《第935話》『力と技巧』
妾は、鳴狐の剣を、その先端へと人差し指の先を添えて止めた。
「何――!?」
「楽しみがいなど無くともいいだろう。妾は別に、貴様を楽しませるつもり等最初から無い」
そしてもう一方の掌に妖力を溜めこみ、投げつけるように鬼火を放った。爆風のように広がる黒々とした炎が、鳴狐を包み込む。
「ハッ! 何を言っておるのじゃ!」
炎の中から飛び上がった鳴狐。それは気がつけば二人に増えていた。
「余と相対する者、全てに余を楽しませる義務があるのじゃ! この摂理に例外無し! 狂鬼姫、貴様とてこの枠から外れる事は無い」
「何様だ駄狐」
地を蹴ると共に空間転移。空中に舞い上がった鳴狐のすぐそばに穴の出口を繋いで、真横から二人纏めて殴り抜く。
「アッハッハ! 何様、じゃと?」
しかしそれはただの実態無き影分身。真下より、着物を煤焦げさせた鳴狐が、剣を構えて飛び掛かってくる。
「余は白面金毛九尾の狐様じゃ!」
「っ、あの鬼火を避けずにわざと喰らったのか――」
先程よりもさらに速度を増して突撃してくる鳴狐。ヤツの尻には九本の尻尾は無い。
尻尾の妖力を、全てその身に取り込んだのだ。
「だが、今の貴様はなんじゃ? 何者でもなく、僅かなことでかっとなる、とんだごろつきではないかッ!」




