不機嫌の理由
オレは帰宅するなりすぐにベッドになだれ込んだ。桃羅が夜中に布団に入ってくるはず。いつもなら、オレの左に来るのだが、今日は由梨、閻魔女王がすでに入居しているので、侵入不能となっている。
さてどうするのだろう?そんなことに頭を巡らしているうちに、オレは眠りに落ちた。おんぶズマンになった心地よい疲労感に襲われたのだ。
翌朝。
「お、重いなあ。からだが重い。こんなに疲れていたとは。」
ひどい目覚めだ。うん?朝なのに、眼の前が真っ暗だぞ。どうしたことだ?
「う。ふああああああ。あっ。お兄ちゃん、おはよう。」
桃羅はオレの上に覆いかぶさっていた。ここしかないのは容易に推測できたはずだが、疲労でそんなことを考える余裕がなかった。
「桃羅、ちょっとどいてくれないか。」
「あれっ、桃、どうしてここにいるんだろう。」
桃羅も不思議そうな顔をしている。桃羅には両サイドの閻魔、由梨は見えないようだ。
「重たいぞ。」
「桃、指定席と違う。でもコレはグリーン車だね。この方がお得かも。それにお兄ちゃんの胸なんか柔らかかったようだったけど?もう一度感触チェック!」
桃羅はひどくうれしそうに、その豊かな胸をこすりつけてきた。う~ん、弾力。こちらの柔軟部位とのみごとなハーモニー。それはそれで気持ちいい。オンナになってよかった。いや、そういう問題ではない。
「こら、よせ。乙女がそんなことをしてはいけない。」
「桃、こういう風にすることが夢だったんだよ。」
「そんな夢は捨て去るがいい。それにお兄ちゃんの胸がやわやわになったのも夢だ。」
「そうなんだ。夢かあ!じゃあ、こんなこともできるし。ぶちゅ。」
『ぶちゅ』の意味は筆舌に尽くし難し。言葉の使い方が違うのは承知しているが、他に表現のしようがない。どこでどう『ぶちゅ』は省略。ヤバすぎるので。
「じゃあ、朝食の支度してくる♪」
何かに満足したらしく、鼻歌交じりで、階下へ移動した桃羅。何かが終わったような気がしたが、考えるのをやめた。とにかく物分かりがいい妹でよかった。しかし、両サイドをしっかりガードされていることには変わりがない。と思ったらすでに消えていた。
いつもの通り、学校へ行く。平和だった。ひとりがこんなに幸福だとは。席に着くと、由梨がすでに来ていた。今朝は挨拶してなかったので、一応声をかけた。
「おはよう。」
「おそようだわ。」
ご機嫌ななめらしい。
「何かあったのか。」
「あった?何かいるというのが正しい日本語ね。」
「どういう意味だ。」
「・・・。」
由梨が石地蔵のように沈黙モード。何かあると思うのはオレだけか。
『コツコツコツ』。担任教師の近づく音。バラついていた生徒たちが慌ただしく自分の席へと急ぐ。
『ガラガラガラガラガラガラ』。いつもより大きな音。こういうものは一定であるハズ。何かいつもと違う。担任は教壇へ着く。紫のタイトスーツに身を包んだ女性教師。長い髪をポニーテールに纏めている。
「前担任が『おめでた』になったとのウワサなので、今日から担任となる相田愛だよ。『魔女っ子メグちゃん』と呼んでね。よろしく。」
『魔女っ子メグちゃん』とは面妖なネーミング。ツッコミどころはそこではない。前担任は独身じゃなかったか?これはもしかして、『できちゃったナントカ』か?それも『ウワサ』などと言うオブラートに包まれた表現。
生徒たちはざわついている。こういうことには青春真っ只中の人間には衝撃的な事実だ。しかし、オレにはもっと驚異だったのは新担任そのもの。
「どうして、閻魔女王がここにいる!?」
由梨が不機嫌だった理由はこれか。
「よし、手始めに席替えを行うよ。学級委員、くじ引きを準備してね。」
「どうして急に席替えするの。この前やったばかりじゃないの。」
「そうだ。やっといちばん後ろの安眠席になったのに。」
たちまちブーイングが発生。
「いやありがたい。前後左右が汚い男子。地獄脱出のチャンス到来!」「おれを待つ女子には朗報なはず。」「凶弾=教壇前の砂かぶりはいいぞ。いくらでも譲って差し上げよう。」「でもヘンタイの隣は嫌だわ。」
いろんな意見がある。最後のは誰だ?でもいちばん多かった意見は・・・。
「みやこ様の隣がいい。」「みやこ様お隣に座ることをお許しください。」「一度でいいからみやこ様のおそばに仕えたい。」「ああ、みやこ様、みやこ様。」
すべて男子からの声。オレは男子からは『メガみやこ様』と崇められているのだ。クラスの女子でいちばんの人気者はオレである。女装のことはみんな知っている。中学以前から女装を続けているので、オレのことは学校中に知れ渡っている。
でもここではオレに対して偏見を持っているヤツは少ないと思う。それだけこの高校は寛容なのであり、自由奔放なのが校風だ。オレが男であることを知っていて、女子としての人気が高いのだから相当なものだ。でもここまで認知を受けるまでにはいろいろあったが。
座席抽選のたびに歓声があがり、盛り上がるクラス。こんな時、一体感を覚えるのはなぜだろう。そのうちに抽選は終了。オレは窓際2列目の後ろから2番目という絶好ポジション。昨日までは窓際1列目の後ろのカド番。隅っこだった。そこから斜めひとつ前に移動しただけだが、なんだか出世したような気分。
そんなわけで席替え終了。オレの右にはなぜか由梨。由梨は憮然としていた。少し仲がよくなったように感じていたが、誤解であったようだ。今回から左に席ができたことになる。そこにいたのは女子だった。黒い髪がしなやかに伸びている。うりざね型の小顔。和風を思わせる少し細めの目は伏せ目がちで、気の弱そうな雰囲気である。
でもフツーではないことはすぐにわかる。頭に白い輪がある。クラスメイトには見えないから彼女を見て騒ぐ者はいない。しかし。




