《第927話》『歴然たる』
先手を切ったのは呉葉´。大地が砕けんか、と言うほどの振動を起こしながら地面を踏み樹那佐の嫁さんに突っ込んでいく。
打撃一発。突き出された拳が嫁さんに直撃し、水の飛沫が蒸発。周囲が高熱の蒸気に包まれた。それが視界を覆いつくし、二人の姿が隠れてしまう。
「その程度か」
「――っ!」
しかし白い蒸気がはけると、呉葉´の拳を片手で受け止めている嫁さんが居た。受け止め方も非常に軽いもので、幻影が歯を食いしばっているのと対照的に、狂鬼姫は表情一つ変えない。
「っ、フフ――! 口先だけでなくて安心したぞ!」
「減らず口は変わらんな、貴様は」
「妾は貴様だからな――!」
呉葉´のもう一方の手に、黒い炎が滾る。湛えられたそれは、距離を取っていてなお恐怖を覚える程に妖気を感じる。
「こいつはどうだッ!」
そんな炎を、一歩後退しながら至近距離から嫁さん向けて爆裂させる呉葉´。その燃焼範囲は一見彼女らの身体を覆う程度の小さなものだが、周囲の空間が歪んでいるのを見る限り、密度の濃いエネルギーが込められていることが分かる。
「…………」
「っ、予想以上、だな」
だが、その攻撃は嫁さんの結界によって阻まれていた。流石に動揺している幻影を、赤く冷たい眼差しで射抜いている。
「ならば、今度はこちらから行かせてもらうぞ」
「!!?」
唐突に、呉葉´が吹き飛んだ。見ていた俺にも、何が何だかわからなかった。
気がつけば、呉葉´の立っていた地点に嫁さんがいる。彼女の体勢は、拳をまっすぐ突き出したもの。
呉葉´が殴られたことに気が付くのに、一秒を要した。




