫。いけますよ」
俺達の行く手を塞ぐ存在。
それは雄々しくそそり立つ一対の立派な角を頭に生やした一匹の竜だった。黄土色の、いかにも頑丈そうな鱗がみっしりと生えている表皮。口から覗く凶悪な牙。鎚のような突起がついている長い尾。雄大さを感じさせる大きな翼。
あー、俺見たことあるよ。こういうやつ見たことある。ハンターになってああいうドラゴンとか狩るゲームで。こいつ地中からハリケーンミキサーめいた攻撃とかしてくるやつじゃない? ちょっと見た目がそんな感じだよね。
「いや無理無理。あんなの突っ込んできたらそれだけで死ぬ。アサルトライフルも効きそうにないし」
いくら貫通力の高いアサルトライフル弾でもあいつの鱗は貫けそうにない。
「コースケさんのことですから、もっと強い武器も用意してありますよね?」
「ありますけれどもね?」
溜息を吐き、あのドラゴンに有効打を与えられそうな武器をインベントリから取り出す。
アクション映画を見ていれば誰もが一度は目にするであろう、とても有名なロケットランチャーだ。正確には無反動砲で、発射後に弾頭がロケットモーターで加速するのだが……細けぇこたぁいいっこなしだな。
「魔法の杖みたいですね」
「こんな物騒な魔法の杖があってたまるか」
「魔法の杖って物騒なものじゃないですか」
「……それもそうか?」
確かに、魔法のある世界だと魔法の杖ってとても物騒なものなのかもしれないな。
「とりあえず、こいつで一撃する。多分怯むだろうから、メルティが速攻でとどめを刺す。そういう作戦でどうかね」
「そうですね。アレ相手に手加減をするとコースケさんが死んでしまいそうですし」
「そうしてください。ちなみにアレってメルティなら一人で勝てるのか?」
「飛ばれる前に仕留められれば恐らくは」
もうメルティだけで良いんじゃないかな? そう思わなくもないが、ただ彼女の影に隠れているだけというわけにもいくまい。
「どこを狙えばいい?」
「顔か首、それか胸ですね。翼の付け根でもいいですよ」
「わかった」
それにしても、こっちが風下で良かったな。こっちが風上だったら匂いで俺達の位置がバレていたかもしれない。そうすれば奇襲も出来なかっただろう。
覚悟を決めて物陰から攻撃の隙を伺う。あいつがデカイせいで距離感が今ひとつ掴めないが、距離は100mくらいだろうか? これくらいの距離なら十分このロケットランチャーの射程圏内だ。
ドラゴンは何をしているのか、ウロウロとしていて落ち着きがない。時折何かを探すかのように辺りを見回したりしている。何かを探しているんだろうか?
「この武器、狙撃には全然向かないんだ。どこに当たるかわからんぞ」
「なんとかしますよ」
「そうかい……行くぞ。真後ろは爆風で危ないから真後ろには立たないようにしてくれ」
「わかりました」
「よし……撃つぞ!」
物陰から飛び出し、照準器にドラゴンを捉えてから安全装置を解除する。
そんな俺の行動に気付いたのか、こちらに目を向けたドラゴンがギョッとした顔をした。
「うん……?」
まて、話せばわかると言わんばかりに身振り手振りをするドラゴン。なんだか様子がおかしい。
「なぁ、メルティ。あのドラゴンなんか変じゃないか?」
「えっ……? 襲ってくる気配がありませんね」
「なんだか怯えているというか、戦いを避けたがっているように見えるんだが」
もしやメルティの圧倒的なカラテを察知しているのでは? 俺は訝しんだ。
「どうする? というかドラゴンと戦ったことってあるのか?」
「いえ、初めてですね。出会うのも初めてです」
「実はドラゴンって物凄く頭が良くて人間の言葉を理解できるとかだったりしない?」
行く手に居るドラゴンが「そうそれ!」と言わんばかりに身体に対して随分と小さな前脚の指を必死に俺に向けてくる。
「そんな話は聞いたことがありませんけど……」
「でも、明らかに俺の言葉を理解してるよな、あいつ。なぁ?」
俺の言葉にドラゴンがコクコクと頷く。
「ほら、頷いてる」
「えぇ……」
メルティが困惑の表情を浮かべる。確かにドラゴンって言えば強くて凶暴ってイメージだものな。でも、話の通じるドラゴンとかも結構多いんだよな。物語とかだと。この世界では違うのかね。
「何か話しかけてみたらどうだ?」
「じゃあ、右手を上げてみてください」
ドラゴンはメルティの言葉にしたがって右手を上げ――なかった。何を言っているのかわからないのか、首を傾げている。
「メルティの言葉がわからないのか? 右手を上げてくれって言ってたんだが」
ドラゴンは俺の言葉に頷いてから右手を上げた。これはもしかして。
「俺の言葉しかわからないんじゃないかな、こいつ」
「なるほど……?」
ドラゴンはまたもや「そうそれ!」とでも言うかのように俺を指さしてくる。
「コースケさんはドラゴンと話せる、と。新たな能力ですね」
「凄いんだけど使い所があんまり無さそうだよな」
何故? とは考えない。考えるだけ無駄だからだ。そもそも俺の能力だってわからないことだらけだしな。でも、敢えて何か理由を考えるとすれば心当たりが無いこともない。
「俺、異世界から来た稀人なのに最初からシルフィ達と言葉が通じたんだよな」
「そうですね?」
「文字も何故か読み書きできるんだ。全然知らない筈の文字なのに」
「なるほど。稀人であるコースケさんはこの世界の全ての言語を読み書きして話すことができると?」
「その可能性がある。お前もそう思わないか?」
「え? じゃあもしかして妾の言葉も通じるの?」
ガオー! という咆哮に重なって若い女の子みたいな声が聞こえてくる。ボリュームがでかいでかい。耳がおかしくなる。
「もう少し小さい声で話してくれ。あと息が生臭い」
「生臭い!? 乙女に向かってなんて言い草を!?」
ドラゴンが愕然とした表情で口をあんぐりと開ける。わぁお、牙が凄い鋭い。
「コースケさん、やっぱり危ないのでは?」
「いや、普通に話してるだけだから……とりあえず、ここ通らせてもらっていいか?」
俺が聞くと、ドラゴンは急に牙をむき出してふんぞり返った。
「ククク、我が領域を通ろうと言うのか? 命が惜しくないと見えr――」
「やっぱこいつ悪竜の類かもしれん。メルティさんお願いします」
「はーい」
両手を激しく発光させたメルティが笑顔で一歩踏み出す。
「まってまってゆるしてそいつ魔神種じゃろ? 絶対ヤバいやつじゃろ? 妾痛いの嫌いだし死にたくないから!」
こいつ口調安定しねぇな……さて、どうしたものか。




