第009話~乙女と採集とやべーやつ~
平日は18時更新で行こうかなと_(:3」∠)_
微睡みから醒める。シルフィの姿は既にベッドには無かった。外から入る陽の光はまだ弱いから、夜が明けてからそう時間は経っていないようである。
昨晩は……うん、良かったな。シルフィが余裕ぶっていたのは最初だけで、すぐに俺のペースに持ち込むことができた。魔法って便利だな、すぐに痛みを消せるというのは負担が少なくて良い。無茶はしていないつもりだったが、彼女にとっては色々と衝撃的であったようだ。あのどエロい見た目で初心とかもうね。頑張らざるを得なかったよね。
しかし流石に汗やらなにやらで身体がベタつく。身繕いくらいはしないといけないなと寝床から抜け出した。
「む……」
リビングに行くと、丁度シルフィが濡れた髪の毛を拭いているところだった。どうやら一足先に身繕いをしていたようである。
当然のように全裸で、身体を隠すような素振りも見せない。俺も同じだけどな。
「おはよう。俺も身体を清めたいんだが」
シルフィは数秒俺の顔をぽーっと見つめていたが、おもむろに腕を上げてトイレへと繋がる渡り廊下へと指先を向けた。
「……水瓶、用意してある。布はそこの棚」
「はいよ」
棚から布を一枚取り出し、トイレに繋がる渡り廊下へと足を向ける。渡り廊下から裏庭に出られるのだが、そこに水がなみなみと入った水瓶が用意されていた。手桶もあったので、それで水を汲んで頭から被る。冷たいが、気持ち良い。汗、その他諸々を洗い流して布でごしごしと擦る。身綺麗にするのはマナーだよな。
しっかりと身体を清めてからリビングに戻ると、シルフィがまだ全裸のまま籐製の長椅子に座ってボーッとしていた。いつもの不敵な笑みもない、なんというか心ここにあらずといった雰囲気である。なにか考えことをしているのか、それとも昨晩の余韻に浸って呆けているのか……とりあえず長椅子の開いてるスペースにそっと腰を降ろし、シルフィを抱き寄せた。
「あっ……んっ」
半ば無理矢理に唇を奪うと、抵抗することもなく素直に従う。寝込みを襲って俺をボコったのと同一人物とは思えないほどの変わり様である。
「大丈夫か?」
「……大丈夫なものか。私の尊厳はズタボロだ」
「経験と知識の差だ、仕方ないな」
シルフィはとにかく色々と無知であった。無論、行為そのものの大まかな流れは把握していたが、それだけだったのだ。男女の営みはただ突っ込んで終わりというわけではないのだが、その辺りの知識が欠落していたわけだ。
対して俺は経験もあり、色々と知識もある。加えて言えば、彼女の身体は感度がとても良かった上に、初めての痛みも魔法で解決した。してしまった。結果としてシルフィは色々と翻弄されてしまったわけだ。
「乙女になんということをするのだお前は……このケダモノめ」
「いたいいたい痛い痛いッ! マジで痛い!」
ペシペシという抗議がベチベチになりドカドカになる。とてもいたい。
「ふん……腹ごしらえをしたら狩りと採集に出るぞ。日の高い内に戻ってきたいからな」
「アイアイマム」
少し調子を取り戻したシルフィに従い、身繕いをする。うーん、このスウェットの上下で森を散策するのか。すぐに服が駄目になりそうだな。
「お前の服もどうにかしなければならないな」
「そうだな。ご主人様に期待させてもらうよ」
「良いだろう。よく働けよ」
朝食はホットケーキ風に焼いたパンに甘い蜜をかけたものと焼き肉にした。朝から重めのメニューだが、昨晩はお互いによく運動した上にこれからも体を動かすので妥当なところだろうと思う。
ついでに昼飯も作ってインベントリに入れておいた。塩焼きにしたリザーフの肉と香味野菜をパンのように焼いた生地に挟んだなんちゃって肉サンドである。シルフィも手伝ってくれたので、美味しく出来たと思う。昼飯が楽しみだな。
☆★☆
さて、朝食が終わったら狩りの時間である。お外に出なければならない。
「こうなると」
「こうなるな」
じゃらり、と俺の首元で鎖が音を鳴らす。そう、里の中を歩くので俺は首輪に鎖を繋がれてわんわんおさんぽタイムである。四方八方から突き刺さるエルフや難民達の視線が厳しい。いや、よく見れば憐憫の視線を向けてきている人もいないこともない。そういう人は親人間派だったりするのかもしれないので、できるだけ顔を覚えておく。
それにしてもジロジロとは見られるが、ヒソヒソという声は聞こえてこない。シルフィの長いお耳は敏感だから、下手なことを話すと聞こえるとでも思っているのかな? 利口だと思います。かなり耳は良いみたいだからね、彼女。
何事もなくエルフの居住区、工房区画、魔法畑区画、難民区画を抜けて里の門が見えてくる。朝早い時間でも歩哨は立っているらしい。
「いるなぁ」
「何がだ? ああ、ネイトか。気にするな、小物だよ」
「ご主人様にとっては小物でも、俺にしてみればやべーやつなんだよなぁ」
悪意を持って広場に放り出された経験はなかなかに忘れ難いぞ。シルフィが間に合わなかったらあそこでボコボコにされて死んでたかもしれないんだからな。
しかし、意外なことにネイトを含めて里の出入り口を守る番兵達は俺たちに声をかけてくることすら無かった。忌々しげな視線を向けては来るものの、素通りである。スルーである。
「私相手に何かを言えるようなやつはこの里にはまずいないからな」
「そうみたいだな。これはますますご主人様のご機嫌を取らなきゃならないな」
「クク……そうするが良い」
シルフィの顔に不敵な笑みが戻ってくる。うん、まぁそういう表情も悪くはないな。昨晩見せてくれた色々な表情を知った上でそういう表情を見ると、なんだか少し可愛く思えてくる。こんな不敵な笑みを浮かべるご主人様だが、ベッドの上では――。
「おごぉ!? 痛いんですけど!?」
「何か不快な気配を感じた」
脇腹に重く、鋭い肘が突き刺さってきた。すごく痛い……この容赦のない暴力だけはいただけないな。まぁ、昨晩いいだけやらかした仕返しだと思えば可愛いものだ。うん。
「行くぞ」
「ああ」
シルフィに鎖を引かれるままに歩を進める。手じゃなくて首輪から伸びた鎖を引かれる関係……甘酸っぱさの欠片もないね。仕方ないね、立場は奴隷だからね。
門を抜けた先にある開発区画にも人影は少ない。何を作っているのかはわからないのだが、その作業もこんな早朝ではまだ始まっていないようである。
「なぁ、一番外側のこの区画は何を作っているんだ?」
「長屋だ。外に対する防壁も兼ねた頑丈なものだな。里の外側に乱雑に作られている難民達の住居の代わりとして作られているのさ」
「なるほど……合理的、なのか?」
石やレンガで作ればそりゃそこそこに防御効果が期待できるんだろうが、住んでる側からすればいつも自分の家が脅威に晒されているというわけで、あまり落ち着かないのではないだろうか。
「里の連中からすれば合理的だろうな。住まわせて食わせてやっているんだから、それくらいの我慢はしろということだ。実際のところ、着の身着のままで逃れてきた難民達には大した財産はないし、エルフの里の農業は魔法農業だから、獣人がメインの難民達は労働力としても期待できない。女が多いからと言っても男のエルフは獣人にはあまり興味を示さないし、そもそも男のエルフは数も少ない。あらゆる意味で対価を差し出せない難民達はエルフに従うほかないのさ」
「世知辛いねぇ」
これも敗者の末路、バッドエンドのその先ってやつか。哀れには思うが俺も奴隷の身の上だし、どうにもでき……いや待てよ? 利用できるか?
この扱いを不満に思っている者はきっと居るだろう。できれば聖王国と戦ってメリナード王国を取り戻したいと思っている人も居るんじゃないか? 俺の能力は武器の大量生産に向いている。材料さえあれば短期間で大量の武器を用意できる。アレとか、最悪でもアレ辺りを量産できればワンチャンあるか? 情報が必要だが、もしかしたらもしかするな。シルフィも聖王国に対しては思うところがあるようだし、話の端々からはメリナード王国との縁も感じ取れる。
「何か考え事をしているようだな?」
「色々な。今晩にでもまた色々と話を聞かせてくれ」
「良いだろう。だが、今は狩りの時間だ。気を引き締めろ」
「あいよ」
建設中の区画も通り抜けると、程なくして深い森に入る。一見歩きづらそうなのだが、シルフィの後をついていくと枝も引っかからないし、足元もしっかりしていて不思議と歩きづらさを感じない。
「この辺りからが狩場だ。鎖を外していいぞ」
「おう」
シルフィが鎖を手放したのでさっさと鎖をインベントリに収納する。首輪は相変わらずだが、鎖がないだけでずいぶんと気が楽になるな。
「静かについてこい。音は立てるな」
「任せろ」
Cキーを意識してしゃがみ、隠密状態に移行する。そして移動キーであるWSADキーを意識して滑るように移動――していたらこちらを振り向いたシルフィに変な顔をされた。
「なんだ、その面妖な動きは」
「俺の特殊能力の一つ。詳しい説明をするのは俺にも難しい」
しゃがんだまま前後左右にスライド移動をして見せる。全く音を立てずに移動できるのは良いんだが、これ絶対キモいよな。
「見ていると不安になってくる動きだな……」
「気にするな、使い勝手は良いんだ。ちなみにこんな事もできるぞ」
しゃがんだままスペースキーをイメージしてその場でぽいーんと跳ねてみる。あまつさえそのまま空中で微妙に動いてみる。
「気持ちが悪いな」
「それな」
ぼくもそうおもいます。
だが利用しない手はない。シルフィは若干悩んだ挙げ句に気にしないことにしたようで、できるだけ俺の方に視線を向けずに行動することにしたようである。ごめんな、ただ移動するだけでSAN値削るような真似して。だが俺はこの能力を使うことはやめない。
道すがら落ちているものは積極的に回収していく。倒木なんかは薪として最適だし、石の類もまだまだ使い途がある。あとはシルフィに聞いて山菜や薬草の類もガンガン集めていく。また生えてくるように根こそぎやらないのがコツらしい。薬草か……これは一体どんなクラフト品の材料になるんだろうか? やっぱり回復アイテムか? ゲーム的な回復アイテムって即時に怪我や骨折、病気がなんかが治ったりするんだけど、なんかとんでもないものができそうな気がしてならないな。
「なんか悪いな、いちいち足を止めて」
「気にするな。今回の主目的は狩りよりも採集だからな。苦労に見合った成果が期待できるといいんだがな?」
「そいつは未知数だな。だが、未知数ってことは底がまだ見えてないってことだし、期待しても良いんじゃないか?」
手斧を振るって倒木を良い感じの薪に変えていく。無論、俺にそんな技術はない。しかし手斧を持って倒木のメニューにアクセスし、薪を採るという行動を選択すると身体が勝手に動いて薪にしてくれる。
「それにしても、それは一体どういう魔法だ?」
「俺にもわからん」
どんなにデカい倒木も五回くらい手斧を振り下ろしたところでバラバラの薪に変じる。なんというか理不尽さすら感じるな、この能力は。
「なぁ、試してみたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「そこらに生えてる木を伐採していいか?」
「? まぁ、構わんが……知っていると思うが、生木は半年ほどは乾燥させないと木材としても薪としても使えんぞ?」
「うん、知ってる。知ってるけどなんとかなりそうな気がしてな」
手斧を持ち、程よい大きさの杉のような木にアクセスして伐採を行う。そうすると身体が勝手に動き、木の幹を手斧でガンガンとやりはじめた。回数が多い。倒木を薪にするのは五回くらい叩けば大丈夫だったんだが、もう二十回は叩いて――。
「倒れたな」
「そうだな……なんだ、これは」
「丸太かな?」
重量感のある音を立てて倒れた木……というか丸太を見て答える。どう見ても丸太である。枝も払われ、どう見ても生木ではなく乾燥しきっている上に根本から先っぽまで同じ太さの丸太である。
「何をしたんだ、お前は」
「木を伐採したらこうなった。まぁ、これも俺の能力の一つかな?」
「頭がおかしくなりそうだ」
眉を顰めてこめかみに手をやるシルフィを横目に俺は丸太を検分する。長さは15mくらいかな? このままインベントリには……入るね。入っちゃうかぁ。インベントリに表示されるアイテム名は『原木:黒杉』だった。
あと、枝を自動で払った扱いなのか大量の葉っぱと小枝、しなる枝などがインベントリに追加されている。何これ凄い。
インベントリに入れた原木に直接アクセスして加工ができないか調べてみる。
・1/2にカット
・薪にする
なるほど? 更に半分の大きさにカットできるようである。試しにカットしてみる。少し時間がかかったが、大体木を一本切り倒す時間の半分くらいでカットすることができた。アイテム名は『丸太:黒杉』になっているな。これ以上は分割できないようだが、クラフトメニューに『木材』と『逆茂木』が追加されていたので、両方ともクラフト予約を入れておく。
「ちょっとこの辺の木を切りまくりたいんだが」
「……乱伐はやめろ。私が指示する木だけを切れ」
「アイアイマム」
木材はいくらあっても困らない。燃料に、建材に、クラフト品の材料にといくらでも使い途がある。そういうわけで俺はシルフィの指示の下、木を切って切って切りまくった。具体的には原木五十本分。
「これだけあれば暫く木材には困らないな!」
「そうだろうよ」
半ば呆れたような様子のシルフィだが、俺としてはホクホクである。葉っぱからは繊維が作れるようだし、小枝やしなる枝は燃料にもなれば弓や矢を作る材料にもなる。伐採最高だな。
「薪や木材は十分だな。次は鉱石系の素材を集めに行こう」
「そうだな、渓流に向かうか」
シルフィの後に続いて森のさらに奥へと向かう。勿論俺はしゃがみステルス移動である。しゃがんだままスーッっとスライドしてシルフィの後ろをストーキングである。誰かがこの光景を見たらホラーだな。絶対怖い絵面だ。
そんな感じで移動していると、不意にシルフィが片腕を上げて静止した。俺も素直に静止する。ジェスチャーを見る限り、前方に何かいるらしい。俺は頷き、ショートカットに登録してあった合成弓を取り出して鉄の鏃をつけた矢を取り出した。シルフィは一瞬合成弓に興味深げな視線を向けたが、すぐに前方へと向き直る。
少し歩くと俺の耳にもなにか異音が聞こえてきた。バキバキ、グチャ、ボリボリ、という音が聞こえてくる。あー、これはあれだね? 生存競争の勝者と敗者がこの先にいるね?
どうしたものかと考えていると、シルフィが身を寄せてきた。
「私がやる。無理に手出しはするな」
そう俺の耳元で囁き、彼女は足音を立てずに前方へと歩いていく。俺は少し距離を空けてその後を追うことにした。可能であれば合成弓の威力を試してみたかったし、シルフィの戦う姿もこの目で見ておきたかった。だが、シルフィの邪魔をしてしまっては本末転倒である。
そういうわけで、慎重に慎重を期して現場へと向かった。
(Oh……)
実に凄惨な光景が目の前に広がっていた。森の一角が血だらけである。そして相変わらず盛大な音を立てて獲物を咀嚼している存在が一匹。
あれはなんだろう? 巨大なカマドウマのように思える。見るからに強靭そうな長く、折れ曲がった後ろ足が非常に目立つ。色は全体的に黄土色で、大きな後ろ足の他にも多数の足が見える。こちらに尻を向けているから顔はどんな感じなのかわからないが、尻の先にも血が付着しているところを見ると尻に毒針でもあるのだろうか?
血に染まっているのは尻だけではない。後ろに伸びてきている触角のようなものの先にも血がついている。アレも攻撃に使うのか? これ、最初に遭った魔物がこいつだったら俺死んでたね? リザーフよりも十倍くらい凶暴そうなんですけど。
隠れて巨大カマドウマを観察していると、奴の横合いからシルフィが躍り出てきた。手に持っているのは大ぶりのナイフ、というか山刀のようなものだ。ゴツくてよく切れそうだが、それでこの巨大カマドウマを倒せるのだろうか? ミニバンくらいはあるぞ、こいつ。
『GYAAAAAAAAA!!』
無防備な胴体の右横っ腹に山刀が深く突き立てられた。シルフィは暴れようとする巨大カマドウマからすぐに距離を取り、森の中へと消える。最初から一撃で仕留めることはできないと判断していたんだろう。見事な逃げっぷりである。なるほど、チクチクいくわけですね?
シルフィの逃げた方向に方向転換した巨大カマドウマがこちらに横腹を晒す。奇しくも、それはシルフィが山刀を深く突き立てた右側の横腹である。
左クリックを意識して弓を引き絞ると、視界に照準が表示された。俺は弓を引いたまま鏃を巨大カマドウマに向け、緑色の体液が流れ出ている横腹の傷口に照準を合わせる。
『GISHAAAAAA!?』
合成弓から放たれた矢が傷口に飛び込み、矢柄が見えなくなるほど深く突き刺さった。どうやらこの一撃は相当効いたらしい。俺は次の矢を番え、その場で悶えている巨大カマドウマに向かって再び照準を合わせた。
「はあぁぁぁっ!」
矢を放つ直前にシルフィが再び現れ、今度は巨大カマドウマの頭部付近に山刀の刃を打ち込んだ。ならばと俺は横腹から照準をずらし、右後ろ足の付け根に照準を合わせて矢を射る。放たれた矢は巨大カマドウマの頑丈そうな外骨格を物ともせずに貫通し、深々と突き刺さった。
流石に関節部を射られては右後ろ足を動かすことはできないらしい。巨大カマドウマは無事な左後ろ足だけを動かしてこの場から逃れようとしたようだが、その左後ろ足が突如俺の視界から消えた。どうやら頭部の辺りに対する攻撃を終えたシルフィが向こう側に回り込んで左足を切断したようである。
ものの十秒もしないうちに深い傷を負い、機動力を失った巨大カマドウマの逆転劇は起こらなかった。シルフィが素早く周囲を移動しながら攻撃を加え続けて一方的に倒してしまったからな。
「やったか?」
「ああ、仕留めた」
攻撃を停止したシルフィに近づき、シルフィと巨大カマドウマの様子を窺う。シルフィに怪我はないようだ。体液も浴びていないようだし、よほどうまく立ち回ったのだろう。対して巨大カマドウマは無惨な状態である。左後ろ足を始めとして多数の足を山刀で切断され、一番の武器だったであろう一対の触角も切断され、身体に対して随分と小さな頭部も切断され……といった具合にバラバラである。なむなむなむ。
「で、こいつはなんだ? 食えるのか?」
「食えないこともないが、こいつの価値の大半は甲殻と尻の毒腺だな。足はぶつ切りにして塩茹でにすればまぁまぁ美味いぞ」
「後ろ足は?」
「肉が固くて食えん。弓の弦には最適だな」
「へぇ、それは良いな」
斬り落とされた足や触角をホイホイとインベントリに回収していく。
「どうする? 本体もインベントリに入れてみるか? 多分解体もできるけど」
「いや、そのまま回収してくれ。里に持って帰って報告する必要がある」
「ほーん。了解、っと!?」
ふとインベントリの中身を見て俺は目を剥いた。
【ギズマの触角】×2
【ギズマの左後ろ足】×1
【ギズマの足】×7
【ギズマの頭】×1
【ギズマの右後ろ足つき胴体】×1
「おい、こいつはオミット大荒野の魔物じゃなかったか?」
「ああ、そうだ。ここは比較的森の浅い場所だが、ここまでギズマが入り込んでくることは今まで無かった。どうやら懸念していた事態が起こりつつあるらしいな」
魔法で出したと思しき水で山刀を洗いながらシルフィが肩を竦めた。
「つまり?」
「数年前に多くの難民がオミット大荒野で命を落とした話はしたな?」
「ああ。ああ……」
察した。察してしまった。人が多く死んだということは、それだけの死体がオミット大荒野に放置されたということである。まさか難民達も死んだ家族の死体を引きずって魔物から逃れたというわけではないだろう。
「つまり、大繁殖したと?」
「実際に見たわけではないがな。想像はつくだろう? 二年ほど前から黒き森に辿り着く難民が一人も居ないという事実もある」
「あー……」
つまり、増えに増えたギズマが食料を求めてオミット大荒野の外に氾濫しつつあるということだろうか。共食いとかしないのかね?
というか、改めて俺ヤバかったな? 大荒野と黒き森の境に出て石とか割ってたぞ。ギズマが襲いかかってきてたらマジで死んでたわ。
「さっさとこの場を後にするぞ。ギズマだけでなく他の魔物が寄ってくる可能性もあるからな」
「お、おう」
歩き始めたシルフィの後を内心戦慄しながら追う。本当に幸運だったんだな、俺。




