《第871話》『それは迫りくる足音のようなモノだったのかもしれない』
「夜貴ッ!」
妾は部屋に入るなり、一にも二にも置かず愛しき者の名を叫ぶ。
遊からの連絡。それは再び起こった夜貴の変調を知らせるものだった。頭痛に苛まれ、またもや意識を失ったのだと言う。
「あ、えっと――お帰り……?」
しかし、そんな心配の元駆けつけ目に飛び込んできたのは、ベッドから身を起こした夜貴がのんきに林檎を食べている様子だった。
「――っ、よ、夜貴、平気なのか?」
「う、うん、今起きたところだけど――」
何ともない様子のその姿を見て、妾は脱力する。
よかった、何事も起こらなくて――……、
「………」
「あ、ああ、遊。知らせてくれた事に礼を言うぞ。しかし、心臓が砕け散るかと思った。この様子だと、すぐに目を覚ましてくれたようだが」
「………」
遊は何も喋らない。元々無口&無表情な少女なので、本来ならそれに違和感は覚えない。の、だが。
「――どうした?」
妾はそんな人形少女の様子に、首を傾げる。俯いた様子、そして一言二言は流石の彼女と言えど発してもおかしくない状況なのに、何故か口をつぐんだ状態を貫いている。
「――遊」
「こころして」
嫌な予感がよぎり、思わずもう一度呼び掛けると。そう短く返答された。
「ねえ――」
そんな直後だった。
「ところで、君は誰なの――?」
夜貴が、そう言葉を口にしたのは。




