《第986話》『記憶の顕現』
僕は、場所を変えた。折角ならと、それにふさわしい場所に呉葉を移し、横槍が入ってこないよう周辺も整えた。
その場所とは、ビル立ち並ぶ街のど真ん中。全ての生命を他所へ移し、今この場に居るのはかつて狂姫鬼と呼ばれた鬼神、樹那佐 呉葉だけになった。
彼女の申し出を、僕は受け入れた。ならば、それに対して全力で応えてやろうと、そう思った。呉葉の性格を知っているからこそ、一切言い訳出来ぬ舞台を整えてあげたのだ。
「さて、一体どんなヤツを繰り出してくれるのだ夜貴よ」
車の路駐されている大通りのど真ん中にいる呉葉。僕はそれを、いわゆる“神の視点”であらゆる方向から眺めている。
『もちろん、君が諦めたくなるような相手を出してあげるよ』
「いい気迫だ。これこそ、マジの夫婦喧嘩と言うモノだ」
侵入者が大人しくなり、それだけに集中できるようになった僕は“それ”をもう一度この世界へと顕現させる。
「始めましてと言うべきか。否、久方ぶりと言うべきか、吾が同胞」
「――ほう」
道路の奥から歩いて来るのは、かつてその美しさに心奪われ、そして僕自身の意志をその身に宿した悪魔。
銀色の長髪をたなびかせる、漆黒のコートに身を包んだ魔界よりの使者・「名も無き悪魔」。
彼女の力は、異質そのもの。例え呉葉であっても、ちょっとやそっとでは勝つことのできない相手だ。
「同胞よ。吾は争いたくなどないが、何故か今は無性に汝の命を喰らいたくてたまらぬ」
「そうか」
「故に同胞よ! その命、吾に――……、」
だが、一瞬だった。
「すまんな、貴様如きの話に耳を傾けているほど暇ではない」
空間転移から、一瞬にして背後を取って。呉葉は名も無き悪魔の頭を地面へと叩きつけた。
恐ろしい破壊力が、周囲に波及する。道路にはガラスをピッケルで叩いたかのように亀裂が走り、周囲の建物が倒壊する。
「夜貴。まさか、この程度で終わるなどと言う事はあるまいな?」




