《第890話》『終わりの足音が近づく』
妾は信号機を片手で引っこ抜き、それを奇術師へと向けて投げる。すると毛むくじゃらが、大きさのためか割合緩慢な動作ながら、その攻撃を剣で弾いてきた。
「そんなおもちゃで対抗する気か? 行け!」
毛むくじゃらが構えを取る。距離から察するに、そのまま剣を投げつけてくるつもりなのだろうということが分かった。
「貴様こそ、そんなおもちゃで――」
退避行動を取ろうとした妾のすぐそばに、ローブが俊敏な動作で迫ってくる。先ほど同様、また拘束でもしようと言うのだろう。
「ハハハハハッ! 逃げ回ってばかりか貴様!」
「…………!」
しかしそんなローブに、駄狐が追いすがる。幾多もの剣の軌跡が、その回避のために動かざるを得なくなったローブを捕える寸前まで追い詰める。
「サポートご苦労駄狐!」
「あァん!?」
文句ありげな唸り声を無視し、妾は毛むくじゃらに集中。案の定、二振りのうちの一つを、高速で回転させながら投げつけてきていた。
「はっ!」
跳躍。直後すぐ下の地面を巨大な剣が抉る。
「跳んだか! だが紛い物、逃げ場はないぞ?」
「空中ならば自由に動けぬと、誰が言った?」
「!」
妾は後方へと腕を伸ばしつつ、妖力を滾らせる。そのまま、鬼火を噴出。
その反動を利用して、毛むくじゃらへと飛翔する。いわゆる、ジェットのようなものだ。
そしてその勢いのままに拳を叩きつける――が、それは毛むくじゃらの腕によって防がれてしまう。
――化け物の腕が、衝撃によってちぎれ飛ぶ。
「そんな付け焼刃的対応で――」
「驚いたか? 驚いたならば幸いだ」
「!?」
奇術師が跳躍。直後毛むくじゃらの肩口が大きく裂ける。その向こうで、鳴狐が剣の一太刀を浴びせたのだ。
「その間に、駄狐が貴様を討つからな」
「駄狐言うな!」
「今更か」




