第104話~紅玉の瞳と金色の瞳~
「全快ですね」
「全快だな」
翌日の朝。
遂にステータス異常の項目から毒の表示が消え、体調が全快した。アマーリエさんによる診察も問題なし。やっと外に出られるというわけだ。
「あー、宿においてあった荷物、処分されてるよなぁ」
「大丈夫ですよ。引き取ってありますから」
「マジで?」
「マジです。貴方のことを調査した際にラフィンの宿に宿泊しているというところまでは掴みましたので」
「アドル教の調査能力こえー」
「貴方は目立ちますからね」
それもそうかと納得する。そもそも黒髪の人物というのが少ないらしいし、俺の格好を見れば傭兵か冒険者であるということは一目瞭然だったはずだ。あとは門番に問い合わせれば足取りは追えるだろう。俺を案内した少年を捕まえれば銅貨数枚で俺の情報は得られるだろうし。そうすれば後は芋蔓式だ。
「これが欲しかったのですよね?」
エレンがどこからか白銀に輝く光十字のロザリオを取り出す。あの光沢は恐らくミスリル。俺の求めていた品だ。
「ああ、そうだ」
「何故ですか? 貴方の立場からして、必要なものだとは思えないのですが」
「すまん、それは話せない。だが、必要なものなんだ」
流石にエレンにもゴーレム通信機のことは話せない。あれはクロスボウやハーピィ用の航空爆弾よりも重要な戦略兵器だ。
「ゴーレム通信機とやらの材料にミスリルと銅の合金を使うそうですね」
「あのクソ狐!」
「ええ、そのクソ狐から聞いた話です。流石に設計図や現物は持ち出せなかったようですが」
「そりゃ無理だろうな」
ゴーレム通信機の管理は徹底している。設計図なんてものは技術者の頭の中にしか存在しない。ゴーレム通信機に関しては覚え書き程度のものですら絶対に残さないように俺が強固に主張し、アイラがそれに同意したためそういう扱いになったのだ。
あれが敵に奪われて量産なんかされた日にはどんな恐ろしいことが起こるか想像もつかない。数に勝る敵が有機的に連携して襲いかかってくるなんて事態は想像もしたくないな。
「まぁ、良いです。差し上げます」
「良いのか?」
「良いですよ。大金貨二枚で」
「あ、はい」
俺は枕元に置いてあった財布から大金貨を二枚取り出し、エレンに渡す。いくらアドル教の聖女様でもタダでミスリルのロザリオを渡すのは不味いらしい。
「あと、これも差し上げます」
そう言ってエレンは一枚の紙を取り出した。何やら上質の紙に短い文と印の押されている書類のようだ。
「私に面会できる面会状です。よほど立て込んでいない限り最優先で面会できます」
「おお……それは嬉しい」
「嬉しいんですか?」
「嬉しいよ。これでいつでもエレンに会えるんだろう?」
「そうですか。そうですよ」
そう言ってエレンはツイっと顔を逸らした。少し耳が赤くなっているようだ。俺がストレートに嬉しいと言ったのが恥ずかしかったか何かしたらしい。
「俺からも何か……うーん、そうだな」
これがあれば俺にフリーパスで会える、みたいな物品が思いつかない。俺にしか作れないものといえば銃の弾丸なんだが……そうだな、装薬と雷管を抜いたものに俺の名前を刻んだものを渡して、同じように書状を作っておけばいけるかも知れない。
「同じような紙とペンを貰えないか?」
「書状を書くのですか?」
「ああ、そんな感じだ」
「わかりました。少し待ってください」
エレンが席を立ち、しずしずと扉へと歩いていくのを見ながらクラフト画面を操作し、小銃弾の弾薬を材料としたペンダントトップを作り、それと革紐を材料として小銃弾のペンダントを作る。
「うーん?」
これで大丈夫だろうか? 俺の名前でも彫っておくか? いや、なんか俺の名前を彫ったペンダントを持たせるとか恥ずかしいよなぁ……自分の名前を彫ったペンダントを首にかけさせるとかちょっとアレじゃない? なんかこう、独占欲とかそういうのが滲み出ない? でもな、万が一の場合は俺に会うための通行証代わりとして機能させることになるかもしれないしな。
うん、彫っておこう。念のために。
出来上がった銃弾ペンダントを再びインベントリに入れ、アイテムクリエイションを使って自分の名前入りの銃弾ペンダントを登録し、再びクラフトする。
出来上がってきたのはこちらの世界の言葉で『コースケ』と掘られた小銃弾のペンダントだ。なんというか、無骨。優雅さとか華やかさとか欠片もない。物騒な雰囲気の漂うペンダントである。
「それは?」
「ああ、んー……俺にしか作れない特別な矢玉をペンダントに加工したものだよ」
「矢玉なのですか? 鏃にしては大きいと思いますが」
「飛ぶのは先端のこの部分だけなんだ。まぁ、危ないからこれからは飛ばすための力を抜いてあるけど」
「そうなのですか……貴方の名前が彫ってあるようですが」
「俺が作ったものだってわからないと意味がないだろ?」
「ふーん……自分の名前を彫ったペンダントを私の首にかけるんですね」
「いざという時の身分証がわりみたいなものだから……」
そう言って小銃弾のペンダントをエレンに手渡すと、ペンダントを受け取ったエレンがそのままペンダントを差し出してきた。
「貴方の手で私の首にかけてください」
「えぇ……」
「さぁ」
「……わかったよ」
頑として譲る気は無さそうなのでエレンの手からペンダントを受け取り、首にかけてやる。顔と顔が近づくにつれて、なんかいい匂いがしてくる。なんで女の子っていい匂いがするんだろうな。不思議だ。
なんてことを考えていたのが良くなかったのか、いきなりエレンが俺のことをギュッと抱きしめてきた。
「お、おい?」
「行ってしまうのでしょう? 私を置いて」
至近距離から紅玉の瞳が俺の目を覗き込んでくる。深い紅色の瞳に吸い込まれそうだ。
「そりゃ……うん、そうだ」
嘘を言っても仕方がない。俺はシルフィ達のところに戻らなきゃならないからな。俺のいるべき場所はシルフィの隣なのだ。
「ならこれくらい許して下さい」
エレンがより一層力を込めて俺に抱きつき、マーキングでもするかのように首元に頭を擦り付けてくる。
ペンダントの革紐を結び終え、俺もエレンの身体に手を回してそっと抱きしめた。華奢な身体だ。シルフィとは比べるべくもない。少し力を入れただけで折れてしまいそうだ。
エレンが俺の顔を見上げ、そっと目を閉じた。誘われるままに唇を重ねる。
「……こうやって何人の女性をその毒牙にかけたんですか?」
「こういう甘酸っぱい感じは初めての気がするな」
シルフィもアイラもハーピィさん達も情熱的過ぎてこういうの飛び越えちゃうから。
「そうなのですか」
「そうなのです。あと、そんな無骨な品だけどアクセサリを贈ったのもエレンが初めてです」
「そうなのですか」
「そうなのです」
「迎えに来てくださいね」
「必ず」
「約束ですよ」
エレンがふわりとした笑みを浮かべる。うーん、とてもかわいい。本当にこの世界に来てからのモテ具合は何なんだろうか? 俺をこの世界に放り込んだ神の導きなのか? アドルなのか何者なのかはわからんけど、ロクに神に祈ったこともないのに信心が芽生えそうだぞ。
そんなことを考えているとエレンが名残惜しそうにそっと俺を抱きしめていた腕を解いたので、俺もエレンを解放してお互いに身を離す。
「ええと……書状を書くよ」
「はい。他になにか連絡手段があれば良いのですが」
「連絡手段ねぇ……連絡手段……あ」
思いついた。思いついたよ、連絡手段。
「エレンは王城に自由に入れるんだよな?」
「ええ、勿論です」
「メリナード王国の王族がいる凍りついた区画にも行けるか?」
「行けますが……」
エレンが怪訝な表情をする。それはそうだろう。あの区画はライム達が厳重に警備をしている超危険地帯なのだ。城の人間は近付こうともしない区画のはずである。
「実はな、俺は城の地下でスライム達と仲良くなったんだ」
「あの危険な魔物と……? 俄には信じられませんね」
「あれは王族と契約してスライムとして受肉した精霊の類らしい。物凄く知能が高いというか、普通に話もできるぞ。敵には容赦がないみたいだけど」
「そうなのですか」
「そうなのです。で、だ。彼女達に連絡手段を渡しておくから、俺に伝えたいことがあれば彼女達を経由してくれ。ただし、怒らせるなよ。俺からエレンを襲わないように話はしておくけど、メリナード王国の王族に手を出そうとしたら容赦なく襲いかかってくるだろうから」
「わかりました」
効果があるかどうかはわからないが、エレンが用意してくれた紙に銃弾のペンダントを持つ人が俺の大切な人であるということ、丁重に扱い、俺に連絡して欲しいということを書く。
「ナイフなんて取り出して何を?」
「こうするんだ」
指先を傷つけ、滲み出してきた血を右手の親指に塗りたくって血判を押す。いてて、ちょっと切りすぎたかもしれん。
「随分と思い切りますね」
「いざという時にエレンの命を救うかも知れないものだからな。出来る限りのことはする」
いざというとき、というのは解放軍がエレンを捕らえるか何かしてしまった時のことだ。俺は解放軍に帰ったら致命的な衝突が起こらないように働きかけるつもりだが。
「ありがとうございます。それで、今後の動きなのですが」
「うん」
「とりあえず、うちの教派の本部に連絡を取ってみますが……かなり時間がかかります」
「だろうね」
メリネスブルグから聖王国の王都までどれくらいの距離なのかはわからないが、馬車でも片道一週間とか二週間とかなんだろうなと思う。
「しかし、具体的にどうしたら良いのかサッパリわからんな」
「政治が関わりますからね。何れにせよ、話し合いの場が必要だと思います。一ヶ月後から二ヶ月後くらいを目処に会談の場を設けるべきかと」
「そうだな。どこかで幕は引かないといけないものな」
「そうですね」
お互いにどちらかを殺し尽くすまで戦うなんてことはできない。いや、圧倒的な国力差・戦力差があればそれも可能なのかも知れないが、少なくとも聖王国と解放軍の間でそういう事態にはならないだろう。そうさせてはいけない。
「苦労しそうだな。お互いに」
「そうですね。がんばりましょう」
互いに頷きあう。どこまで妥協を引き出せるかが肝心なんだろうが……まぁ、難しいだろうな。解放軍はメリナード王国領からの全面撤退を求めるだろうし、聖王国としては二十年もの間実効支配してきたメリナード王国を手放すなんてのは言語道断だろう。どこに妥協点を見出だせるか……。
「荷物を持ってこさせます」
「ああ」
エレンが部屋から出ていき、少ししてから二名の教会騎士が俺の鎧や盾、兜や槍なんかを持ってくる。なんだか見張られたまま鎧を着るのって変な気分だな。
装備を身に着け終え、教会騎士に案内されて大聖堂へと向かう。
「行く前に祈ったほうが良いかな?」
「そうすると良いと思います」
「祈り方とか知らないんだが」
「祈る心があれば良いんですよ」
そう言ってエレンが手を組み、目を瞑って祈り始める。俺もそれに習って目を瞑り、俺をこの世界に放り込んだ名も知らぬ神に祈ることにした。色々と厄介事も多いけど、この世界に来てからというものの生きているって実感を強く感じる。ありがとう。
祈りを終え、最後にエレンとしっかりと目を合わせる。紅玉の瞳には決意が漲っているように思えた。胸元には俺の渡した小銃弾のペンダントが鈍い光を放っている。
「それじゃあ」
「はい。神のご加護があらんことを」
踵を返し、大聖堂を後にする。
ミスリルの調達に予定外の時間をかけてしまった。早く地下道に戻ってライム達と合流し、ゴーレム通信機を作らないと。
大通りを通り、足早に城門を目指す。そう言えば通行証の期限を過ぎているんだが、大丈夫なんだろうか? 流石にしょっぴかれて牢屋行きってことにはならんだろうけど、追加で税の納付を求められたりしそうだなぁ。
なんて考えながら歩いていると、何者かに腕を強く掴まれた。
「っ!?」
凄まじい力だ。なんて思っているうちに薄暗く、細い路地に引き込まれて腕を極められ、壁に身体を押し付けられる。ヤバい、油断した。一体何だ? まさかキュービか!?
混乱している俺の耳元に襲撃者が口を寄せてくる。どこか蠱惑的な甘い香りを感じる。女?
「はぁい、コースケさぁん」
「ヒェッ……」
聞き覚えのあるその声に背筋が震える。こ、この声は……俺にひたすら石臼を回させたりするヤベーやつの声! ま、まさか……何故ここに?
「メ、メルティ……?」
「あら、すぐにわかりましたか」
俺を後ろから壁に押し付けていた力が緩んだので、振り返る。
「っ!?」
瞬間、背筋にゾクリと悪寒が走った。瞳孔が縦に割れた金色の瞳が俺の目をじっと見つめていたのだ。
「随分とアドル教の連中と仲良くしていたみたいですね……コースケさん?」
その声音は氷のように冷たく、明らかに俺に疑念を抱いているというのが丸わかりであった。
「おお、もう……」
俺はそう言って天を仰ぐしかなかった。