《第九十話》『食用菌類』
「よっ、一週間ぶりだな」
「狼山先輩、おはようございます」
事務室に入ると、相変わらず妙なハリウッドアクション的ロングコートの青年が笑顔を向けてくる。
「いきなり長期の休みを取りやがってぇ~、大変だったんだぜ? 主にディアが」
「はは――」
「後で差し入れでもしておいたほうがいいぜ? 特にここ数日、何度書類が白い鳩になったか」
「外には飛ばしちゃってませんよね――?」
「安心しろ。誰かに読まれる前に、所長と一緒に拾い集めた」
「安心できませんよ!?」
一応、ここは国家の秘密機関なのだから、一般人の目に触れていい書類はない。まあ、内容が内容なので、できの悪い小説のプロットともとられる可能性もあるが。
「…………」
「うん――? どうした遊?」
ロングコートの裾から、狼山先輩の腰より少し高い位置に頭のある少女が姿を現した。彼女は僕を――僕の後ろを指さした。
長い黒髪に、真っ黒なゴシックドレス。肌は白磁のように白く、その顔は冷たい美貌でありながらも幼げ。狼山先輩は割と長身ではあるが、その少女はまさしく「子供」と言った身長をしている。
思誓 遊。生ける人形である彼女は、狼山 駿也の仕事のパートナーで、細い糸を操る力で彼をサポートしている。
そんな彼女が、僕を指さしている。一切動かさないその表情でそんなことをされると、言いようのない不安が――、
「えりんぎ」
「――はい? なんだって? あ、え、あ、ちょっと、遊ちゃん! 遊ちゃん!?」
謎の言葉を言い残し、遊ちゃんは狼山先輩の背後に再び隠れてしまった。
――その数日後、なぜか僕の頭の上にえりんぎが生えてきたのは、何の因果だろうか。




