戦争の鬼
鼻に残るにおい。
耳に残る罵声と叫び声。
口から洩れるため息。
今僕は、戦場の真っただ中にいる。
時は1916年。
1つの国が2つに分裂し、戦争をしていた。
分裂した国の名は、「東ヨーロッパ国」と「西ヨーロッパ国」。
東ヨーロッパ国と西ヨーロッパ国の2つの大国はもともと一つの国、ヨーロッパ共同国という名で
世界を広く支配していた。
世界で一番の産業力、軍事力、経済力を掲げ、世界にその名をとどろかせていた。
もちろんそんな豊かな国に住む者はその国に対し、不満などはなかった。
それもそのはず。戦争をすれば必ず勝ち、政治による不正も全くない。
そんな恵まれた国に生きるものは不満を言う要素すらなかったのだ。
しかし、そんな平和も20年という短さで終わった。
ヨーロッパ国の政治の不正が、国の財政に関係する仕事をする一人の男から発表されたのだ。
横行する賄賂。国の機密事項の改ざん。
とにかく多大な不正が明らかとなった。
民衆の怒りは広く伝染した。
今までだましていたのか、という怒りがどこまでも広がる。
しかし中には、その行為によって自分たちの国が優位に立てた。
だから怒りをあらわにする必要はない、というものもいた。
双方の意見は真っ向から食い違い、国は内部分裂をした。
どちらの立場にしても、自分が正義、間違ったことを言っている彼らが悪だと思い込んでいるために戦争は止めようにも止められなかった。
そして1918年。
両軍の衝突により戦争が開始された。
1917年
「ワルド。朝よー。」
うーん。
まだ寝ていたいのに…
まだ眠い体を無理に起こして下の階へ行く。
リビングに入ると父と母が朝食をとっていた。
「おはよう。」
「おう、おはよう。昨日は何時まで起きていたんだ?」
「うーん。11時くらいかな?」
「もう。早く寝なきゃいけないわよ。」
「はーい。わかりました。」
簡単な会話の後顔を洗いに行く。
冷たい水が顔にあたり眠気がいっきに覚める。
今は夏休みの真っ最中。
午前中から夕方まで友達と遊ぶ約束をしている。
僕は夏休みだから遊べるけど、兄さんたちはそうもいかない。
一番下の僕に比べて、兄さんたちは運動がよくできて頭もいい。
今は大学で勉強をしている時間だろう。
僕も頑張って兄さんたちみたいになりたいな。
足早にリビングに戻りラジオをかける。
毎日の日課で、朝食の前のラジオが何よりも楽しみになっている。
「今日午前8時30分ごろ、西ヨーロッパ軍の動きが活発化してきたという情報が入ってきました。
西ヨーロッパ軍は国境付近に2万ほどの兵力を結集しており、東ヨーロッパ軍も対応をするために、
会議を開き、対応を急いでいます。」
そうか。
西はそんなにも動きを活発化してるのか。
学校の先生がもう何時戦争になってもおかしくないって言ってたけど本当なのかも。
ぼくは戦争になってほしくないと思っている。
「戦争、始まってしまうのかしら。」
「どうだろうな。まったく、同じ民族同士で戦争なんて一番避けなくてはいけないことなのに。」
本当にそうだ。
同じ民族で争って血を流すなんて、そんなばかばかしいことはしたくない。
なるべく平和に解決してもらいたい。
とは思うけどたぶん無理だろうな。
はー。僕が大人になる前に終わってほしいんだけど。
まあ、なったらなったでその時だ。
すべては神のみぞ知るってところか。
朝食のテーブルにつき朝食を食べる。
さて、今日はどこに遊びに行こうかなー?
1918年
「嘘でしょ?」
意識せずそんな言葉が出ていた。
そんな、そんなことがあるなんて。
今目の前には兵隊がいる。
もちろん敵国の兵士ではない。
まだ戦争が始まって1か月目。
そんなに早く敵が進行してくるはずもない。
そう。戦争は始まってしまったのだ。
この1年間、なるべく争わないように。と東は尽力していたが西はそれを断固拒否。
何の前触れもなく攻撃を仕掛けてきたのだ。
当然それから自国を守るために東も応戦。
真っ向からの戦闘となった。
そこはさながら地獄だったという。
僕はそんなところにはいきたくはないと思う。
そして今目の前にいる兵士は東の兵士だ。
そしてそれは僕の兄さん達だった。
僕の兄さんたちはのその能力を買われて軍に徴兵されたのだ。
もとは一つの国だったとはいえ、東は西より軍事力はあり、徴兵制度は20歳からだ。
その中でもかなり秀でたものや、いい戦績を残したものは軍の幹部にまでなれるらしい。
兄さんたちはその条件をクリアしており、全員が中佐の立場でスタートらしい。
しかしそれでも嫌だ。
もしかしたら死ぬかもしれない。
そう言われたら胃のあたりがむかむかしてくる。
大切な人が死ぬかもしれない。
でも僕にはどうすることもできない。
ただ無事を祈って待つことしかできない。
「無事に帰ってきてください。兄さん達。」
「ああ。無事に帰ってくるから。」
本当に無事であってほしい。
1920年
戦争が始まって2年がたった。
兄さんたちは死んだ。
死んでしまった。
上官に命令されて突撃させられて死んだって。
ふざけるな。
兄さんたちを何だと思ってるんだ。
命を軽く見すぎている。
命を無駄に扱っている。
だから軍の上のやつらをぎゃふんといわせてやる。
僕は決めた。
僕は軍に入る。
僕の今の年齢は14歳。
20ではないので、本当は軍には入れない。
でも志願兵なら話は別だ。
20でないと入れないと言っておきながら、入れるってところも腹立たしい。
だから僕は軍に入る。
軍に入って一番上に立ってそういう物をすべて排除する。
兄さんを殺した上官も、変なルールも、戦争もなくす。
これは東と西の戦いだけではない。僕と東の軍との戦いでもある。
ここからが僕の復讐だ。
「気を付け!これから代42期東ヨーロッパ国軍の入隊式を始める!」
「「「「はっ!」」」」
今僕の周りには2000人の人がいる。
僕と同じ新兵の人だ。
といっても、全員僕の年上だ。身長が高いから前が見えない。
声しか聞こえない。
「ここで3年間!貴様らをこの国のために戦う兵士に仕立て上げる。その訓練は体験したことのない
地獄だろう。しかし!それを潜り抜けたら貴様らも立派な兵士となる!その暁には国のために戦え!」
「はっ!」
いいだろう。
3年間の訓練なんて簡単だ。
僕の戦いはその先にあるんだ。
そこまで僕は絶対に倒れたりしない。
そう僕の復讐のために。
見ててください兄さん達。僕が敵を討ち、戦争を終わらせます。
1923年
3年間の訓練が終了した。
今日から晴れて僕も兵士として戦場に送られる。
戦況は東がかなり優勢となっている。
西はもう食糧もままならない状態だという。
しかし、それでも戦争は終わらない。終わらせられない。
自分たちの領土を侵犯した敵を野放しにすることはできない。
その気持ちが東全体を後押ししていた。
そして僕の夢もこの3年でもっと大きく、具体的なものになっていった。
先ず派遣された戦場で多大な戦績を残して中佐まで登って行ってやる。
一兵卒から中佐なんて今までなった人はあまりいないという。
だけどやる。もうやるしか道は残されていない。
僕は僕にできることをやる。
それだけだ。
僕が送られた戦場はこの戦争の中でもかなりの地獄と化した戦場、「HELLField」《地獄の戦場》
と呼ばれていた。
そう。そこはまさに地獄と呼んでいい場所だった。
響き渡る叫び声。
鼻に残る血と消炎の匂い。
そこに草木は一つもなく、ただ鳴りやまない砲撃と声がこだましていた。
これを地獄と呼ばずになんというか。
そんな光景がはるか先まで続いている。
すぐ目の前に死がある場所。
今僕は最前線の塹壕の中にいる。
怖い。
命が終わる?
そんなことがあってたまるか。
いままでこの軍隊を変えると言ってきたのに、こんなところで折れちゃいけない。
そう分かっているのに、身体が動かない。
もう、戦いたくない。
怖くて怖くてたまらない。
「おい。大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫だ。」
笑ってごまかす。
「最悪だよな。もとは同じ民族同士なのに、今はこうやって銃を突きつけあって殺し合いをしている。」
「そう…だな。」
「でもさ。これも全部無駄じゃないって思うんだ。」
不思議に思って聞き返す。
「どうしてさ。」
「だって今戦っているのはこの戦争を終わらすためだからさ。戦争が終わればこんなことをしなくても
いい。だから今僕たちは終わらせるために戦っている。僕たちは今自分にできる最善を尽くせばいい
のさ。」
そうか。
そうだよ。この戦争は民族同士の争いを終わらせるためにあるもの。
早く終われば終わるほどみんなが安心する。
そして、兄さんたちを無駄死にさせたやつらもそれを分かっているから、突撃させた。
結局兄さんを殺したことに変わりはない。だけどこの戦争を終わらせるためにやったことなんだ。
なら僕だってやってやる。
もう復讐のために戦うわけじゃない。
この国のため、母さん父さんのため、東と西両方の人々のため。
僕は、僕たちは戦う。
戦って勝つ。それだけだ。
この戦争で東ヨーロッパ国は圧勝した。
しかし両軍ともに多大な被害が出てしまった。
そこで一人の少年が立ち上がった。
またもう一度お互いに手を取り合い、やり直そうと。
そう言ったのだ。
そしてそれに反対する者はいなかった。
もう一度手を取り合い歩み始めた2つの国。
それを納めた少年の名はワルド。
のちにその2つの国だけじゃなく、世界を1つにまとめ、軍隊をなくして世界を救った男。
後の時代また同じようなことが起こるかもしれない。
しかしそれでもまた同じことが起きるだろう。
それでもきっと正しいものが世界を救い、世界に平和をもたらすだろう。
それがこの世界の始まりなのだ。
END