《第887話》『孤独な闘い』
「さて、そろそろ遊戯の時間はおしまいだ」
毛むくじゃらの肩の上で、奇術師は妾を見下ろしそういった。奴からすれば、地に膝をつくこちらは格好の生贄だろう。
周囲からは、名も無き悪魔共とはまるで異なる気配も感じる。この霊的な力の様子から察するに、平和維持継続室とやらの構成員か。
それが複数。しかし、どうにも怖気づいている様子がある。妖怪やらなんやらが暴れていると指示を出されるも、規模があまりにも強大で闘争心をへし折られたか。
――端から助けを求めたり期待したりするつもりなどないが、奴らの気を逸らす程度の仕事はしてほしいものだ。
「いけ、吾が分身よ。その巨躯で、同胞を語る愚か者を消し飛ばしてしまえ」
毛むくじゃらの腹が、斬り裂かれたように開く。そこには無数に不ぞろいの牙が生えそろい、口腔には無限の闇が突き通っていた。
その闇の中に、一転の光が灯る。赤い、まさに滅びを体現するような光だ。
「そう容易く喰らってやると――……っ!」
「いや、喰らってもらうで」
「…………」
妾を、ドレスとローブが取り押さえる。
「己が身を投げうち妾を消すつもりか――!」
「勘違いしたらアカンで。あちしも、そいつも空間転移で逃げたい時に逃げられるんや。取り押さえつつ、逃げる足を折らせてもらうで」
羽交い絞めにされ肩が、触手で捕らえられた足が。強い力で締め付けられる。
ミシミシと、骨に嫌な感覚が走った。
「チェックメイトだ」
毛むくじゃらの灯した光は大きく、眩くなる。その溜めこまれた力が照射されればどうなるか、想像に難くない。
――とうとう、妾も消滅する時か。
元々妾は、偶然によって生まれ、偶然によってこの世に在り続けた存在。この世におけるイレギュラーであり、ヤツの言う事自体は半ば当たっているようなものだ。
年貢の納め時と言うのは、こう言う事を言うのだと――、
「あげっ」
妾の背後で、ドレスの奇妙な声が聞こえた。




