《第905話》『遠い遠い記憶』
埃っぽい狂鬼姫の屋敷。ところどころをうっすら覆う様子は、しばらくこの家屋が使われていないことを意味している。
事実、特殊なケースを除いて、全員がこの場を去ってからまともに使ったことはない。家具や道具の何もかもが、それぞれの元へ配られる、あるいは妾の作りだした異空間に押し込められ、家の中も殺風景だ。
「そう言えば、この家の奥には狂鬼姫の狂気が封印されていたな。大分とまた、前の話になるが」
邪念に自己を支配された夜貴がその封を破り、その邪念が封印されていた力を吸収、さらにそれを現代まで生き残っていた導摩が吸い上げるという、なんともややこしい展開をしていたと記憶している。
今はその邪気の影は消滅し、もはやあの場所には何も残ってなどいないのだが。
「――ひょっとすると、あの一連の事件も、この世界が望んだ意図、だったのだろうか」
と、一瞬そんな考えが浮かんだが、即座にそれは違うだろうと結論付ける。もしそうなのであれば、ここに封印されていた力が夜貴と接触していた時点で、この世界は終わっている筈だ。
「安部晴明――元々は、ヤツこそが世界の滅びの意思だった」
何を思ったのか運命は、かの者の力をこの妾へと移した。それにより、「呉葉」と言う存在が世界の滅びを望む意志として成るに至った。
幾度となく繰り返されるその運命の中。鬼になり長きを生きた妾もいれば、平安の世で惨めに死んで逝った妾もいる。どうして運命は、妾を選んだのだろうか。
でなければ、夜貴を守りたいという選択肢を、迷うことなく選べたはずなのに。




