《第九十一話》『考え事』
「ええい、嘆いていても仕方無い! 掃除だ、掃除!」
妾は頬を強く叩き(痛い)自分に気合を入れた。やることを済ませていれば、少なくともその間気を紛らわせることができるだろう。汚すのが嫌なので、結婚指輪を一旦外してテーブルにおく。
「何気に夜貴が休みの一週間、一回しか掃除してないからな。ううむやはり、ちょっとよごれてる――」
妾は屋内の小さな物置から掃除機を取り出す。最新のサイクロン――ではなく、片遅れの紙パック式。一度窓を開けてからコンセントにプラグを刺し起動する。力強いモーター音と共に吸気を始め、それを確認してから床をヘッドで撫でていく。
そう言えば、もうしばらくするとクリスマスだ。ついこの間雑にハロウィンをしたと思ったら、もうそんな時期である。そんな時の流れの速さに驚きながら、ヘッドを外してノズルの先端で机の埃を吸い取っていく。
「――クリスマス、か」
正直、今まであまり縁のなかった行事だが、愛する者と暮らすとなれば話は別だ。共に楽しむことのできる日が多いことは、喜ばしいことである。
そのクリスマスという行事、世間の子供は起きた時枕元にプレゼントが置かれるという。それは紅い服を着たサタン、いやサンタと言う不審者が置いて行ったモノで、子供たちは毎年その日を楽しみにしているというのだ。
しかし、このクリスマス。世の恋人たちにとってもとても重要な日で、何とも言えぬ特別感から聖夜ならぬ性夜として過ごす口実として使ったりもするのだという。いつもと違う雰囲気が、世の男女の仲を加熱するのだろう。であるのならば、妾自身も乗っかる他ない。
「ふぅむ、むふふふふ~」
なんだか、その日を想うだけで頬がにやけてしまう。いつも通りいちゃいちゃするに終始するかもしれないが、夜貴との仲を世間が祝福しているようで、どうにも嬉しくなるのだ。
ああ、今からその日が楽しみ――、
ガラガラガラガラガラッッ!!
「――ッ!? なんだ、なんの音だ!?」
掃除機から変な音が鳴って、妾は驚愕する。今のは何か、埃とは違う何かを吸いこんでしまった音――、
「あああああああああああああああああああああああああああああーーーーっっ!!??」
――テーブルの上からは、しっかりとそこに置いたはずの結婚指輪が消えていた。




