《第943話》『だからこその願い』
「――どうして、出てきたのだ」
幻影の狂鬼姫は、夜貴へとそう問いかける。ただの鬼神であるヤツは、妾とは異なり何の恐怖も抱いている様子は無い。
「先程同様、また使者とやらを作ればよいではないか。わざわざ出てきて、こんな話をせずともな」
「それが難しそうだから、ね。呉葉は見たところ、なんだかんだ僕を守る側につこうとするみたいだし」
「う――……」
妾は、呻く事しか出来ない。世界より使命を託された者としては、言い様のないプレッシャーを感じるのだ。
「コーハイの顔で、あんまりアタシの親友を苛めないでくれるかい?」
「さっきも言いましたけど、僕は樹那佐 夜貴でもありますよ。別人のように言われても困ります」
「だったら尚更やめるべきじゃないかい? 怒るよ」
「…………」
夜貴は、困ったように笑う。その顔は間違いなく夜貴で、しかし違うようにも見える。
「――わかってます。呉葉に酷い事を要求していると言う事は」
「っ、だったら、なぜ――!」
「いいえ。だから、ですよ」
夜貴が、妾の方を振り返る。その顔は、あらゆる意味でドキリとする微笑みだった。
「呉葉だから、お願いしているんだ」




