水をくれ
ここで、例の不等式を修正しなければならない。
閻魔大王>オレ>桃羅>由梨(それもダントツ最下位)
『バキューン』。オレは首に凶悪な銃弾を受けて殉死した?
とにかく、由梨を背負ったオレは文字通り『おんぶズマン』になってしまった。
この状態で、階段を上るのはさすがにきつかった。『ぜえぜえ』と息をきらしながら、ようやく真っ暗の美術室に到着した。力石ト○ルに敗れたジョーのように、両手を床につけたオレ。
「何よ、日頃の鍛え方が足りないからこうなるのよ。だらしないわね。」
労いの言葉もないことがひどく悲しかったが、それよりも疲れ方がひどいことに大いなる違和感を覚えた。こんなに疲労するのはおかしい。そしてその原因に気がついた。これこそ、女の子のからだなんだ。か弱い少女になって、初めて女の子というものを理解した。
そう思考を進める過程で、由梨の『おんぶズマン』になったことは間違っていないという結論に至った。女の子はいたわらなければならない、少々性格が某メジャーリーガーばりのスライダーであったとしても。
「やっと目的地に着いたな。さあ、これからどうすればいいんだ。」
疲れたからだを少し休めたいと思いながら、由梨に問いかけた。
「この絵、すごくきれいだわ。」
由梨はオレの言葉をスルー。それどころか、視線は壁にかけてある絵に向かっていた。
「これも、これも、あれも。みんなすごくいい絵だらけだわ。」
「お前、絵のことわかるのか。」
そう言いながら、オレは絵がひどく不自然に感じられた。どうしてだろう。確かにひとつひとつはいい絵だ。美術室に飾られるくらいの代物だ。
仮にここの生徒が描いたものであったとしても、優秀な作品であるには違いあるまい。人物画、静物画、風景画、抽象画など多数ある。しかし、その絵にある共通項があることに気付いてしまった。それが不自然なのである。
「ほんと、どの絵も超ウルトラスーパーセレブが描かれているわ。」
そう。すべての絵に由梨が登場している。人物画は由梨そのもの、静物画ではリンゴの真ん中は由梨の顔、風景画では雲が由梨の頭の形、抽象画に至っては、何が描かれてるか素人にはわかりづらいがドットで由梨の顔が逆さまに描かれている。しかも、何だかその絵軍団から聞えてくる。
『べ、ベツニミテホシイッテワケジャナインダカラネッ!』
由梨にはどう聞こえているのかわからない。本人はひたすら『美の極致だわ』とぶつぶつとお経のように唱えている。
「これってヤバくないか?」
さすがにオレも不安になって由梨に尋ねた。
「えっ?なんのこと?これのどこがヤバいのよ?」
「で、でもすべての絵がお前になってるぞ。」
「何、わけのわからないこと言ってるのよ。頭、豆腐の角にでもぶつけたの?どこが変なのよ。」
そう言われて、改めて絵を見た。由梨はどこにも描かれていなかった。よく考えてみれば、由梨は今日初めてこの春学に来たのだから、彼女を描いた絵があろうはずもない。どうやら、おんぶズマンになって、勤続疲労が出たらしい。落ち着こう。
「み、水をくれ。」
とりあえず、人間として最低限の要求をしてみた。ここは美術室だ。飲料水はないだろうし、由梨が気を利かせてすでにどこからか汲んできてくれているなどということは、地軸が逆転するくらいないだろうと思いながらの発言である。
「ほら、どうぞ。べ、別にあんたのために用意してたんじゃないんだからねっ。」
「えっ。」
差しだされたペットボトルに思わず言葉を失ったオレ。授業で先生に当てられて、いつもわかっているのに解答を飲み込んでしまう?癖がついている(強気)。マジか?マジカルか?目を擦ってみる。
「何してんのよ。早くとりなさいよ。」
「あ、ありがとう。」
砂漠にオアシスとはこのことだ。でも何か違う。由梨は水着だったはず。こんなものを入れる場所はなかった。あとは魔法でもつかわないと。それはアリだ。しかし、そんな疑問は下らないことだとすぐにわかった。
「ちょ、ちょっと、都。誰と話してるの。」