《第930話》『想い故に』
崖の上で、黒々とした炎が上がった。樹那佐の嫁さんが、樹那佐を狙っていた何者かを葬ったのだろう。
姿や音を消し、気配まで消していた様子はあるが。引き金を引く際の視線で、反射的にライフルの銃口狙って撃っちまった。
思えば、「気を付けろ」とはこの事だったのかもしれない。ディアも呉葉´も、何事が起こったのかと目を丸くしている。
「――こう言う事だ」
空間転移で戻って来た嫁さんが、再び俺達の前へと姿を現してそう言った。その視線は、樹那佐の方を向いている。
「どう言う事だ、説明を省くな」
「妾が、夜貴を狙う理由だ」
樹那佐は、俺とディアの後ろで、未だにぼうっと意識をどこかへやったまま。生きていながら死んでいる、という表現がしっくりくるその状態は、正直痛ましくてあまり見ていられない。
「終わらせねば、今後も延々と同じことが繰り返される。次から次へと、世界を滅ぼす宿命を背負わされた者共が、夜貴の命を狙いに来ることになるのだ」
「何――?」
「世界は自らの滅びを望んでいる。それゆえに、幾度となく同じヤツらの襲撃を受けることになるだろう。それは夜貴が世界の核であり続ける限り、いつまでも、いつまでも――」
「だがそれは――名も無き悪魔が宣った……、」
「妾が、その真偽を判断できぬ程盲目だと思うか? 妾もまた、滅びの宿命を与えられし者。その者にしかわからぬ感覚を持っている。しかし何の因果か、『妾自ら』は他の者共とは異なり侵食はされていない。だからこそ。夜貴を想うからこそ、妾は思ったのだ」
嫁さんの顔は、険しいまま。その表情は、様々な葛藤を思わせる。
「せめて妾の手で、その人生を閉じさせてやりたい、と」




