《第894話》『鬼の人生は伊達ではない』
「――?」
気がつけば、妾はそこに立っていた。――どこに? 分からない。
周囲一面が真っ白で、上も下かもわからない景色が無限に続くその場所。洋画などで使われる、精神世界の表現に似た、そんな光景。
妾は先ほどまで、名も無き悪魔と戦っていた筈。ヤツの背後に空間の裂け目が現れ、その中から現れた口と触手の化け物。棒邪神がわんさと出てくる神話のナニカのような姿のそれと対峙したと思ったら、今の状況に陥ったのである。
「――このようなことをしている場合ではないのだがな。空間転移、は、出来ないようだな」
と言うより、空間そのものが存在しているという感覚が無い。こんな状況は、今まで感じたことが無かった。どのような感覚か、と聞かれたらそれはそれで困るのだが。
「状況を確定せぬ限り、どうにもしようが無いが――」
妾はその場から足を進めてみる。床のような何かを踏む感覚がある。そして歩いているような感覚も。
だが、進んでいるという気分はあまり感じられない。これもまた、何と言うか映画の何かのワンシーンのようである。
1000年以上生きてきた身だが、このような事態は初めてのことだった。年月が過ぎて、それでも幾度となく「始めて」の体験をいくらでもする妾だが、此度のこれに関してはその範疇を越えている。
――そう、現象。その1000年も、流石に寝て過ごしていたわけではない。方向性に経験はなくとも、魂がそう直感する。
これは、白昼夢のような一瞬の出来事。コンマ秒にも満たない世界の中で、今何かを見せられているのだ、と。




