第010話~川の水は冷たい(真顔)~
ギズマとの戦闘を終えて三十分ほど歩くと、ついに小川に突き当たった。小川と言うか、渓流か?
「綺麗な川だな」
「ああ。水棲の魔物も居ないし、安全だ。たまに魔物が水を飲みに来ることがあるから油断はできんがな」
「そりゃ怖い」
そう言いながら俺は石製のスコップをインベントリから取り出した。これで川底の砂を採取しようというわけである。川底の砂をインベントリに入れれば恐らくインベントリ内で砂鉄とただの砂に選り分けられるはずだ――ということをシルフィに話した。
「なるほど。確か里の職人は握り拳くらいの丸くなった石を鉄鉱石だと言っていた気がするが」
「そうなのか。それじゃ石も片っ端からインベントリに入れていくか」
「程々にな」
シルフィが苦笑する。確かに、生態系を破壊するほど採取するのは良くないな。程々にしておこう。でも石も色々と使うんだよな。
とりあえず、俺はじゃぶじゃぶと川の中に入って鉄鉱石と砂鉄の採取を始めた。川の深さはさほどでもない。深くても1mくらいである。川の流れはそこそこ速いので、足を取られないように注意したほうが良いな。
「おほー、冷てぇ。でもこれは資源の宝庫ですわ」
ザクザクザクと水中で石スコップを振るう。かなり重いが、左クリックを意識して自動で動かせばそうでもない。そしてザクザクとインベントリに川の砂が溜まっていく。いくらか溜まったところで川の砂を元にクラフトメニューを開いてみると、予想通り砂鉄がクラフトできるようである。やったぜ。
砂鉄のクラフトを裏で進行しながら川底の石もインベントリに入れていく。ほとんど普通の石だったが、たまに『餅鉄』というアイテム名の石がある。これがシルフィの言っていた丸い鉄鉱石というやつだろう。餅って文字を見たら餅が食いたくなってきた。この先食えることがあるのかね?
無理かな? 無理だろうなぁ。ちょっとホームシックな気分になる。
「おい、こいつをインベントリとやらに入れておいてくれ」
暫く川で採取していると、採集地点から離れていたシルフィが一抱えほどの大きさのウサギのようなネズミのような何かを持ってきた。
「あいよ」
素直にインベントリに入れておく。アイテム名が『ラビットの死体』になっている。ウサギじゃねぇか。でかいなこのウサギ。あー、でも地球でも体長1m以上になるウサギがいるんだっけ。ネットで見たことあるわ。それに比べればこれくらい普通だろう。ギリギリ小型犬……いや、中型犬だなこれ。
そんな感じで暫く採取をしていたのだが、問題が発生した。
「戻ってきてみれば……何をやっているんだお前は」
「サムイ……サムイ……」
川の水は冷たかったよ……一時間半くらい頑張っと思うが、流石に芯まで冷えてきたので簡易炉に火を入れて温まってました。だって寒いんだもんよ。
「ご主人様が働いているのに下僕のお前はぬくぬくと休憩中か? 良い身分だな」
「申し訳ねぇ」
今度は鹿のような動物を獲ってきたようである。首筋に刃物の傷があるが、まさかあの山刀だけで仕留めたのだろうか?
「ボーラはなかなかの使い心地だな。上手く投げればヤッキも楽に獲れる」
どうやら早速俺が献上したボーラを使ったようである。なるほど、あれを足に絡めでもして機動力を奪ったんだな。俺の渡したものはこの上なく正しく運用されているようである。
「ヤッキって名前なんだな、こいつ」
「ああ、まだ仕舞うな。内蔵を取り出して川で冷やす」
「血抜きは?」
「そんなものよりまずは肉を冷やすのが先決だ。さっさと冷やさないと肉が臭くなる。ロープを出してくれ」
「そういうものなんだな。了解」
俺がインベントリからロープを取り出して手渡すと、シルフィは手際よくヤッキを木に吊るして腹を割き始めた。俺は木製の大皿をインベントリから出して摘出される臓物を回収する。回収……。
「ヴォェッ!!」
「吐くのは構わんが、あっちでやれ」
グロいのはまだ無理っす。吐きそうになったので、温まってるうちに作っておいた木の水筒に川の水を汲みながら応援しよう。沢山汲んでおいて、後で飲料水を量産するのだ。備えは大事だからな。
程なくして内蔵を抜き終えたシルフィは毛皮がついたままのヤッキの死体を川に投げ込んだ。俺はと言うと、木の大皿の上に載せられた臓物をあまり見ないようにしてインベントリに回収中である。
「これでよし」
「俺、動物の肉を美味く食うには血抜きが大事だと思ってたよ」
「それも大事ではあるが、それよりも肉を冷やすのが先決だ。肉をさっさと冷やさないと身体に残った血が腐って肉が臭くなる」
俺の質問にシルフィは血塗れになった手を渓流で洗いながらも嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。
「へぇ、そういうものなのか。狩人の知恵だな」
俺の解体だとその辺はどうなるんだろうな? リザーフの肉は特に臭くもなかったし、なんか良い感じに処理してるんだろう、多分。
「そういえば、さっきのラビットは良いのか?」
「アレは何故だか知らんがすぐに肉を冷やさなくても臭くならんのだ。帰ってから血を抜けば良い」
「へぇ、そんなのもいるんだな」
仕組みはわからんが、経験からくる知恵というものは尊重すべきである。ましてや俺はこの世界の動物についてなんの知識もないわけだしな。
「それで、お前の方の成果はどうなんだ?」
シルフィが煌々と光と熱を放つ簡易炉を横目で見ながら聞いてくる。
「おお、なかなか良い感じだぞ」
俺とてただサボっていたわけではない。簡易炉を運転しつつ、砂鉄や餅鉄から鉄を取り出して加工を行っていたのだ。
「砂鉄や餅鉄――鉄鉱石は朽ちた武器防具よりも資材として使い勝手は良いと思う。何というのかな、変換効率が良い感じとでも言えば良いのか」
「ふむ、よくわからんが好調なようで何よりだな。で、何を作った?」
「取りあえずこれとこれとこれだな」
俺がインベントリから取り出したのは出来立てほやほやの鋼鉄製シャベルと鋼鉄製つるはし、そして伐採用の鋼鉄製の斧である。
「まずは資材調達用のツールを揃えるのがセオリーってね」
「ふむ、より効率的に採集を進められるようにしたわけか」
「そういうことだ。特にこいつは凄いぞ」
俺は鋼鉄のつるはしを構え、手近な岩に向かって何度か振り下ろす。そうすると、岩はすぐに粉々に砕けて鉄鉱石や石、宝石のような光沢を放つ石などに分解された。
この辺りの岩を砕くとなんか宝石みたいなものが結構出てくるんだよな。今の所見つかったのはガーネット、スピネル、ベリル、トパーズ、水晶、アメジストといったものだ。正直、クラフト素材としては何に使うのか皆目見当もつかないけど。
もしかしたらカネになるのかもしれんが、この世界の貨幣制度ってどうなってるのかね? 夜にでもシルフィに聞いてみるか。
「土魔法の使い手でもこうはいかんぞ……その道具、本当は魔道具か何かじゃないだろうな?」
俺が手渡した宝石の原石らしきものを検分しながらシルフィが呻く。
「そんな大層なものじゃないって。俺が道具を振るうからこうなるんだよ」
笑いながら鋼鉄のつるはしをシルフィに手渡す。一応彼女もそこらの岩につるはしを何度か叩きつけたが、俺と同じようにはならなかった。普通に岩を割ってたけど。絶対に怒らせないようにしよう。
「ふーむ、やはりお前が特別というわけか」
「ふっ、その通り。俺は特別なんだ。だからしっかりと保護してください」
「そうだな、そうするとしよう」
真顔でそう言いながらつるはしを返された。うん、真顔で言われるとなんかこう、滑ったみたいで恥ずかしい。俺の想像してた反応と違う。そこはニヤニヤしながら思わせぶりに返してくるところじゃないの?
「あー、その。うん。ありがとう。ところで、腹減らないか?」
「そうだな、そろそろ昼か。昼食にしよう」
「おう、任せろ」
椅子代わりの丸太をインベントリから二つ取り出して地面に置き、朝作ってきたリザーフ肉サンドと飲料水も同様に二つ取り出す。これで昼飯の準備は完了だ。
「まだ温かいな?」
「うん、俺のインベントリに入れておくと時間の経過が無いか、あるいは極端に遅いらしい。昨日の夕方に火をつけた火口をそのまま入れてあったんだが、さっき取り出したらまだ普通に火がついてた」
「それは……凄いな。お前の力はこの世の理を無視するのか」
「そういうことみたいだな」
時間の流れを誤魔化すのって凄いよな。どういう仕組みなのか皆目検討もつかないぜ。時間の流れが違う亜空間に収納してるとか?
「斧やシャベルも作ったんだったか。そちらも試したのか?」
肉サンドをぱくつきながらシルフィが質問してくる。チョット待って、いきなり話しかけられると喉詰まりそう。飲料水をゴクゴクと飲んで喉につまりかけた食物を胃に流し込む。うめぇ。
「んぐっ、んんっ。試してみたぞ。斧は伐採にかかる時間が半分以下になったな。シャベルは使いやすくなったと思うが、具体的な効果はわからんね」
「なるほど。次は石や金属を加工するために鑿や鏨を作ってみたらどうだ?」
「ほう、『のみ』と『たがね』か。そういえばリストにそういうものがあったな」
ノミとかタガネは名前こそ知ってるけど具体的な使い途が思い浮かばなかったから、使い途のわかるつるはしや斧、シャベルを優先したんだよな。
「作れるなら作っておけ。あと、この辺りの岩は砥石に使えるものもあるはずだ。里の職人がたまにこの辺りに砥石を採集しに来ているぞ」
「砥石、それは重要だな」
刃を研ぐのにも、また金属を研削するのにも砥石は使えるはずだ。是非確保したいな。
あと、鉄の生産も安定しそうだし、そのノミとタガネの二つだけじゃなく、他にも工具の類を作っておきたいな。
「なぁ、ノミとタガネだけでなく他にも工具を色々と作りたいんだが、良いか?」
「ああ、やってみろ。それでお前の力が増すことになるならやれるだけやれ」
「アイアイマム」
ご主人様からのお許しも出たので、俺はどんどん金属製の工具を作っていくことにした。ノミ、タガネ、鋸、錐、鉋、釿、ヤスリを次々と作る。
「どうだ?」
「ノミとタガネを作ったらちょっとどうしたらいいかわからんくらい作れるものが増えた」
ただ金属を叩き伸ばして刃をつけるだけ、という作業から本格的な金属加工のレベルに入ったということだろうか。
というか考えてみたら砥石もないのにナイフとかどうやって刃をつけたんだろうか? 今更気にしても仕方ないけどさ。
「ちょっと材料の鉄の精錬が追いつかないな。加工を待つ間に砥石を探してみる」
「ああ。私はもう少し獲物を探してくる。あまり期待はできんがな」
チラリと火の入っている簡易炉を一瞥してからシルフィが森に消えていく。あ、そうか。火を焚いたから臭いで獲物が逃げたのか。それはすまんことをした……文句は言ってこなかったから、さっきシルフィが言っていたように今日の外出は採集、つまり俺の能力を把握して伸ばすことがメインなんだろう。優しいなご主人様流石優しい。期待に応えられるようにしよう。
「つってもどう使えば良いんだろうな、これ」
ノミとタガネを手に首を傾げる。いや、どっちとも見たことのある道具ではあるよ? でも、実際に使った記憶は無いんだよな。そりゃハンマーやノコギリ、ヤスリにキリくらいは使ったことあるさ。でもノミとタガネなんてあまり使った覚えがないぞ。
どっちもハンマーと組み合わせて使うものだとは思うけどな。
「悩むよりやってみろだな」
まずはタガネとハンマーを持って岩に左クリックを意識してみる。特に反応が無い。使い方が違うのか?
「お、こっちは使える」
タガネをノミに持ち替えると岩の表面に穴を空けられることがわかった。で? どうすんだこれ? 使い方のチュートリアルプリーズ! しかしクラフトメニューは何も返しくれないし、F1キーを意識してもヘルプが立ち上がることもなかった。残念である。
「んんー……?」
四苦八苦すること十数分。
「なるほど」
ノミとタガネの使い方がやっとわかった。どうやらノミで複数の穴を空けて、空けた穴にそれぞれタガネを突っ込んでハンマーで叩くと並べた穴を直線で繋げるようにして岩を割ることができるようである。これで岩をある程度自由に切り出せるわけだ。
「……使い所が微妙じゃないかこれ」
正直何に使ったら良いのかわからない。手間がかかる割に得るものが少ないような……あ、成形した石はインベントリに入れると石材として使えるのか。つまりこれも素材集めの道具ってことだな。
でも、この渓流じゃ大量の石材を得るのは大変だな……後でシルフィに石材を調達できそうな場所を教えてもらうか。
いくつか岩を割ったり回収したりしたところで砥石も手に入ったので、簡易炉のある場所に戻る。
「しかしマジで色々増えたな……」
ふむ、この工具の数……そろそろ『アレ』を作る時が来たようだ。
アレってなんだって? クラフト要素のあるゲームではおなじみのアレだよ。アレ。
実は結構前からクラフトメニューには表示されていたのだが、必要な部品や工具が足りなくてスルーしていたのである。工具が充実し、金属部品が色々と作れるようになった今なら作成することが可能だ。
「作るとしようか……そう、作業台を!」
これを作ってからがクラフトの本番というやつだ。気合を入れていこう。
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