《第八十七話》『寂寥⇒殷賑』
「ふっ――」
妾はどことなく間の空気が柔らかくなった本物の妾と零坐をみて、思わず笑みをこぼす。あいつの言う通り、妾は「狂鬼姫」としての最後の務めを果たさせるべくあいつをここへとつれてきた。
妾は幻術によって作られた偽物である。記憶こそ持っていても、それは揺るぎない。
むしろ、その記憶があるから、きっと出来ていないであろうことをあいつにさせたく思った。他者にやらせる方が、自分がやるよりも易いというのも、これには手伝っている。
「――しかし、そろそろ妾も消えるときか」
本当なら消えているはずの自分が、何故今ここに居るのかわからない。しかし、役目を終えた今、もうすぐ自分が消えるだろうということが直感で分かる。こう言う時、妾の勘は外れたことが無い。
だが、それでいいと、妾は思う。なんのかんの、夜貴を誘惑して遊んできたが、それはあの二人の間に確かな絆があることを確信したうえでのことなのだ。正直、跡継ぎだとかそんなことはどうでもよかった。現在の妾が決めたことなのだから、その判断に間違いがあるはずがないのだ。
もはや一点の迷いさえない。曲がっていた部分を打ち直せたというだけで、この幻影の身にはこれ以上無き幸福――。
「おい」
「――む?」
考え事をして気が付かなかったが、いつの間にか現在の妾がそこに立っていた。
「ゲーム、お前と二人で対戦したい」
「ほう? 妾と戦いたいと? ――夜貴は大丈夫なのか?」
妾の見た先で、夜貴は零坐や他のしもべたちに何事か言い寄られていた。少なくとも、困り果てているのは見ればわかる。
「大丈夫だ、問題ない。もう流石に、命を狙ったりはすまいよ」
「ふっ――そうか」
「それよりもだな、妾の宣戦布告、受けるか? それとも、逃げるか?」
「くくっ、愚問だな! とーぜん、受けて立つに決まっている!」
「拳同士のぶつけあいでは貴様に分があったが、こちらに関しては時代の先をいく妾が圧倒的だ。徹底的にボコボコにしてやろう!」
「抜かせ。この家に古いゲームは皆おきっぱで、しばらくやっていないだろうが貴様は。むしろ、やらずの日が浅い妾の方が有利だ」
「――ならば、とっとと試してみようぞ」
「くははっ、望むところ!」
いつも妾は、ゲームは一人で行っていた。しもべ達にやらせれば接待プレイしかしないから。というか、やらない奴らでは相手にすらやはりならないから。
しかし、今この瞬間は隣で共に遊べる相手がいる。――なるほど、夜貴が狂鬼姫・呉葉にもたらしたのはこう言うことだったのか。
ああ、幸福とはこう言うことを言うのか。




