《第931話》『我儘一直線』
「何を、言っている――? 貴様、本当に正気を無くしたのか……?」
呉葉´は、動揺を隠しもしない。いや、きっと俺も同じ顔をしているだろう。現にディアもまた、信じがたい言葉を聞いた、という表情をしている。
愛しているからこそ殺す。それはあまりにも矛盾していて。しかし一つの道理として、彼女の中で確立されてしまった。
だから樹那佐の嫁さんは。狂鬼姫は。呉葉は。苦痛に歪んだ顔はしていても、その瞳に宿った意志に揺るぎはない。何故ならば、きっとあらゆる葛藤の果てに決めたことだから。
「フッ、そのセリフも聞き飽きたな」
「…………」
「だから、退いてはくれないか」
「退くものか! 世界がどうだこうだ以前に、それが貴様の語る愛だと? 今聞いてなお呆れたわ!」
呉葉´の言葉。それはまるで、嫁さんが今の状況に陥る前が口にしているような言葉にも思えた。過去と未来。今と昔。対極に位置し、対極な立場に立つ二人。
「そんなモノは想いでも愛でもない! ただの我儘だ! 自分勝手だ!」
「ああ、知っている。分かっている。――だから、妾の我儘を通させてくれ。お願いだ」
睨む呉葉´。暗い瞳をした樹那佐 呉葉。互いに譲る様子は無く、第二幕がいつ始まるとも知れない状況だった。
――そんな時だった。
「ハッ! 二人並べても、湿気た面はかわらんのう!」
ひときわ存在感を放つ声が、響いたのは。




