《第932話》『妾と狐』
妾はそちらへ目を向けると、崖の上にはやはりと言うべきか。九本の狐の尾を持つアホウが立っていた。
「何だ駄狐。ここへ何をしに来た?」
「とうっ! ――っと、何って、貴様妾余をおいてけぼりにしおって! 探したのじゃぞ!」
高所からすたりと降りてきた駄狐は、妾へと詰めよって来る。――だが、なんの事か妾には分からない。
「あー、それは妾の方だな。名も無き悪魔の分身共と戦う際、乱入してきた」
「何? あれは貴様だったのかえ?」
「間違えるなバーカ」
「同じ顔しておるから判らんのじゃあッ!」
地団駄を踏むその姿は、妾と同じく千年生きた者とは思えぬ程に子供じみている。
相変わらず、相変わらずだった。
「何をしに来たのかは知らんが、邪魔をしてくれるな。妾はこれから――夜貴の命を奪う」
「――なんじゃと?」
「それが貴様の言う、湿気た面の理由だ」
「ちょっと待て何を言っておるのじゃ、こやつは貴様の夫じゃろう――?」
駄狐は、妾の正気を疑うような目をした。
「小難しい顔をして、何を言い出すかと思えば。何のかんのと言って、貴様もその程度だったんじゃな」
「――何?」
「いかなる理由かは知らんが、飽いて捨てることにしたのじゃろう? いやはや、よかったよかった。これでまた、多少張り合いが――」
駄狐の言葉は、そこで途切れた。




