第099話~光輝と運命~
ふぁっきんこーるど!_(:3」∠)_(室内氷点下
やぁ、コースケだよ。なんとかベッドから起きておまるに用を足せるようになったコースケだよ。ですからお願いしますシスターさん、何かあってはいけませんからといって用を足すのをじっと見るのは勘弁してください。
「これも務めですから、お気になさらず」
そう言ってにっこりと優しい笑顔を見せてくれるのは良いんですが、主に俺の精神が削れるので勘弁して欲しいんですよ! と主張してもシスターさんはどこ吹く風である。決して自分の責務を投げ出そうとしない。つよい。
そして、食事は果物を摩り下ろしたものとほんのり塩味のついた重湯のようなものである。お腹にたまらない。
「胃の腑なども軒並み弱っているを通り越して死にかけていますので……」
「いえ、ありがとうございます」
出してもらえるだけでも有り難いし、身体の事を気遣ってのことなのだ。お腹にたまらないのは残念だが、文句など言えようはずもない。
それに、臓器が死にかけているというのは本当のようで、下から出てくるのは殆ど水みたいなのばっかりだ。意識がない時には脱水症状で死なないようにかなりこまめに水分を摂らせてくれていたらしい。本当に頭の下がる思いだ。
さて、聖女様が部屋を去った後はそんな感じで過ごしていたわけなのだが。
「さぁ、話してください」
「速いね?」
体感で二時間も経っていないと思うんだが、もう聖女様が帰ってきた。そして先程と同じようにベッド脇の椅子に座り、じっと俺の顔を見つめてくる。考える時間なんてなかったんや。
「ええと、聖女様は俺がなんかピカピカしてるから神様かその使徒じゃないかと思ったんだっけ」
「ピカピカ……まぁ、そうですね」
光輝がどうのこうのという話をピカピカと表現したのがちょっと気に入らなかったようだが、最終的に聖女様は俺の言葉に頷いた。
「ただの偶然というか、ちょっと珍しい程度のことじゃないかな?」
「有り得ません。良いですか、人が纏う神気、光輝というものは貨幣で言えば大体大銅貨から銀貨くらいの間です。金貨の如き光輝を纏う者はごく限られています」
聖女様が無表情でビシッと人差し指を立て、俺に言い聞かせるように話し始める。
「お金で例えるのはどうなんだ」
「わかりやすいでしょう? ですが、貴方の纏う光輝はまるで白金貨です。他の者とは桁が違います。このいと尊き聖女である私と同格レベルです」
「俺は自分を白金貨だと言われて喜べば良いのか、それとも自分自身も白金貨だと臆面もなく言い放つ君にドン引きすれば良いのか……」
「神に選ばれ、愛されている私が白金貨なのは当たり前のことです」
無表情なのにドヤ顔しているように見える。ふしぎ!
「それでその、光輝というのは聖女様にしか見えないんだろう?」
「そうですね、目で見えるのは私だけです」
「じゃあ何かの見間違いだろう。錯覚だ。貴方疲れているのよ、聖女様」
「そう言うと思いました。なので、これを持ってきました」
そう言って聖女様はどこからか古びた冠のようなものを取り出した。冠といっても王様が被っているようなイメージのものでなく、どちらかと言うと国民的RPGの『ゆうしゃ』が着けているものに近い。サークレットってやつだろうか。
真鍮のようなくすんだ金色の金属でできており、額には白く濁った親指ほどの大きさの石が嵌まっていた。石が赤かったら殆どそのものだったな!
「せ、聖女様? それは……」
「はい、光輝の冠です。白豚が大事にしまっていたのをくすねてきました」
「聖女様!?」
お付きのシスターと部屋付きのシスターが悲鳴に近い声を上げる。どうやら彼女達の反応を見る限り、みだりに触れたり持ち出したりしてはいけない類の祭具であるらしい。
「これは装着者の光輝を目に見える光に変える聖遺物です。こんな感じに」
「うおっ、眩しっ!?」
聖女様が冠を被ると、額の部分に嵌った石が激しく輝いて俺の目を焼いた。目が、目がぁ!
「物凄く眩しいでしょう? でも私が被ると眩しすぎて照明に使うにも不便です」
「照明て」
「では、アマーリエに被せてみましょう」
「ひっ!? お、お赦しを!」
「大丈夫です、貴方の光輝は大銀貨から金貨級ですから」
聖女様は無慈悲にそう言って顔を引き攣らせて許しを請う部屋付きのシスターさんの頭に容赦なく冠を被せる。
「少し眩しいですが、適度な感じですね。照明にちょうど良いです」
「ああ、神よ……」
アマーリエと呼ばれた部屋付きシスターさんが自分の発する光を見ないようにきつく目を閉じて震えながら祈り始める。
「聖女様、シスターは何でこんなに怖がっているんだ?」
「光輝の見えない人にとって自分の信仰が『見えてしまう』この冠は怖いものらしいです」
「やめてやれよ……」
「そうですね。ごめんなさい、アマーリエ」
「い、いえ……これも神の思し召しです」
冠を外されたのがわかったのか、アマーリエさんが恐る恐る目を開き、深い溜め息を吐く。
「そういうわけで、これを貴方に被せれば貴方が途轍もない光輝をその身に纏っているということが証明できるというわけです」
「いやー、たまたまじゃないかなー?」
「長年の実績と信頼があります。たまたまなどということはあり得ませんからご安心を。ベルタ、アマーリエ、押さえなさい」
聖女様の指示を受け、扉のところにいたシスターとアマーリエさんが俺のベッドに近づき、俺の両腕に抱きつくようにしてがっしりと固定し、俺を拘束する。おお、柔らかい感触が……じゃない。それどころじゃない。
「あの、ちょっと、困ります。離してくれませんかね」
「すみません」
「私もあれを被せられたくないので……」
「観念してください」
「お客様お客様お客様!! 困ります!! あーっ!!! お客様!! 困ります!!」
身を捩って逃れようとするが、毒のせいで体が弱っているのか細身のシスター達を振り解くことが出来ない。
そして聖女様の手によって俺の頭に冠が載せられた瞬間、白光が部屋の中を塗り潰した。何もかもが白い。というか眩しい。何も見えない。
「想像以上でした」
頭から冠が取り外され、紅玉の瞳をしょぼしょぼさせた聖女様が呟く。ちょっと涙目になっているのは、恐らく一瞬至近距離で直視してしまったからだろう。
「というわけで、私の見間違いという線はなくなりました。そろそろゲロってください」
「聖女様、お言葉遣いが」
「光輝の下、真実を詳らかにしなさい」
ベルタさんに注意されて聖女様が言い直す。うーむ、どうしたものか。
冷静に考えよう。バレたら不味いか? 不味いに決まっている。
何が不味いって、俺が神の使徒、つまり稀人だと自ら認めたらどんな扱いを受けるかわかったものじゃない。いや、悪い扱いはないと思うが、厳重に保護されて聖王国に連れて行かれかねない。
俺の能力を駆使すれば抜け出すことが不可能だとは思わないが、シルフィ達の元に帰るのが更に遅れることになるのは間違いない。脱走して捕まってもそうそう殺されるということはないだろうが、逃げるのがより難しくなるのは間違いないだろう。
だが、一方で誤魔化すのはとても難しい状況でもある。この聖遺物とやらの仕組みは皆目見当もつかないが、問題はこの冠の力を聖女様を含めた全員が強く信じているということだろう。すでに言い逃れが出来ない状況だ。
「いくつか質問がある」
「聞きましょう」
「もし仮に、俺が聖女様の言うようなやつだったとして俺の扱いはどうなる?」
「そうですね。貴方はあまり信心深くないようなので、まずは信心を叩き込むところからですね。寝る時間以外は教典の暗記と筆写、祈りと精進の日々です」
「嘘だろう?」
「嘘です」
「おい」
無表情で平然と嘘だと言い放つ聖女様に思わず突っ込む。
「まずは私の側付き兼護衛からですね。ゆくゆくは私と結婚して契り、子を成してもらいます」
「……嘘だろう?」
「本当です」
「嘘だろう?」
「本当です」
「嘘だろう?」
「本当です」
「う」
「ほ」
「お二人とも、普通に会話をしてください」
アマーリエさんに突っ込まれ、互いに少し黙る。このまま黙っていても仕方ないので、今度は俺から話を切り出すことにした。
「俺には心に決めた人がいるんだ」
「構いません。私とも子を成してくれれば」
聖女様は平然とそう仰られた。いやいやいや。
「良くない良くない。というか、何故そうなるんだ」
「神託がありましたので」
「神託」
「はい、神託です。私が聖王国を旅立つ前夜のことです。私は行く先で死と対峙することになる。だが、それを乗り越えた先で運命と出会う。運命に寄り添い、生きろと神は言われました」
そして神託通りにメリナード王国でやたら光る俺を見つけ、暴漢に命を狙われ、それを俺が助けて、死にかけた俺の命をなんとか取りとめた……つまり死と対峙したと。これでやたら光ってる俺が運命とやらじゃないというのは確かに考えにくいな。俺が彼女ならそう思う。
というか、ご都合主義に過ぎませんかね? 神様のやることだから仕方ないのかもしれないが、俺はこの状況をどう受け止めれば良いんだ?
恐らく神とかそういった類のモノにこの世界に連れてこられて放り出されたのが亜人達のいる黒き森。そこでシルフィに出会い、アイラに出会い、ハーピィさん達に出会った。そして亜人達と一緒に聖王国軍と戦って、キュービに裏切られ、聖女様と出会った。
聖女様は俺との出会いが運命だという。神からそう言われたと。
聖女様の運命の相手というのが俺だと言うのなら、何故俺は黒き森に放り出されたんだろうか? 最初から聖女様の元に放り出されれば良かったんじゃ? なんか光ってるらしいし、それこそ神託とやらを授けて俺と出会うように仕向けておけば俺は最初から聖女様とくっついただろう。
シルフィや、アイラ達と出会うことなく。
なんだか背筋が震えた。最初から聖王国に放り出されたとしたら、俺はどうなっていたのだろうか。聖王国軍に加担し、シルフィ達を殺していたかもしれない。そう考えると吐き気がしてきた。
「どうしたのですか? 顔色が悪いようですが」
「いや……」
「……心と身体の弱っている時にする話ではありませんでしたね。ごめんなさい。話を急ぎすぎました」
聖女様は深く頭を下げ、謝罪してくれた。それを見て流石に俺も慌てる。
「いや、俺が聖女様の立場だったら、もっと強引に事を運ぶと思う。ただ、ちょっと色々考えたい。また、話をしに来てくれるか?」
「……良いのですか?」
「寧ろ俺の台詞だよ。お願いして良いか?」
「勿論です」
「ありがとう。ちょっと俺も神ってやつに興味が湧いたと言うか……相談したいんだ」
「それなら、私は良い相談役になれそうですね」
聖女様が無表情を崩し、自然な笑みを浮かべる。正直に言うと、見惚れた。
「では、また明日会いに来ます。考えを纏めておいてください。何かあればアマーリエに」
「わかった。ありがとう、聖女様」
「エレオノーラです」
「エレオノーラ」
「はい、私の名前です。エレンでも良いですよ」
「エレン……エレンね。わかった。ありがとう、エレン」
「どういたしまして」
もう一度微笑み、聖女様――エレンはベルタさんを伴って退室していった。俺はそれを見送り、起こしていた上半身をどさりとベッドに投げ出す。
「ちょっと寝ます」
「はい、おやすみなさい。神と私が見守っておりますから、ご安心を」
「ありがとうございます……」
神、神ね。何を考えているのやら……俺にどうしろと言うんだよ。まったく。
くそ、こんなことなら多少危険でもとっとと走って帰るんだった。今後俺は聖王国と戦えるんだろうか? 聖王国の人間を殺すために武器を作れるんだろうか? そんなことを考え始めると寝ているのに吐き気がしてきた。もうだめだ、寝よう。何も考えずに。こういう時は考えれば考えるだけドツボにはまる。
俺はそう結論づけて意識を手放した。




