第103話~☆(・ω<)~
翌日である。
こっそりと目を盗んでポイゾの解毒薬をチビチビと飲んでいたのが良かったのか、それとも聖域である大聖堂に留まっていたのが良かったのか、単に自然治癒が進んだのかはわからないが、体調はかなり復調してきた。
ステータス画面を確認してみると、状態異常の項目に『猛毒(慢性)』とあったのが『弱毒(治癒進行中)』になっている。体力とスタミナゲージも最大まで回復しているし、無理をしなければいつもどおりに動けそうな感じだ。
「顔色もだいぶ良くなりましたね」
「これも皆さんのおかげです」
今日も朝から食事を運んできてくれたアマーリエさんに感謝の意を込めて頭を下げる。エレンも時間の空きを見てちょくちょく来てくれていたが、ずっと俺のそばについて面倒を見てくれたのはアマーリエさんだったからね。嫌な顔ひとつせず甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるその姿はまるで女神のようであった。
「でも、モノがバジリスクの毒ですから。もう少し様子を見たほうが良いでしょう」
「はい」
現時点では弱毒の与えてくるダメージよりも自然治癒能力のほうが上回っているようだが、大聖堂を出たらどうなるかわかったものじゃない。ジリジリ減り始めたりしたら死にかねないので、ステータス異常の項目が消えるまではおとなしくしていたほうが良いだろう。
とはいえ、この環境はとても暇である。クラフトも出来ないし、インベントリをいじることもできない。ただただ食っちゃ寝して静養をするというのは精神的にはとてもつらい。
アマーリエさんはなにか繕い物を持ち込んでそれをチクチクしているのだが、当然ながら俺にはそんなものは無い。クラフトメニューは視線だけでもというか、やろうと思えば目を瞑ったままでも操作できるのだが、作業台なしにやれるようなクラフトは全部済ませて街に出てきたので。やることがない。ステータス画面を眺めるくらいしかやることがないんだよね。
アチーブメントも増えてないし。毒状態が治ったら解放されそうな気がするけど、現時点では何も追加されていないんだよな。
アマーリエさんの邪魔をするのも悪いので、俺は俺で今後のことについて考える。
エレンには俺についてくるように言ったが、エレンがもし俺についてくるとしても色々と準備というものがあるだろう。いきなりエレン一人で現在のアドル教を糾弾し始めてもついてくる者は多くはないだろうから、色々と根回しが必要になるだろうな。新しい教派を興すにしても、その内容がロクに決まってもいないんじゃ信者達を引っ張っていくこともできるはずがない。
それに、エレンをここに派遣したエレンの上司――白豚司教のライバルだって話の枢機卿についても情報がない。エレンの味方についてくれるようなことはあるのだろうか? どんな人物なのかくらいは聞いておきたいところだ。
それに、アドル教や聖王国の組織がどういう枠組みで動いているのかもよくわからない。エレンは教皇や枢機卿の話をしていたが、聖王国の聖王と教皇や枢機卿との間の力関係がどうなっているのかは不明だ。教皇と聖王は同一人物というわけではなさそうな言い方だったように思うが、確認してみなければならないだろう。
そして、信仰の大転換という目標の困難さだ。アドル教を信じる人達にとって亜人は自分達より下、奴隷で当然という常識は一種の利権のようなものだと思う。それを放棄させるような教えを浸透させられるものかどうか……非常に厳しそうな感じはするな。
ただ、メリナード王国という国は昔から人間と亜人が共に暮らしてきた土地だったという。
旧メリナード王国が属国とされて二十年。まだまだ旧メリナード王国時代の価値観を持っている人達は多いだろう。少なくとも、メリナード王国領においては新教派を受け容れる下地はそれなりにあるはずだ。
色々と調整をする必要はあると思うが、全く荒唐無稽な話というわけでも無いだろう。
そうなると、やはり解放軍と連絡を取る必要があるな……解放軍と、メリナード王国内に駐屯している聖王国軍との戦闘が本格的に開始される前になんとかしたいところだ。
解放軍の装備なら聖王国軍を正面から叩き潰すことも可能だと思うが、そうすればお互いに被害は大きくなるだろうし、間違いなく国土は荒れる。出来ることならそうしたくないという気持ちはシルフィ達だって持っているはずだ。
そう考えているとコンコンと部屋の扉がノックされ、アマーリエさんが繕い物の手を止めて扉へと向かっていった。部屋に入ってきたのはやはりというかなんというか、エレンであった。
「少し二人で話させてください」
エレンは入ってくるなりそう言ってアマーリエさんとベルタさんを部屋から出した。そして、俺のベッド脇にある椅子に座り、俺の顔をじっと見つめてくる。
「一晩考えました」
「ああ」
「難しいと思います。茨の道です。それでもやりますか?」
「やるよ。それが俺にとっての最善手だと思っているからな」
「やるからには命懸けです。アドル教の歴史そのものに真正面から喧嘩を売ることになります。先日の刺客など問題にならないレベルの暗殺者が送り込まれてくることになるでしょう。それでもですか」
「ああ」
真正面からエレンの視線を見返して頷く。
「私は怖いです。死にたくありません。聖女だなんだと持て囃されても、所詮私はか弱い小娘です。常に暗殺者に命を狙われるような日々に耐えられるかどうか」
「俺が絶対に守ってやる……と断言するのは簡単だけどな。そんなのは無理だ。俺は神でもなければ絶対無敵の勇者ってわけでもないからな。でも、最大限、力の限り手を尽くしてエレンを守るよ」
「そうですか……最後の質問です。私を貴方の一番の女性にしてくれますか?」
「それはできない。俺の最愛の人はただ一人だ」
即答して首を振る。これだけは譲れない。俺の最愛の人は何があろうともシルフィだ。
「では、私は愛人、側室、あるいは都合の良い女というやつですか」
「えっ」
「貴方の話を聞く限り、私以外にいるのですよね? 貴方の為に命を懸けるような女性が。そして、貴方が命を懸けてでも守りたいと思うような女性が」
「ええと……はい」
「厳しいことを言っても良いですか?」
エレンがニッコリを微笑む。俺は両手を挙げて全面降伏した。
「勘弁してください」
「勘弁しません」
「そんなー」
しかし聖女様に慈悲はなかった。
「私とその女性、どちらかの命しか助けられないとしたら……その時は遠慮なくその方の命を助けると良いです」
「えぇ……」
「貴方にとっては私は一番ではないかも知れませんが、私にとっては貴方が一番になるのです。私は貴方が幸せであることを望みます。それが寄り添い、生きるということであると思いますから」
「あ、ああ……」
なんというか、物凄く重いです。
「だから、その時には私は喜んで命を差し出しましょう。私を顧みる必要はありません」
「そういうわけには」
「そうしてください。そうしなければなりません。貴方が歩もうとしている道はそういう道です。その覚悟をしてください」
エレンは無表情に戻り、淡々とそう言った。その紅玉の瞳はひどく穏やかで、彼女が心の底からそう言っているのだと、いやが上にも感じさせられる。
「アドル教を敵に回すということはそういうことです。そういう覚悟は常にしておくべきです」
「大袈裟だとは言えないよな……ここの司教を正当な方法で失脚させただけで刺客が放たれるんだものな」
「そういうことです」
エレンが深々と頷く。重い女だとか思ってしまって本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。エレンは俺に覚悟を促して……ん?
「エレンは俺に協力してくれる、ってことでいいのか?」
「ええ、そうなります。やはり私はあの神託が私の勘違いであるとは到底思えませんから。それに、今のアドル教の上層部が神を裏切っている、という話には頷ける点が多々ありますので」
「そうなのか」
「そうなのです。私が所属している教派は所謂懐古派というものなのですが」
「かいこは?」
「アドル教の原初の教えを研究し、実践しようという教派です」
「へぇ……あー、つまりあれか。時が経つにつれて神の言葉やそれを記した聖典の解釈が歪んできているとか?」
俺の発言にエレンは無表情のままコクリと頷いた。割と当てずっぽうで言ったんだけど、当たったか。
「オミット王国が滅亡した三百年ほど前からメリナード王国の成立した二百年ほど前の期間に不自然な教義の改竄が行われたのではないかと私達は考えています。今の主流派はその改竄後の教えである可能性が高いと」
「なるほど? 具体的にはどう改竄されたんだ?」
「実は亜人を敵視し、差別するような内容に改竄された疑いが強いのです」
「なんと」
ということは、俺の提案はエレンの所属している教派的にも実は都合が良いものなのだろうか。エレンがあっさりと俺の提案に頷いたのはそういう理由もあったのかもしれないな。
「何故そのような改竄が行われたのかはわかりません。オミット王国の滅亡に関連しているのではないかと考えられているのですが、オミット王国の滅亡の理由などについては詳しいことが殆どわかっていないのです。通常では考えられないほど短期間で滅んだらしく、跡地はオミット大荒野になっているので調査も捗らず、という」
「あ、あー……滅亡の理由ね。うーん、ボクハヨクワカラナイナー」
なんだかオラ嫌な予感がしてきたぞ。これってエルフに喧嘩売って精霊石の大量投入で滅ぼされたオミット王国の権力者とかが当時のアドル教の上層部に収まって、逆恨みの気持ち満載でコツコツと反亜人のロビー活動を行った結果とかなんじゃ。
い、いや。まだ結論を急ぐのは早い。俺の妄想でしかないからな、ハハハ。
「嘘ですね」
「あああああああああああ真実の聖女おおおぉおおぉぉぉぉ!」
一発で嘘を看破されて思わず頭を抱える。
「いえ、力を使うまでもなく見え見えなんですが」
「ですよねー! でも確証はないのでノーコメントで! それよりも今後の動きについて話そう!」
「……いいでしょう。そのうち話してもらいますよ」
「そ、それは約束する」
実はメリナード王国滅亡の原因が何百年も前にエルフの古老達がヤンチャした結果とか、シルフィ達が知っても大惨事になりそうだ。
古老達がテヘペロしている姿を幻視したような気がする。気のせいだと思いたい。
( ☆(・ω<)☆(・ω<)☆(・ω<)☆(・ω<) )o。(゜д゜;)
儂らは悪くない。
むこうが先に喧嘩を売ってきた。
仕留めきれなかったのはすまんかった。
などと供述しており(ry




