《第876話》『日常の光に刺しこむ影』
「夜貴、今日のハンバーグの出来はどうだ? 我ながら、過去最高だと思うのだが」
「うん、とってもおいしいよ。――ええっと、」
「呉葉」
「呉葉。――何度もごめん」
「仕方ないことだぞ。とりあえず、若年性健忘症ではないようでないから、心配は軽い」
彼女はそう言うが、これっぽっちも安心ではない。
自身に何が起こっているのかは定かではないのだ。それが呪術的なモノなのか何なのかは定かではないが、異常事態であることには間違いないのだ。
この白い女の子が誰なのか、こんなにすぐ頭から抜け落ちてしまったが――忘れてしまった事自体は覚えている。
――本当は、彼女自身が一番辛く思っている。
僅かだけど、震えている声。僕が言葉に詰まるたびに、ほんの少しだけ苦しそうに歪む顔。
僕は一体どうしてしまったのだろう。頭を叩き砕くような頭痛、そして大切なヒトのことを覚えられないという異変。
しかし、原因も何も分からない。何も――、
「また会ったな、吾らが愛しき同胞」
ガチャンと、素足に乗られた食器が引っくり返った。ハンバーグが宙を舞い、そのソースが真っ白な足を汚す。
僕と、白い女の子が夕食をとっている、その最中。
「そして――この世界の核たる者よ」




